↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/125

32話 新しい日常

 六月初め、水曜日の朝。


 二年A組には、初夏らしい爽やかな朝の光が窓から差し込み、室内を照らしていた。


 碧羽は自分の席に座り、静かに本を読んでいる。


 そこへ、朝練を終えて汗を拭きながら蒼太が教室に入ってきた。


 そのすぐ後に、俺――橙真も教室へ入る。


 蒼太は自分の席につくと、大きく腕を伸ばして深呼吸をした。


「……今日からついに始まるんだな」


 碧羽が読んでいた本を閉じ、カバンにしまう。


「そうだね……少しだけ緊張するかも」


 蒼太が苦笑いを浮かべる。


「今日から特訓が始まるんだよなー。でも、まだ実感が湧かないんだよな」


 俺は窓の外の校庭を眺めながら答えた。


「俺も……まだ実感が湧かないな」


 碧羽がクスクスと小さく笑う。


「あの時、一応、特訓内容は教えてもらったけど、実際にやってみるまで、具体的な内容は分からないよね」


 蒼太が肩をすくめる。


「今はとりあえず、特訓が厳しくないことを祈るだけだな!」

「たしかにそうだな」

「うん、そうだね」


 三人の間に、小さな笑い声が漏れた。


 その時、予鈴のチャイムが校内に鳴り響く。


 同時に担任の先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。


 続いて、いつものように授業が始まっていく。


 それはどこにでもある、いつも通りの穏やかな学校の光景だった。


 だが――今日の放課後から。


 俺たち三人の新しい日常が始まろうとしていた。


***


 少し時間が経ち、昼休み。


 賑わう食堂で、俺たち三人はいつものテーブル席についていた。


 蒼太の前にはボリューム満点の大盛り定食が、碧羽の前には温かいうどんが、そして俺の前には普通の量の定食が、それぞれ並べられている。


 蒼太がふと食堂の入口へ視線を向けた。


 そこに、手作りの弁当を持った咲の姿が見えた。


 蒼太は大きく手を振る。


「咲――! こっちこっち!」


 気づいた咲が、パッと表情を明るくしてこちらへ歩いてくる。


「蒼太先輩、ありがとうございます」


 碧羽が自分の隣の椅子を引いた。


「咲、こっち座って」

「はい、碧羽先輩。お邪魔します」


 咲は小さく頭を下げて、行儀よく腰掛けた。


 蒼太が俺のトレーを覗き込んで、ニシシと笑う。


「橙真は今日もまた定食かよ」

「そういう蒼太こそ、また大盛りか」


 碧羽が少しだけ呆れたように言う。


「二人とも、メニュー自体はそんなに変わらないよね」


 咲も口元に手を当てて楽しそうに笑った。


「確かに、変わっているのってご飯の量だけですよね」


 俺は苦笑いを浮かべる。


「まあ、確かに言われてみればそうだな」


 蒼太も豪快に笑った。


「なんだよ、俺たち量しか違わないのか!」


 テーブルに四人の楽しげな笑い声が響いた。


 それから、午前の授業のことや蒼太と碧羽の部活動のこと、もうすぐやってくるテストの話などをした。


 いつもと変わらない、昼休みの時間。


 やがて食事を終え、俺は静かに席を立った。


「咲、この後、少し時間をもらえるか?」


 咲は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに頷く。


「はい、大丈夫です」


 俺は二人に向き直った。


「蒼太、碧羽」

「分かってるぜ!」

「五時間目には戻ってきてね」


***


 校舎の裏手には、初夏の心地よい昼下がりの風が静かに吹き抜けていた。


 咲が俺をまっすぐに見つめる。


「橙真先輩、話って、なんですか?」


 俺は少し言葉を選び、思案してから口を開いた。


「咲はさ、気にしていないって言ってくれたけど……日曜日、怪物を倒した後、俺たちは防災対策課に仮所属することになったんだ」


 咲の瞳が大きく揺れた。


「防災対策課に仮所属ですか?」

「うん」


 咲は少しだけ視線を落とし、悲しそうに呟いた。


「……それって、すごく……危険なことなんですよね」


 俺は静かに頷いた。


「そうだと思う。でも、俺たちが今までやってきたことと、本質的には、変わらないさ」


 しばらくの間、静かな沈黙が流れた。


 初夏の風が、二人の間を吹き抜けていく。


 やがて、咲がゆっくりと顔を上げた。


「……心配です。でも、橙真先輩たちが決めたことなら、私は全力で応援します」

「いいのか?」

「はい」


 咲は小さく笑った。


「その代わりに、無茶や無理だけは絶対にしないでくださいね」


 その言葉に、俺の胸の奥が少しだけ温かくなった。


 俺も固さがほぐれ、少しだけ笑う。


「ああ。できる限り、な」


 昼休みの終了を告げるチャイムが、学校中に響き渡った。


 咲は少し名残惜しそうに、それでも笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、次に会うのはまた明日ですね」


 俺は軽く手を上げた。


「そうだな。じゃあ、また明日」


 俺たちはそれぞれ、自分の教室がある校舎へと戻っていった。


***


 そして――放課後。


 午後四時を過ぎ、終業のチャイムが校内に鳴り響いた。


 蒼太がガタッと勢いよく立ち上がる。


「……ついに、だな」


 碧羽も静かにカバンを手にした。


「うん。少し緊張するね」


 俺も席を立ち、二人を見つめた。


 三人は並んで教室を出る。


 部活に向かう生徒たちで賑わう廊下を通り、階段を一段ずつ下りていく。


 昇降口へ着くと、六月初めらしい青空から降り注ぐ午後の日差しが、俺たちの足元を照らしていた。


 まだ日は高く、外は汗ばむような温かさに包まれている。


 蒼太が照れくさそうに笑う。


「なんか不思議な感じだな。この時間に校門出るの」


 碧羽も穏やかに微笑んだ。


「たしかに、そうだね」


 俺は校門の先に広がる、明るい街並みを見据えた。


「よし、行くか」


 三人は慣れ親しんだ学校を後にした。


 向かう先は、あの建物――防災対策課。


 覚醒者としての俺たちの新しい日常が、静かに始まろうとしていた。

ここまでご覧いただきありがとうございます

今回から新章が始まります。

そして、最近読み始めてくれた方も今まで呼んでくださった方もありがとうございます

これから頑張りますのでよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。