25話 暴風と対立
強い揺れは、一向に収まる気配がなかった。
足元の床が、再び激しく震え始める。
天井から吊り下げられた大型照明が、キィキィと不気味な音を立てながら大きく揺れていた。
「まだ揺れてる……?」
咲が顔を蒼白にしながら、不安そうに呟く。
俺――橙真は周囲の気配を探りながら、静かに口を開いた。
「これは……普通の地震じゃないよな」
その瞬間だった。
――バリンッ!!
凄まじい衝撃音とともに、ショッピングモール正面入口の巨大なガラス扉が粉々に砕け散った。
直後、暴風が館内へ一気に吹き込んでくる。
商品棚が次々と倒れ込み、紙袋やチラシが宙を舞った。
「きゃあああっ!」
「逃げろ!」
「お母さん!」
悲鳴に、怒号。
泣き叫ぶ子どもの声。
大勢の買い物客が、我先にと逃げ出していく。
非常用の館内放送は途中で途切れ、ノイズだけが虚しく響いていた。
「な、何が起こってんだよ!?」
蒼太が勢いよく振り返る。
碧羽も、破壊された入口を凝視していた。
「……風?」
だが、これはただの風なんかじゃない――まるで巨大な生き物が、激しい怒りとともに息を吐き出しているかのような暴風だった。
パニックに陥った人々は、暴風の吹き込む入口を避け、別の出入口へ一斉に殺到していく。
「こちらへ! 慌てずに避難してください!」
店員が必死に叫んでいる。
それでも、人の波は止まらない。
俺は咄嗟に右耳のイヤホンへ手を伸ばし、そっと触れた。
胸の奥が、かつてないほど激しくざわついている。
今まで出会った怪物とは違う。
そんな恐ろしい予感が、頭をよぎった。
「……外に、何かいる」
***
俺たち四人は、逃げ惑う人の流れに逆らうようにして、暴風が吹き荒れる破壊された入口へ向かった。
一歩、外へ足を踏み出す。
さっきまで広がっていた青空が、嘘のように消えていた。
空は、不気味な黒い雲に覆われている。
広大な駐車場には、荒れ狂う暴風が吹き荒れていた。
大きな案内看板がギシギシと軋み、街路樹が激しく揺れ、今にも折れそうになっている。
そして――そこに、いた。
巨大な黒い体。
五つの首。
見上げることすらためらうほど、巨大な怪物だった。
蛇のように長く伸びた五つの首が、天へ向かって狂ったようにうねっていた。
五つの巨大な口からは、空気そのものを引き裂くような暴風が絶え間なく漏れ出している。
――グォォォォォ!!
大地そのものを揺らすような咆哮。
次の瞬間、さらに激しい暴風が、駐車場全体を飲み込んだ。
風圧で自動車が大きく揺れ、警報音が一斉に鳴り響く。
飛ばされた看板が地面を転がり、残っていたガラスが次々と砕け散った。
絶望に満ちた悲鳴が響き渡る。
「……なんだよ、あれ……」
蒼太の声が震えていた。
碧羽も息を呑み、言葉を失っている。
咲は完全に固まっていた。
俺は、静かにその巨体を見上げる。
「……怪物か」
だが、今まで見てきた怪物や、戦ってきた奴らとは明らかに次元が違う。
圧倒的な巨体。
圧倒的な威圧感。
まるで、自然災害そのものが意思を持ち、襲いかかってきたかのようだった。
五つの首が、ゆっくりとうごめく。
それだけで、吹き荒れる暴風がさらに勢いを増していく。
その時、咲がハッと我に返った。
「まだ中に、人がたくさん残っています!」
俺は咲へ視線を向ける。
「咲」
「……はいっ!」
「中の人たちの避難誘導を頼めるか」
咲が驚いたように目を見開く。
「私だけで、ですか……?」
「俺たちは、あいつを抑え込むことだけに集中したい」
一度、怪物へ視線を向ける。
「だから――避難誘導は、咲に任せたい」
「……!」
咲は一瞬だけ躊躇した。
けれど、深く息を吸い込むと、まっすぐな瞳で頷いた。
「分かりました! 私、やります!」
そして、少しだけ振り返る。
「もし何かあっても、橙真先輩が守ってくれるんですよね?」
「ああ。もちろん、そのつもりだ」
「……はい!」
咲はぬいぐるみを胸に抱き直し、ショッピングモールの中へ向かって走り出した。
「みなさん、落ち着いてください! こちらです! 慌てないで、順番に避難してください!」
その声が、混乱する館内へ力強く響き渡っていく。
***
蒼太が一歩前へ出た。
吹き荒れる猛烈な風。
巨大な怪物。
五つの首。
それでも、蒼太の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「今度の怪物、いつにも増して、でけぇな!」
蒼太の足元から、白い氷が勢いよく広がっていく。
「でも、やるしかねぇってことだろ!」
力強く地面を蹴る。
無数の水滴が地面を駆け抜け、一つひとつが瞬く間に凍りついていく。
やがて巨大な氷の塊となった水滴が、怪物の首へ一斉に襲いかかった。
キィン――!
甲高い音とともに、五つの首のうち一つが瞬時に凍りつく。
「少しは効いたか!?」
蒼太が叫ぶ。
だが、次の瞬間、凍りついた首が、大きく身震いした。
氷の表面に、亀裂が走る。
――パキッ!
激しい音とともに、氷が粉々に砕け散った。
「くそっ!」
それでも、確かに、ほんの一瞬だけ、その動きを止めることには成功した。
間髪入れず、碧羽が弓を構える。
風が集まり、青白い雷が激しく弾けた。
「――っ!」
放たれた矢は一直線に空を切り、怪物の別の首へ突き刺さる。
激しい雷光が弾け飛び、怪物が低く地鳴りのような悲鳴を上げた。
だが、倒れない。
「効いてはいる……でも、倒し切れない!」
碧羽が悔しそうに歯を食いしばる。
蒼太も顔をしかめた。
「これでも倒せねぇのか!」
五つの首が、ゆっくりと空を向く。
そして――暴風が、さらに強くなる。
***
その時だった。
遠くの街並みの向こうから――。
ウゥゥゥゥゥ――。
不気味なサイレンが響き渡ってきた。
一つ、二つ、三つ。
次第に、その数を増やしていく。
さらに、遠くに怪しげな青色灯の光が見えた。
街の向こうから、複数の車両が猛スピードでこちらへ近づいてくる。
「ん? あれなんだ!?」
蒼太が振り返る。
碧羽も目を向けた。
「もしかして……あのサイレンって」
吹き荒れる暴風の中。
無数の青い光が、こちらへ向けて刻一刻と近づいてくる。
俺は右耳のイヤホンに触れたまま、その不気味な光を静かに見つめていた。
巨大な五首の怪物。
逃げ惑う人々。
そして――迫り来る謎の車両。
そのサイレンは、これから始まる新たな戦いの始まりを告げるように、高らかに響き渡っていた。




