124話 戦いの開始
ついに、戦いが始まった。
巨大な邪神体が咆哮する。
その身体から黒い霧が溢れ、周囲の空気が一気に冷たくなった。
「来るぞ!」
風宮さんの声が響く。
直後、三方向から眷属が飛び出してきた。
氷を纏った小魚型。
青白い雷を走らせる中魚型。
風を巻き上げる大魚型。
「蒼太、左!」
「分かってる!」
蒼太が地面を蹴った。
迫ってきた氷の眷属へ向かって、両手を突き出す。
地面から巨大な氷柱が伸び、眷属の身体を正面から貫いた。
「これで……!」
氷が一気に広がる。
――バキンッ!
眷属の身体が砕け散った。
「こっちは終わり」
その隣では、碧羽が弓を構えていた。
目を閉じ、風の流れを感じ取る。
そして――。
「そこ……!」
矢が放たれた。
風を纏った矢が眷属のヒレを撃ち抜く。
動きを失ったところへ、二本目の矢が突き刺さった。
雷が弾け、黒い身体が崩れ落ちる。
「こっちも終わりました」
「残りは俺がやる!」
風宮さんが地面を蹴った。
一瞬で雷を纏った眷属の懐へ入り込む。
抜刀。
閃光。
雷を纏った斬撃が、眷属を横一文字に切り裂いた。
「こっちも制圧完了だ!」
だが次の瞬間には、眷属たちは復活していた。
俺は三人の動きを見ながら、炎を飛ばす。
「蒼太、碧羽、速度を乗せる!」
「橙真、助かる!」
「橙真、ありがとう!」
「蒼太、右から来てる!」
「了解!」
「碧羽、後ろから来る!」
「うん!」
以前とは違う。
動きが速い。
連携にも迷いがない。
俺たちは、確実に強くなっている。
だけど――。
「……まだ来るのかよ」
蒼太が呟いた。
俺は巨大な邪神体を見ると、黒い鱗が地面へ落としていた。
その鱗から、新たな眷属が生まれた。
一体、二体。
さらに、その奥からもう一体。
「これじゃあ、数が……減らない」
碧羽が息を呑む。
俺は巨大な邪神体を見上げた。
倒しても、倒しても、あいつは眷属を生み出し続ける。
「本体を倒さない限りは……終わらない」
その瞬間、巨大なヒレが振り下ろされた。
「避けろ!」
地面が爆発する。
俺たちは四方へ散った。
衝撃だけで身体が吹き飛ばされそうになる。
花江さんが光の壁を展開した。
巨大な腕が壁へ叩きつけられる。
「このまま、持久戦になった場合こっちが不利になる」
風宮さんが雷の眷属を斬り伏せる。
だが、倒した直後には、また新しい眷属が生まれた。
終わりが見えない。
俺はイヤホンへ触れた。
指先に、冷たい感触が伝わる。
これを外せば――あの炎が戻ってくる。
けれど。
「……まだだ」
まだ、この力を使わなくてもいい。
俺たち全員の力だけで、戦える。
そう信じた。
***
その頃。
学校では、私――咲がスマホの画面を見つめていた。
休み時間。
何気なく開いたニュースアプリに、速報が表示されている。
『市内で大規模な異常現象』
『現場周辺では強風、落雷、局地的な低温を確認』
『原因は現在、調査中』
さらに、現場を遠くから撮影した動画も掲載されていた。
黒い雲。
吹き荒れる風。
その奥に、一瞬だけ映る巨大な黒い影。
「……これ」
私の表情が変わった。
普通の災害じゃない。
すぐに分かった。
そして――動画の中に、赤い光が見えた。
「……また」
私にしか見えない、あの赤い光。
そのとき、校内放送が流れた。
『現在、学校周辺では強風と落雷が確認されています。生徒の皆さんは教室内で待機してください。今後、状況によっては下校時刻を変更する場合があります』
教室がざわめく。
けれど、私はスマホから目を離せなかった。
赤い光が、もう一度見えた。
巨大な黒い影の奥で、ゆっくりと脈打っている。
「……橙真先輩」
その名前が、自然と口から漏れた。
もし、あの場所に橙真先輩がいるのなら。
きっと、この異変にも関わっている。
私は立ち上がった。
「……行かなきゃ……」
「咲?」
クラスメイトに呼び止められる。
「どこ行くの?」
「……ちょっと、用事ができて」
私は教室を出た。
廊下の窓から外を見る。
風が木々を激しく揺らしていた。
遠くで雷が鳴る。
スマホには、現場周辺の交通規制も表示されている。
普通なら、近づくことなんてできない。
それでも――画面に映った赤い光から、目を逸らせなかった。
あの光が、橙真先輩たちのいる場所を示しているように思えた。
「……放っておけない」
私はスマホを握りしめた。
そして、学校裏手へ走った。
そこには、緊急時に使われる避難用の連絡路がある。
今は周辺住民の避難誘導のため、一部が開放されていた。
私はその道を使い、現場へ向かう。
走りながら、何度もスマホを見る。
ニュースの更新。
現場の動画。
そして、赤い光。
「……まだ、そこにいる」
私は走る速度を上げた。
***
「……まずい」
戦場では、状況がさらに悪化していた。
蒼太が氷で眷属を吹き飛ばす。
碧羽の矢が風を切る。
風宮さんの雷が大地を走る。
花江さんの光が俺たちを守る。
それでも、敵は一向に減らない。
俺――橙真は息を切らしながら、巨大な邪神体を見上げた。
その周囲には、無数の眷属。
そして、そのときだった。
「橙真先輩!」
聞き覚えのある声がした。
「……え?」
振り返る。
瓦礫の向こうから、咲が走ってくる。
「咲……!?」
どうしてここに――。
そんな疑問より先に、俺は叫んでいた。
「危ない! 来ちゃ駄目だ!」
「でも……!」
咲は巨大な邪神体を見上げる。
その目が、大きく見開かれた。
「あれ……」
「どうした?」
「あの中に……」
咲が震える声で呟く。
「赤い光が……たくさんあります」
俺には見えない。
けれど、咲には見えている。
巨大な身体の奥。
無数の赤い光が、ゆっくりと脈打っていた。
その瞬間、巨大な邪神体が咆哮した。
大地が大きく揺れる。
黒い雲が空を覆い尽くしていく。
新たな眷属が、一斉に姿を現した。
俺はイヤホンへ触れた。
もう、迷っている時間はなかった。
「……俺が、やる」




