128話 近づく終わり
俺――橙真の足元に、また小さな灰が落ちた。
誰も、その灰から目を離せない。
「……まだ、何か思い出せそう?」
花江さんが静かに尋ねる。
「分からないです……」
俺は目を閉じた。
頭の奥に残っている、あの日の記憶。
炎。
黒煙。
そして――死。
「でも……もう少しだけ、思い出せる気がする」
目を閉じたまま、俺はゆっくりと話し始めた。
「俺が死んだあと……炎が出てきた」
赤い炎。
今まで使っていたものとは違う。
もっと巨大で、もっと危険な炎だった。
「俺自身が……炎になっていくみたいだった」
蒼太が眉を寄せる。
「それが、今の橙真の力なのか?」
「……たぶん」
俺は自分の胸に手を当てた。
「でも……あのときは、俺が炎を使ってるって感覚じゃなかった」
「じゃあ、何だったの?」
碧羽が尋ねる。
「……分からない」
しばらく考える。
すると、頭の奥に一つの言葉が浮かんだ。
「……もしかしたら、それが、プロメテウス本来の力だったのかもしれない」
その名前を口にした瞬間。
蒼太と碧羽が同時に顔を上げた。
「プロメテウス……?」
「それって……」
風宮さんも、険しい表情になる。
「カマエルの過去を見せられたときに、鍵を作った神だよな」
俺は頷いた。
「はい。俺……あのとき、カマエルからその名前を聞いた」
その名前に、全員の空気が変わった。
「あのとき……?」
「はい、扉の前で、太古の記憶を見るよりも前、俺が初めて覚醒したあの日に」
記憶の中で、炎の向こうに立つ巫女の姿。
そして、俺を見る目。
「カマエルは、俺から吹き出した炎を見て……何かに気づいたみたいだった」
「何て言っていた?」
風宮さんが聞く。
「……」
俺は記憶を探る。
炎の音。
焼け落ちる家。
その中で聞いた声。
『――プロメテウス』
「そうだ」
俺は目を開いた。
「カマエルは……俺を見て、『プロメテウス』と言った」
蒼太が息を呑む。
「じゃあ……橙真の炎は」
「……プロメテウスの力だ」
自分の口から、その言葉が出た。
不思議だった。
ずっと自分でも分からなかった力の正体が、ようやく繋がった気がした。
「でも……」
碧羽が静かに尋ねる。
「どうして橙真に、その力が宿ったの?」
その質問に、俺は答えられなかった。
けれど、その瞬間――また記憶が浮かび上がった。
炎の中。
何も見えない世界。
身体の感覚すらなくなっていく。
俺は、もう死んでいた。
「たぶん……死んだからかな」
「え?」
咲が顔を上げる。
「俺が死んだ瞬間……炎が生まれた」
俺は、自分の手を見つめる。
「たぶん……あの力は、俺が生きているときには目覚めなかった」
死。
それが境界だった。
「俺が死んだことで……身体の中にあった何かが、初めて目を覚ました」
花江さんが考え込む。
「つまり、死が覚醒のきっかけになった……」
「はい」
風宮さんが静かに口を開く。
「それが、プロメテウスの力が、日向の身体に適合した瞬間だったのかもしれない」
「……そうだったのかもしれないですね」
でも、まだ一つ分からないことがある。
「じゃあ……プロメテウスの力は、もともとどこにあったんだ?」
誰も答えられない。
しばらく沈黙が続いた。
そのとき、碧羽が言った。
「古代のプロメテウスは……扉を作るために、自分の力を使って失ったんだよね」
「……ああ、そうだったよな」
「だったら、そのときに、すべての力が消えたわけじゃなかったのかもしれない」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「この世界に力の一部が残っていた……?」
「たしかに。長い時間をかけてこの世界に残った力が、橙真くんの死をきっかけに目覚めた……そう考えれば、説明はつきます」
胸の奥がざわついた。
俺はずっと、自分の力が何なのか分からなかった。
けれど――今なら、少しだけ分かった気がする。
「俺は……プロメテウスの力の覚醒者だった」
蒼太が拳を握る。
「だったら、カマエルは最初からそれを知っていたのか?」
「……たぶん、俺を見たときに気づいた」
俺は右耳に触れた。
もう、イヤホンはない。
「だから、あいつは俺にイヤホンを付けた」
風宮さんが眉を寄せる。
「力を抑えるために?」
「それだけじゃないと思います」
俺は、右手から落ちた灰を見る。
「俺を――生かしておくために付けた」
その言葉に、咲が息を呑んだ。
「じゃあ……カマエルは、橙真先輩を助けたんですか?」
「……それは、分からない」
俺は首を横に振る。
「助けたのか、それとも……何か別の目的があったのか」
答えは出ない。
カマエルが何を考えていたのか。
なぜ、死んだ俺をこの世界へ戻したのか。
なぜ、イヤホンまで用意したのか。
今の俺には、何も分からない。
ただ一つだけ、分かったことがある。
俺の炎は、偶然生まれた力じゃない。
死を境に目覚めた――プロメテウスの力だ。
その瞬間――ぽろり。
また、灰が落ちた。
俺はそれを見つめる。
そして、胸の奥で一つの不安が生まれた。
もし、この身体が死んだときの状態へ戻っているのなら――。
この先、俺はどうなるんだろう。
誰も、その答えを持っていなかった。




