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123話 声の正体

 防災対策課、エントランスの扉が開いた。


「戻りました」


 蒼太と碧羽が入ってくる。


 二人の服には、まだ戦闘の痕跡が残っていた。


 俺――橙真は訓練場から戻る途中だったが、その姿を見て足を止めた。


「お疲れさま」


 花江さんが二人を迎える。


「怪我はありませんか?」

「大丈夫です」


 碧羽が答える。


 蒼太も頷いた。


「少し疲れましたけど、問題ありません」


 風宮さんが二人を見る。


「それでは、会議室にて報告を聞こう」


 俺たちは、そのまま会議室へ向かった。


***


 会議室の扉を開け、それぞれが席につくと、蒼太が口を開く。


「敵は、魚型の邪神体でした」

「戦闘結果は?」

「撃破しました」

「被害は?」

「軽微です」


 碧羽が答える。


「ただ――通常の邪神体とは違うところがありました」


 風宮さんが眉を寄せる。


「違うところ?」

「はい。撃破した時、災害が発生していませんでした」


 短いやり取り。


 それだけで、全員が何を意味しているのか理解した。


 やはり、今回発生した邪神体は普通ではない。


「他に気になったことはありましたか?」


 花江さんが尋ねる。


 碧羽が少し考えてから答えた。


「最後に、妙な音を聞きました」

「音?」

「はい。うめき声のような……低い音です」


 俺は黙って二人を見る。


 だが、その話を二人が続けるより先に――。


 ――ゥゥ……。


「……!」


 会議室にいた全員が動きを止めた。


 聞き間違いじゃない。


 確かに聞こえた。


 けれど、音の出どころが分からない。


 風宮さんがすぐに通信機を取る。


「館内の音声系統を確認」

『確認します』


 数秒後。


『異常ありません』

「外部からの通信は?」

『ここ数分は、ありません』


 誰も口を開かなかった。


 俺は、胸の奥に嫌な感覚を覚えた。


 その直後。


『邪神体反応を確認!』


 館内放送が響き渡った。


『発生地点、先ほどの現場から約三キロ。現在、周辺の状況を確認中です』


 蒼太が立ち上がる。


「また出たのか?」


 碧羽も立ち上がった。


「近すぎる……」


 風宮さんが壁の地図を見る。


「反応は一つか?」

『はい。現在確認できている反応は一つだけです』

「現在、か……」


 風宮さんが呟く。


 その言葉が、妙に引っかかった。


「風宮さん、行きましょう」


 風宮さんが俺を見る。


「日向」

「俺も行きます」

「まだ本調子じゃないだろ」

「分かっています!」


 俺は拳を握った。


「でも……放っておけません」


 風宮さんは少しだけ黙った。


 やがて、頷く。


「分かった」


 花江さんも立ち上がった。


「私も行きます」


 蒼太も立ち上がる。


「もちろん俺も」


 碧羽も弓を背負い直す。


「私も行きます」

「決まりだな」


 風宮さんが通信機を取る。


「現場へ向かう。周辺部隊には避難誘導を優先させろ」

『了解しました』


 俺たちは急いで出動準備を整えた。


 今回は五人。


 俺、蒼太、碧羽、花江さん。

 そして風宮さん。


 誰も口にはしなかった。


 だが、全員が感じていた。


 何かがおかしいと。


 ***


 現場へ向かう車内。


 誰もほとんど話さなかった。


 窓の外を流れる街並みが、少しずつ変わっていく。


 人の姿が減る。


 道路が白くなる。


 建物の壁に霜が広がっている。


「……さっきより酷いな」

「うん」


 碧羽が窓の外を見る。


「範囲が広がってる」


 俺も黙って外を見た。


 そのとき。


 ――ズン。


 車体がわずかに揺れた。


「……今のは?」


 花江さんが尋ねる。


 風宮さんは答えず、速度を落とした。


 ――ズン。


 もう一度。


 今度は明らかに大きい。


 道路脇の電柱が揺れる。

 建物の窓ガラスが震える。


「地震……じゃない」


 碧羽が呟く。


 俺もそう思った。


 これは――地面の下から伝わってくる。


 まるで――。


「何かが動いている」


 車が止まる。


 俺たちは外へ出た。


 冷たい風が吹き抜ける。


 遠くに、黒い影が見えた。


 最初は建物の影だと思った。


 けれど――違う。


 影が動いている。


「……あれは?」


 花江さんが呟く。


 次の瞬間、遠くの建物が轟音とともに崩れた。


 ――ゴゴゴゴゴ……!


 瓦礫の向こうから、巨大なヒレが現れる。


 ――ドォン!


 地面が大きく揺れた。


「……!」


 巨大なヒレの一撃だけで、建物の一階部分が隠れてしまう。


 そして、ゆっくりと、その身体が姿を現した。


 黒い巨体。

 異様なほど長いヒレ。

 全身から噴き出す冷気。

 青白い雷が身体を走り、身体の周囲では風が渦を巻いている。


 俺は息を呑んだ。


 無数の赤い目が、ゆっくりと開いていく。


 そのすべてが――俺たちを見ていた。


 ――ゥゥゥ……


 あの声。


 今度は、はっきりと聞こえた。


「……こいつか」


 蒼太が呟く。


 巨大な邪神体が、低く身体を揺らした。


 そして、その身体から黒い霧が溢れ出す。


「何だ……?」


 鱗が地面へ落ちる。


 そこで形を変え始めた。


 氷が集まる。

 雷が弾ける。

 風が渦を巻く。


 一体、二体――三体。


 次々と黒い影が生まれていく。


「……眷属かな」


 碧羽が呟いた。


 俺は巨大な邪神体を見上げる。


 やはり、そういうことなのか。


 さっきの小型個体は――こいつが生み出した存在。


「数が……多い」


 花江さんが光を展開する。


 風宮さんが剣を抜いた。


「全員、構えろ」


 蒼太が拳を握る。


 碧羽が弓を引く。


 俺も前へ出た。


 巨大な邪神体が、ゆっくりと腕を上げる。


 氷が地面を覆う。

 雷が空を裂く。

 風が街を吹き抜ける。


 そして――咆哮が響き渡った。


 ――ォォォォォッ!


 俺たちは、一斉に身構えた。


 ここで本当の戦いが――始まろうとしていた。

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