37話 初任務からの帰り道
着替えを終えて防災対策課を出た俺――橙真、蒼太、碧羽の三人は、静かな住宅街へ向かって並んで歩いていた。
夕暮れの街には、昼間の戦いが嘘だったかのような穏やかな空気が流れている。
蒼太が首を傾げ、肩の凝りをほぐすように大きく腕を回した。
「マジで今日、やばかったな……! ずっと動きっぱなしだった気がするぜ……」
碧羽は自分の足元を見つめ、少しだけ視線を落とした。
「……うん。怖いというより、立ち止まったら、その瞬間に終わりって感じだったからね」
俺は前方の夕焼けを見つめたまま口を開く。
「……冷静に考える余裕があったのは、最後の撃破の時くらいだったな」
蒼太が横目で俺を見ながら笑う。
「そんなこと言って、お前、ずっと冷静だったくせに」
俺は首を少しだけ横に振った。
「でも実際、判断が遅れたところもあったし、判断できなかったこともたくさんあったと思う」
碧羽が柔らかな声で言った。
「でも、最後にあの判断がなかったら、私と蒼太、本当に危なかったからね」
俺は一瞬だけ黙り込み、視線を落とした。
「……そうだったらいいんだけどな」
蒼太が、ふぅーっと大きく息を吐く。
「それにしても、あのデカいクモみたいな邪神体、マジでキモかったわ」
碧羽が口元を押さえて小さく笑う。
「ちょっとは言い方考えてよ……でも、分かる」
俺は少しだけ視線を上げた。
「次は、もっと早く動けるようにしないと」
蒼太は軽く手を振る。
「なあ、橙真って、そんなに真面目だったっけ? まあでも、そういうやつがいると助かるんだけどな!」
碧羽も深く頷いた。
「うん、たしかに。橙真って、そんなに真面目だったっけ」
俺は二人の言葉に照れくさくなり、また少しだけ視線をそらした。
「……まあ、最近な。真面目にならないとなって思ってきて……」
「ってことは、咲が関係してるのか?」
「そんなこと……あるかもな」
「だな!」
***
話をしながら歩いているうちに、俺たち三人は住宅街の分かれ道へとたどり着いた。
「じゃあ、橙真、碧羽。また明日な!」
蒼太は軽く手を振ると、そのまま分かれ道を歩いていく。
「うん。また明日」
碧羽も土手の方へと続く坂道を歩いていった。
そして、俺は一人になった。
ポケットから左耳用のイヤホンを取り出し、装着する。
少し立ち止まり、空を見上げた。
「……次はもう少し早く動けるようにしないと、蒼太と碧羽のこと守れないよな。それに、咲もいたら……」
小さく呟き、俺は自分の家へ向かって歩き出した。
***
夕焼けの残る静かな土手に差し掛かり、私――碧羽は念のため周囲を見渡した。
誰もいないことを確認すると、深く息を吸い込んで呼吸を整える。
(本当に……私たちの初任務、終わったんだよね)
手には、まだ普段の弓道とは違う、あの訓練用の弓を握っていた感触が残っている気がした。
風の矢を放った時の、ずっしりとした感触。
雷が駆け巡った時の、背筋が凍るような緊張感。
いつもの弓道の時とも、防災対策課に入る前の戦いの時とも違う。
絶対に自分が邪神体を倒さなければいけない。
そんな強い覚悟が、まだ身体の中に残っていた。
私は胸いっぱいに息を吸い込む。
そして――。
「でも今はとりあえず……すぅ……やった……!」
空へ向けて、思い切り声を張り上げた。
叫んだあと、ふっと肩の力が抜けていくのが分かった。
「……ふふっ、本当に勝ったんだ」
小さく呟き、手を軽く握り直す。
(まだまだ強くならないとね。でも、とりあえず今日、ちゃんと動けてよかった)
私は満足そうに軽く頷いた。
「よし、帰ろっと!」
軽やかな足取りで、帰り道へ歩き出した。
***
自分の部屋に入るなり、俺――蒼太はベッドへ勢いよく倒れ込んだ。
「ふはぁ……疲れたぁ……」
天井を見つめたまま、今日繰り広げられた激しい戦いを頭の中で思い返す。
あのクモの邪神体に向かって突撃した時。
そして、最後に氷柱を叩き込んだ瞬間。
「……俺の動き、悪くなかったよな」
満足そうに目を閉じる。
数秒後……。
「……すぅ……すぅ……」
静かな寝息が部屋に響き始めた。
睡魔にあっさり負け、俺は深い眠りについた。
***
自分の部屋に入り、俺――橙真は勉強机の椅子に腰を下ろした。
その時、スマホがブブッと震えた。
画面を開くと、咲からメッセージが届いていた。
『今日も特訓だったんですよね? お疲れ様でした』
『ありがとう、咲。さっき無事に終わって、今帰ってきたところ』
『それじゃあ、なおさらお疲れ様でした! ゆっくり休んでくださいね。それじゃあ、また月曜日に学校で』
『ああ。また月曜日に学校で』
送信ボタンを押し、スマホを机の上に置く。
窓の外を見やると、いつの間にか静かな夜空が、どこまでも広がっていた。
俺は右耳のイヤホンにそっと触れ、静かに目を閉じる。
***
こうして、三人の初任務は無事に終わった。
そして俺たちは、それぞれの日常へ戻っていく。
――少なくとも、この時の俺たちは、
この先に待ち受けるものが、まだ何も見えていなかった。




