表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/73

41話 見えてる者たち

 床を襲ったかすかな揺れが収まっても、教会内は相変わらず静寂に包まれていた。

 集まった信者たちは先ほどの微振動などまったく気にする様子もなく、より一層深い集中で祈りを捧げ続けている。


「その調子ですよ、みなさん。このまま神様へ尊い祈りを捧げましょう」


 シエリオの柔らかな一言を合図に、信者たちは一斉に胸の前で手を組む力を強めた。

 心から神の存在を信じ込み、救いを求めるようにただひたすらに祈る。


「ああ、神よ……どうか私たちをお救いください」


 穏やかなシエリオの声が、聖堂の中に心地よく響き渡っていた。

 俺と咲も周囲に怪しまれないよう、他の信者たちの真似をして胸の前で固く手を組み、目を閉じているふりをした。

 少し離れた席でも、蒼太と碧羽が完璧に信者の振りを演じきっている。


***


 教会全体がどこか重苦しい祈りの空間に包まれた、まさにその時だった。


 ゾクッ――!


 背筋を、強烈な悪寒が走った。


(……な、なんだこの嫌な感覚……何かヤバい奴が来るのか!?)


 隣の咲も同じ異変を感じ取ったのか、息を呑む気配が伝わってくる。

 蒼太は目を閉じたまま、眉間にシワを寄せて小さく呟いた。


「おいおい……なんだよ、この不気味な気配は……」


 碧羽もわずかに視線を動かし、警戒を強めている。


 教会の中心付近の空間が、まるで水面のようにゆらゆらと不自然に歪み始めた。

 そこへ黒い濃霧のような塊が集まり、一つの異形を形作っていく。

 やがて、それは禍々しい邪神体となってその姿を明確に現した。


「……出たな」


 だが、周りの信者たちは誰一人としてその異形に気づいておらず、今も虚ろな表情で祈りを続けている。

 一般の人々には邪神体の姿が見えないのだ。


 静かに神へ願いを捧げる人間たちの中で、その邪神体だけがゆっくりと動き出した。

 咲が声を出さずに口元だけを動かす。


「……橙真先輩」

「ああ、間違いない。あれは邪神体だ」


***


 俺は顔の位置を変えず、視線だけを動かして邪神体の動向を追った。

 邪神体は堂々と教会の通路を歩いていた。

 周囲の信者たちは誰一人として怯えることもなく、まるでそこに何も存在しないかのように祈り続けている。

 あまりにも不気味で異常な光景だった。


 邪神体はそのまままっすぐ、シエリオの立つ壇上へと上がり始めた。

 何かに導かれるように、迷いのない足取りで進んでいく。

 俺たちの視線も、自然とその後を追っていた。

 俺、咲、蒼太、碧羽。俺たちだけが同じ異形を見つめていた。


 ――その瞬間だった


 壇上に立つシエリオが、静かに目を開けた。

 そして、まっすぐに俺たち4人へと視線を向けたのだ。


 シエリオの表情は相変わらず優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま。

 しかし、その瞳だけが射抜くように俺たちを見つめていた。


「……なるほど。そういうことでしたか」


 静かだが、驚くほど澄んだ声だった。

 俺の胸に鋭い緊張が奔走する。

 シエリオは壇上で一歩だけ前へ踏み出した。


「あなた方には……神の姿が見えているのですね」


 その一言で、俺たちの身体が固まった。

 咲も思わず「……あ」と小さな息を漏らす。

 周りの信者たちは相変わらず何も気づかず、祈りの言葉を唱え続けている。

 異様な静寂の中で、シエリオだけが俺たち4人をまっすぐに見つめていた。


「そこにいる方々は……神の救済を求めて、この場所へ来た方々ではありませんね」


 どこまでも穏やかな口調。

 俺たちを責めるような敵意は一切感じられない。

 ただ当たり前の事実を確認するように語りかけてくる。

 教会の空気が、じわじわと張りつめていく。


 シエリオは穏やかな笑みを崩さないまま、小さく首を振った。


「安心してください。私はみなさんや、防災対策課の方々を責めるつもりはありませんよ」


 敵に向けられる牙のような言葉ではなく、まるで招かれざる客を温かく迎えるような柔らかさだった。

 だが、その言葉には絶対的な確信が込められていた。


「あなた方は、防災対策課の関係者ですね」


 俺たちは返す言葉を失っていた。

 正体は完全にバレている。

 シエリオは静かに言葉を重ねる。


「神の偉大な存在を知りながら、それでも信じようとしない……本当に悲しいことです」


 咲が思わずシエリオを凝視する。

 その表情からは悪意も邪心も微塵も感じられない。

 彼女は本気で、人々を救おうとしているように見えた。

 だからこそ、その存在が余計に恐ろしかった。


***


 その時、祭壇の奥を歩いていた邪神体が、壁際にある巨大な十字架の前で足を止めた。


 ゴゴゴゴッ――!!


 鈍い重低音が響き渡り、十字架の背景の壁がスライドするように開いていく。

 その先には、地下へと深く続く暗い石造りの階段が姿を現した。

 邪神体は一切の迷いなく、その階段を下り始めていく。


「……地下!?」


 俺が思わず呟く。

 シエリオは下っていく邪神体を見送り、穏やかに微笑んだ。


「神は、みなさんをお待ちですよ。いつかあなた方にも、神の救済が訪れることを心より願っています。――それではみなさん、私はこれで」


 そう告げると、シエリオは祭壇を降り、脇にある小部屋の扉を開けてその場から姿を消した。


***


 彼女が立ち去った直後、蒼太が素早く俺の隣へ駆け寄ってきた。


「橙真!」

「……蒼太、どうした!?」

「俺と碧羽でシエリオを追う!」


 碧羽も背中の弓にそっと手を添えながら強く頷く。


「橙真は風宮さんへの連絡と、地下の調査をお願い!」


 俺は一瞬で頭を整理し、力強く答えた。


「わかった、そっちは任せたぞ!」


 咲も俺の隣に並び立つ。


「私も橙真先輩と一緒に地下へ行きます!」

「無理はするなよ、咲」

「はいっ!」

「んじゃ、俺たちは先行くぜ!」

「連絡、頼んだわね!」


 会話を切り上げるやいなや、蒼太と碧羽はシエリオが消えた扉の向こうへと風のように飛び込んでいった。


***


 2人を見送った後、俺はすばやくスマホを取り出し、風宮さんへ発信した。


「風宮さん、聞こえますか!?」

『聞こえている。状況を報告しろ』

「教会内に邪神体が発生し、地下施設へ向かいました! それと俺たちの正体もシエリオに看破されました! 今、蒼太と碧羽が逃げたシエリオを追っています! 俺はこれから邪神体が向かった地下の調査に入ります!……あとお願いなんですけど、風宮さんたちで、この境内にいる信者たちの避難誘導をやってもらえませんか!?」

『了解した。信者たちの避難は俺と光莉で行う。月影にも現場へ向かうよう手配した。日向、地下の探索を許可する……だが絶対に無理だけはするなよ』

「了解しました! 信者たちのことはよろしくお願いします!」

『念を押しておくが、絶対に無茶はするな』

「はい、分かっています!」

『それならいい。報告は以上か?』

「はい、今のところは以上です!」

『分かった、切るぞ』


***


 通話が切れた。

 俺は邪神体が消えていった地下への不気味な階段を見下ろす。

 ひんやりとした冷たい風が、地下の奥底から吹き抜けてくる。

 その暗闇の奥には、得体の知れない邪悪な気配がいくつも渦巻いていた。


「……咲行くぞ!」

「はいっ!」


 俺たちは顔を見合わせ、深く頷き合った。

 そして、闇に包まれた地下階段へと一歩を踏み出した。


 誰も知らない地下施設。

 そこに何が待ち受けているのか、この時の俺たちはまだ何も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ