26話 防災対策課と共同戦線
複数の黒い特殊車両が、水しぶきを上げながらショッピングモールの前へと次々に到着する。
激しいブレーキ音とともに、ドアが一斉に開かれた。
中から黒い防具と戦闘服を身にまとった隊員たちが、無駄のない動きで次々と降り立っていく。
「避難班展開! 負傷者を優先的に救護せよ!」
「一般人の誘導を開始! 急げ!」
隊員たちは、てきぱきと持ち場へ散っていく。
その隊列の先頭から、隊長らしき男がゆっくりとこちらへ歩き出してきた。
男の腰には、独特の存在感を放つ一本の刀。
数々の修羅場をくぐり抜けてきたことを思わせる、静かで落ち着いた眼差し。
ふと見ると、左手の薬指には綺麗な銀色の指輪が、かすかに光っていた。
男は足を止め、暴風の中心で天を突き刺すようにうごめく巨大な怪物を見上げる。
「『強風型』邪神体を確認。避難誘導を開始せよ」
男の短い指示とともに、さらに多くの隊員たちが一斉に動き始める。
そのうちの一人が、急ぎ足で咲のもとへ駆け寄ってきた。
「君、避難誘導をしてくれていたのか?」
「……はいっ!」
「助かる。こちらでも本格的な避難誘導を始める。よければ一緒に頼めるか?」
咲は力強く頷いた。
「……分かりました!」
咲は隊員たちとともに、パニックの続くショッピングモールの中へ駆け戻っていった。
***
咲の背中を見送ったあと、刀を差した男が俺たち三人へ視線を向けた。
蒼太の足元に広がる氷。
碧羽の持つ弓にまとわりつく風。
そして、静かに佇む俺――橙真。
「それで、君たちは……?」
「事情は後で話します」
その言葉に応じるように、怪物が空を向いて凄まじい咆哮を上げた。
「――グォォォォォ!!」
再び荒れ狂う激しい暴風。
男は迷うことなく腰の刀を抜き放った。
「……分かった。君たちの話は後でじっくり聞かせてもらおう。……今は目の前の敵に集中させてもらう」
男が刀を構えた、その瞬間――青白い雷光が刃全体を包み込んでいく。
次の瞬間、男の姿が視界から消えた。
――ドゴォン! バキィン!
目にも留まらぬ速さで雷光が駆け抜け、怪物の首元を激しく一閃する。
雷をまとった鋭い斬撃が、分厚い怪物の肉を力強く切り裂いた。
怪物が苦悶の声を漏らす。
あまりの素早さに、蒼太が目を見開いて絶句した。
「なんだ……速ぇ!」
だが、切り裂かれた首を庇うように、別の首が狂暴な勢いで男へと襲いかかった。
その瞬間――男の足元の影が、不気味にゆらりと揺れる。
黒い影の中から、一人の男が滑り出すように出現した。
感情の読み取れない冷徹な目。
一切の無駄を削ぎ落とした静かな動き。
影から出た男は、怪物の懐へ一瞬で飛び込むと、流れるような蹴り、鋭い肘打ち、そして息つく間もない連撃を叩き込んだ。
巨大な首が、わずかによろめく。
蒼太が口をあんぐりと開けて驚愕した。
「どこから、っていうか、いつの間に現れたんだ!?」
影の男は何も言わない。
連撃を終えると、そのまま滑り込むように、再び足元の黒い影の中へ沈み、消えていった。
碧羽が深く息を呑む。
「また、消えた……」
だが、依然として暴風は収まらない。
蒼太が一歩前へ踏み出した。
「俺も行く!」
再び勢いよく氷が地面を駆け抜ける。
水滴が集まり、大きくなりながら怪物の首へと向かっていった。
一撃で一つの首が、氷の中へ完全に閉じ込められる。
怪物の動きが、ピタリと止まった。
「効いたか!?」
蒼太が叫ぶ。
だが次の瞬間、氷の内側から凄まじい圧力がかかった。
ミシミシと亀裂が走り――次の瞬間、氷は粉々に砕け散った。
「くそっ! やっぱりダメなのか……!」
すかさず碧羽が弓を引き絞る。
雷をまとった風の矢が放たれ、一直線に怪物の首へ突き刺さった。
激しい雷が弾け飛び、怪物が低く唸り声を上げる。
しかし、それでも倒れ伏すことはない。
刀を持った男が、蒼太と碧羽の連携を見つめたあと、俺を見る。
「君たちは、いつもこんな怪物と戦ってきたのか?」
「……はい、そうです」
俺は怪物を見上げながら、ほんの少しだけ間を置いた。
「……でも、これほど大きな奴は、初めてです」
男は小さく、深く頷いた。
「そうか……」
***
ショッピングモール最上階――私は隊員たちとともに、逃げ遅れた人々の避難誘導を必死に続けていた。
「こっちです! 焦らずに、落ち着いて進んでください!」
私は大きな窓の外へ視線を向けた。
高い場所から見下ろして初めて、怪物の全体像がはっきりと見える。
うねる五つの長い首。
そして、その先端にある五つの顔。
その時――私の頭の中に、強い違和感が走った。
「何か……違う……?」
五つの顔。
目の形も、怒りの表情も、全体の質感も、どれも微妙に違っていた。
私は目を大きく見開いた。
「……もしかして!」
私はポケットから慌ててスマホを取り出し、素早く文字を打ち込む。
橙真先輩が探しているであろう核がある位置を、メッセージとして送信した。
『五つの顔が、全部違います! たぶん、あの顔が核です!』
***
吹き荒れる暴風の中。
ポケットの中で俺のスマホが激しく震えた。
画面を開き、届いたメッセージに目を通す。
「……なるほど、そういうことか……ありがとうな、咲」
俺は刀を持った男へ視線を向けた。
「この怪物の倒し方が分かりました」
男が素早く振り返る。
「なんだ、どうやって倒すんだ?」
「怪物の五つの顔にある核を、同時に攻撃することです」
数秒間、男は怪物を見上げたあと、力強く頷いた。
「なるほど、了解した」
男は胸元の無線機を手に取る。
「全隊員へ指示。目標の五つの首を同時に攻撃する作戦へ変更する! 一般人が駐車場に来ないように誘導してくれ!」
そして、男が俺を見つめた。
「ほかに何か気づいたことがあれば、教えてくれ」
「……分かりました」
俺が小さく頷いた、その時。
すぐ近くの黒い影の中から、静かな声が響いた。
「そういう倒し方だったのか……。少し面倒だな」
再び影が、ゆらりと揺れる。
怪物が怒りの咆哮を上げた。
吹き荒れる猛烈な暴風。
狂乱する五つの首。
俺は静かに右耳のイヤホンへ手を伸ばし、そっと触れた。
だが――今はまだ、外す時ではなかった。
頼もしい仲間たちがいる。
そして、俺たち以外にも共に戦ってくれる人たちがいる。
その心強さを、俺は胸の奥でしっかりと実感していた。




