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13話 いつもの道

 すっかり傾いた日差しが、斜めに差し込む工事現場。


 ぽっかりと開いた大きな穴の前で、俺たち四人はしばらくの間、言葉を失って立ち尽くしていた。


 さっきまで吹き荒れていた暴風は、もうどこにもない。

 俺たちを追い詰めた怪物の姿も、完全に消えていた。


 咲がそっと歩み寄り、恐る恐る大穴の底を見下ろす。


「それにしても、すごく大きな穴が開きましたね……」

「うん……今回の戦いの跡は、かなり大きいね」


 碧羽も静かな歩調で穴の縁へ近づき、穴の底を見つめる。


 俺――橙真は、ハッとして周囲を見渡した。


「……もしかしてさ、防災対策課が、もうすぐ来るんじゃないか?」

「たしかに! これだけの騒ぎだし、あの場にいた誰かが通報しててもおかしくねーな」

「そして今回は、『原因不明の道路陥没事故』として処理されるんだろうね」

「だろうなー。とりあえず防災対策課が来る前に、さっさとここからズラかろうぜ!」

「そうだな」


 俺たちは足早に工事現場をあとにした。


 住宅街の路地へ戻る頃には、空はすっかり濃い橙色に染まり始めていた。


 張り詰めていた緊張が、初夏の涼しい風とともに少しずつほどけていく。


 蒼太が両手を頭の後ろで組み、歩きながら言った。


「はー、やっぱり腹減ったなー!」

「さっきまで、あんなに激しい戦いをしていたのに、ですか?」

「おいおい、激しく動いたからこそ腹が減るんだよ!」

「ふふ、私もその気持ちはちょっと分かるかも」


 そんなふうに笑い合う俺たち。


 その中で、咲がゆっくりと口を開いた。


「でも……やっぱり、すごく怖かったです。私、途中で動けなくなっちゃって……ごめんなさい」


 申し訳なさそうに俯く咲に、俺たちは前を向いたまま答える。


「今まで、咲が謝るようなことなんてあったか?」

「そうだぞ! あんな怪物を見て怖がらない方が、よっぽど怖いって!」

「私も、一番最初に怪物を見た時は怖くてたまらなかったよ」

「そうそう! 俺たちなんて、最初の頃の戦いなんてかなりボロボロだったしな!」


 咲が目を見開いて驚いた。


「えっ……橙真先輩たちが、ボロボロだったんですか!?」

「そりゃそうだ。最初から何でも上手くいくわけないだろ?」

「ここまでに、いろいろあって……今みたいになったんだよね」

「そうなんですね……」


 四人の間に、自然と温かな笑みがこぼれた。


 やがて、分かれ道に着く。


「じゃあ、また明日!」

「ああ、また明日」


 碧羽と蒼太が、それぞれの帰路へと歩いていく。


 静かな夕暮れの住宅街に残されたのは、俺と咲の二人だけだった。


 少し気まずくて、それでも心地よい沈黙が続く。


 やがて咲の家が見えてくると、彼女がこちらへ向き直った。


「今日は、いろいろとありがとうございました」

「まあ、とにかく無事でよかったよ。怪物の真下に飛び出したことも、気にすんなよ」

「でも……」

「……分かった」


 俺は少し考えてから、咲を見る。


「咲が危なくなったら、すぐ俺が助けるから」

「え……」

「だから、戦いのときは、俺のそば……離れるなよ」

「……っ」


 咲の頬が、瞬く間に赤く染まっていく。


「と、橙真先輩……また明日です!」


 そう言い終わった途端、咲は赤くなった顔を隠すようにくるりと向きを変え、逃げるように家の中へ駆け込んでいく。


 俺はその背中を見送り、暗くなった夜道を一人、苦笑しながら歩き出す。


「なんか、まずいこと言ったかな……」


***


 パタン――。


 私――咲が玄関の扉を閉めた瞬間、それまで張り詰めていた心が、ふっとほどけていくのを感じた。


 家に入り、お風呂と着替えを済ませて、そのまま部屋のベッドへ倒れ込んだ。


 今日起きた出来事が、まぶたの裏に浮かんでは消えていく。


 突然の道路の崩落。

 工事現場に姿を現した怪物。

 蒼太先輩の力強い氷。

 碧羽先輩の軽やかな風。

 橙真先輩の温かな炎。


 そして――上空から落ちてくる怪物の影。


 その恐怖から私を救うように、強く引き寄せてくれた、橙真先輩の手の感触。


 最後に、橙真先輩から言われた言葉。


 私は天井をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。


「橙真先輩、なんであんなこと、すんなり言えるんだろう?……」


 思い出すだけで、頬がまた熱くなる。


「やっぱり、橙真先輩かっこいいな……」


 私は枕に顔を半分埋める。


 少し恥ずかしくなってから、ふとさっきの会話を思い出した。


「……橙真先輩たち、最初は強くなかったって言ってたけれど」


 さっきも私を守ってくれた、頼もしい先輩たちの姿を思い浮かべる。


「最初の戦いって、どんな感じだったんだろう……」


 想像を膨らませてみる。


 きっと、私には想像もつかないくらい怖かったのかもしれない。


 たくさん失敗して、何度も上手くいかないことがあったのかもしれない。


 それでも、一つずつ乗り越えてきた。


 だからこそ、今のあの強さと優しさがあるのだと感じた。


 そう思うと、胸の奥が温かくなった。


 私は嬉しそうに小さく笑う。


「今度、学校で会ったら聞きたいな」


 窓の外では、静かな初夏の夜風がさらさらと音を立てて吹き抜けていた。

今回で第2章が完結します。

物語はまたまだ続けるつもりですのでこれからもよろしくお願いします

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