33話 特訓開始
俺たち三人は、防災対策課へと到着した。
エントランスへ足を踏み入れると、風宮さん、花江さん、月影さんの三人が、すでに揃って待っていた。
風宮さんは腕を組み、俺たちを見るなり静かに口を開く。
「時間通りだな」
花江さんが優しく微笑みながら、大きな紙袋を一人ずつ手渡してくれた。
「まずは、これに着替えてね」
俺――橙真が袋の中を覗き込むと、黒を基調とした、機能性を重視した訓練服が入っていた。
胸元には、防災対策課の銀色のエンブレムが刺繍されている。
蒼太が服を広げ、目を輝かせた。
「おぉ、すごい! 本物の隊員みたいだ!」
花江さんがクスッと笑う。
「更衣室は男女別になっているから、橙真くんと蒼太くんは右側、碧羽さんは左側を使ってね。着替えが終わったら、奥の第一訓練場へ来てください」
「「「はい!」」」
***
俺たちは、それぞれ更衣室へ向かった。
黒い訓練服に身を包んだ俺たちは、訓練場の中央に並んだ。
風宮さんが前へ出る。
「個別指導に入る前に、まずは全員共通の基礎トレーニングを行ってもらう。これは訓練日ごとに毎回必ず実施する」
厳格な眼差しのまま、風宮さんが続ける。
「十キロのランニング。その後に、腹筋、腕立て伏せ、スクワットをそれぞれ百回だ」
蒼太が目を丸くした。
「十キロ走って筋トレ!?」
碧羽も少し引きつった表情で息を呑む。
「相当な運動量ですね……」
俺は深く息を吸い、腹をくくった。
「やるしかないか」
風宮さんの短く鋭い合図が響く。
「始めろ!」
***
訓練場のトラックをひたすら走る。
走り続けるうちに全身から汗が噴き出し、呼吸も荒くなっていく。
十キロを走り終えると、休む間もなく腹筋百回。
蒼太は強がりながら声を張り上げる。
「ぜぇぜぇ……まだまだいける!」
続く腕立て伏せ百回。
さっきまでの威勢のいい笑顔が、徐々に引きつっていく。
「う、腕が動かねぇ……!」
最後はスクワット百回。
太ももが激しく震え、俺は歯を食いしばった。
「……っ!」
一方、碧羽は苦しそうな表情を浮かべながらも、最後まで一定のリズムでやり切った。
基礎トレーニングが終了した瞬間、俺はその場に座り込む。
「はぁ……はぁっ……」
蒼太は服の袖で顔の汗を荒々しく拭った。
「くっ……さすがに疲れたな」
碧羽も荒い息を整えながら、なんとか姿勢を保っている。
「私、まだ大丈夫……」
その様子を見ていた花江さんが苦笑する。
「ふふっ、橙真くん、大丈夫?」
「なんとか……」
風宮さんが俺たちを見渡した。
「よし。ここから個別訓練を開始する」
***
会議室へ移動し、俺は椅子へ深々と腰掛けた。
まだ全身の熱が冷めず、肩が上下している。
花江さんがペットボトルの水を差し出してくれた。
「まずはしっかり水分補給ね」
「ありがとうございます」
一口飲むと、花江さんは机の上に周辺地域の立体地図や過去の戦闘資料を広げた。
「今日は『支援役』としての頭の使い方を教えます」
地図の一点を指差す。
「例えば、最前線で味方が三人戦っていて、窮地に陥っている。橙真くんは誰を優先して支援する?」
「一番危険な状態にいる人、ですかね」
花江さんは優しく首を横に振った。
「それだけじゃ不十分だよ。誰を動かせば戦況全体が変わるのか。自分がどこへ介入すれば、全員を救えるのか。そこまで考えるの」
俺は真剣に頷いた。
「能力を発動する前に、戦況を冷静に考える」
「その通り! 考えてから力を使う。それが優れた支援役の第一歩だよ」
***
その頃、訓練場では風宮さんが硬質なボールを取り出していた。
「水沢、能力は使うなよ」
「はい!」
風宮さんの腕がしなり、猛烈な勢いでボールが放たれる。
俺――蒼太は鋭い反射神経で、一球目を拳で叩き返した。
二球目、三球目も必死に食らいつく。
だが、風宮さんが手を上げた。
「一旦止める」
「えっ、どうしたんですか? 俺、全部打ち返せてますよ!」
「水沢、飛んでくるボールをすべて正面から受け止めようとするな。避けられるものは避けろ」
「でも、全部打ち返した方がいいんじゃないですか?」
風宮さんは首を横に振った。
「無駄な体力消費だ。邪神体が常に一体しか現れないとは限らない。お前の能力は氷だな? 氷は攻撃にも防御にも使える。だからこそ、能力に頼る前に、己の身体能力を極めろ」
俺は真剣な眼差しで頷いた。
「はい! 分かりました!」
***
一方、訓練場の一角では照明が消され、辺り一帯が暗闇に包まれていた。
月影さんの静かな声が響く。
「風間、能力は使うな」
私――碧羽は弓を構えた。
「はい」
薄闇の中に浮かぶ、最初の標的。
私の放った矢は、正確に中心を射抜いた。
次の瞬間、標的が左右へ不規則に高速移動を始める。
私はすばやく矢を放つが、空を切って外れてしまう。
二射目も、わずかに外れた。
「的が動くと全然違う……!」
「弓道と実戦では違う。現場の敵は止まってはくれない」
さらに照明が落ち、闇が濃くなる。
「目だけで敵を追うな。空間を感じ、敵の動きの先を読め」
私は深く息を吸い、心を研ぎ澄ませた。
暗闇の中で、不規則に動く標的の気配を捉える。
次の瞬間――弦が弾ける快音が響いた。
放たれた矢は、動き回る標的の中心に見事突き刺さった。
月影さんは暗闇の中で、小さく頷く。
「その感覚を絶対に忘れるな」
「はい!」
***
午後七時を回る頃、全員の個別訓練が終了した。
汗だくの三人を見て、風宮さんが告げる。
「今日の特訓はここまでだ」
俺たちは更衣室へ戻り、制服へ着替えた。
再びエントランスへ集まる。
「次の特訓は土曜日だ。集合時間は朝九時とする」
花江さんがニコリと笑った。
「絶対に遅刻しないでね」
蒼太がゲッという顔をする。
「そうだ、土曜日も基礎トレーニングあるのか……」
「当然だ。体力づくりはすべての基本になるからな」
月影さんが冷ややかに付け加える。
「一分でも遅れてきたら、その日の特訓には一切付き合わない」
「本気かよ、厳しすぎるだろ! 絶対遅れられないのか……」
蒼太がガックリと肩を落とす。
碧羽がクスッと笑った。
「ふふっ、遅刻しないように頑張らないとね」
俺も笑みを浮かべながら頷く。
「ああ。目覚まし時計セットしておかないとな」
「それじゃあ、今日は解散だ」
「それではまた土曜日に」
「「「ありがとうございました!」」」
三人は深く礼をして、防災対策課をあとにした。
外へ出ると、心地よい夜風が汗をかいた肌を撫でていく。
覚醒者として、そして仲間として強くなるための厳しい訓練は――まだ始まったばかりだった。




