39話 編成会議
夕方の防災対策課は、いつも以上に静まり返っていた。
俺がエントランスに到着したのとほぼ同時に、自動ドアが開いて蒼太と碧羽が入ってきた。
蒼太が俺に気づき、軽く手を上げる。
「おう、橙真! お前も同じタイミングだったのかよ」
「たまたまだよ、帰り道からそのまま来たからな」
そのまま俺たち3人は立ち止まり、視線を交わした。
いつもなら他愛のない雑談が始まるはずなのに、誰もそれ以上は口を開かない。
数秒間の重苦しい沈黙。
天井の照明から聞こえるかすかな機械音だけが、静寂の中に響いていた。
碧羽がようやく口を開く。
「今回……すごく急な召集だったね」
その声も、いつもよりほんの少しだけトーンが低く感じられた。
そして再び、重い沈黙が落ちる。
誰もそれ以上は何も言わない。
ただ、普通ではない『何か』が起きていて、危険な事態が迫っているという予感だけが静かに共有されていた。
***
その時、廊下の奥から足音が近づいてきた。
一定の規則正しいリズムで刻まれる、静かな歩み。
姿を現したのは、花江さんだった。
花江さんは俺たち3人の顔を確かめるように見渡す。
「全員……揃っていますね」
その落ち着いた一言だけで、あたりの空気が一瞬でピンと張りつめた。
「会議室へ移動しましょうか」
「「「はい」」」
***
会議室の扉が閉まる音が、やけに重く室内に響いた。
部屋の照明は落とされ、中央の大きな机の上には薄暗い光の中で資料が整然と並べられていた。
それを見ただけで、今回の任務が通常の邪神体討伐とはまったく異なることが理解できた。
風宮さんが中央に立ち、花江さんと月影さんが左右に控える。
風宮さんはすぐには言葉を発さず、一度、俺たち全員の顔を厳格な目で見回した。
その沈黙が、空気の重さをさらに増していく。
花江さんが資料を俺たちに手渡しながら口を開いた。
「今回の任務は、宗教団体『神門教』の教会施設への潜入調査です」
俺は渡された資料に視線を落とす。だが、緊張のせいか文字がすぐには頭に入ってこない。
風宮さんが静かに告げる。
「最近、この周辺地域で邪神体の出現反応が頻繁に確認されている。だが、俺たちが出動しても現地には何も発生していないのだ。だからといって、反応が完全に消えたわけでもない」
風宮さんの眼光が、少しだけ鋭さを増した。
「そこで今回、思い切ってお前たちに教会の内部調査をしてきてほしい。本来であれば俺たち自身が赴くべき案件なのだが、俺たちの顔はすでに割れている。そのため、お前たちが行く方が成功率は遥かに高いと判断した」
一瞬、誰も反応できなかった。
ただ『内部調査』という言葉の重みだけが、静かに胸に突き刺さる。
風宮さんは淡々と説明を続けた。
「今回は2人組のペアで潜入してもらう。組み合わせはお前たち自身に任せる。俺は光莉とともに外部からの監視と指揮に回る。月影は予期せぬ事態が起きた際のバックアップだ」
ここで初めて、作戦の全体像が組み上がった。
現場と外部、戦力と監視。
「潜入開始は明日の昼、教会の集会が開かれる時間だ。各自、万全の準備をしておけ」
「説明は以上です。それじゃあ、また明日」
***
会議室を出て廊下を進むと、張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
だが、命じられた任務のズシリとした重みは、依然として胸に残ったままだ。
蒼太が並んで歩きながら言った。
「なあ橙真、お前のペアだけどさ……咲がいいんじゃないか?」
軽い口調ではあったが、その言葉に迷いは感じられなかった。
碧羽もすぐに大きく頷く。
「私もそう思う。その方が自然だし」
俺は一瞬だけ眉をひそめた。
「おい、勝手に決めるなよ……」
蒼太は肩をすくめて笑う。
「でもさ、一般人の振りをして潜入するなら、一般人を連れて行くのは不自然じゃないだろ?」
俺は何も言い返せなかった。
咲を巻き込みたくないという否定の気持ちと、作戦の成功率を高めるための肯定の理由が、頭の中で整理できないままグルグルと巡っていた。
「ごめん、俺先行くわ……」
***
施設の外へ出ると、冷たい風が頬をかすめた。
俺は歩きながら、ポケットからスマホを取り出す。
画面を開いたまま、指を止めてしばらく動かずにいた。
(咲のことを……こんな危険な作戦に巻き込んでいいのかな……)
迷いの思考が、夜の静けさの中で長く続いていく。
だが結局は、俺は意を決して指を動かした。
咲へ向けて、短いメッセージを送信する。
『明日、神門教の教会に一緒に来てほしい』
送信ボタンを押すと、ほんの数秒ですぐに既読がついた。
『え、教会ですか?』
『詳しいことは明日説明する』
『分かりました。明日、行きます!』
『それじゃあ明日、教会で』
俺はその画面を見つめたあと深く息を吐き出し、スマホをポケットにしまった。
少しだけ乱れていた呼吸が落ち着いていく。
自分でもそれをはっきり自覚しているわけではなかったが、足は自然と前へ進んでいた。
静まり返った夜の街の中へ、俺の背中はゆっくりと溶け込んでいった。




