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121話 防災対策へ帰宅

 ショッピングモールを出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


 オレンジ色の光が、街をゆっくりと照らしている。


「もう、こんな時間なんですね」


 俺――橙真の隣を歩く咲が、空を見上げた。


「結構遊んだな」

「はい」


 咲は嬉しそうに笑った。


「楽しかったです」

「俺も」


 そう答えてから、俺は少しだけ前を見る。


 防災対策課へ戻る道。


 今日一日、俺はほとんど戦いのことを考えなかった。


 カマエルのことも。

 扉のことも。

 あの炎のことも。


 ただ、咲と話して、笑って、店を見て回った。


 それだけだった。


「橙真先輩」

「ん?」

「今日……無理してませんでしたか?」


 咲の声が、少しだけ心配そうになる。


「大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん」


 俺は笑った。


「今日は、ちゃんと楽しかったから」

「……よかった」


 咲も笑う。


 少しだけ歩いたところで、咲が前を向いたまま口を開いた。


「また、みんなで来たいですね」

「みんなで?」

「はい」


 咲は頷いた。


「蒼太先輩と碧羽先輩も一緒に」


 その言葉に、俺は以前のことを思い出す。


 四人でこの街を歩いたこと。


 蒼太がすぐに「お腹すいた」と言って、碧羽が呆れていたこと。


 咲が楽しそうに笑っていたこと。


「……そうだな」


 俺は頷いた。


「また四人で来ような」

「約束ですよ」

「ああ、もちろん」


 そんな話をしているうちに、防災対策課の建物が見えてきた。


「着きましたね」

「うん」


 入口を抜け、建物の中へ入る。


 外の喧騒が嘘のように静かだった。


 見慣れた廊下。

 見慣れた照明。


 何度も歩いた場所なのに、今日は少しだけ違って見える。


 久しぶりに戻ってきた。


 そんな気がした。


 エレベーターで上の階へ向かい、扉が開く。


「お、帰ってきたか」


 廊下の先から声が聞こえた。


「蒼太」

「おかえり、二人とも」


 その隣では、碧羽も笑っている。


「ただいま」


 俺が答えると、蒼太は俺と咲を交互に見た。


「で?」

「……何?」

「どうだった?」

「どうって……」

「楽しかったか?」


 蒼太がニヤニヤしながら聞いてくる。


 咲の顔が一気に赤くなった。


「た、楽しかったですけど……!」

「おお」

「蒼太先輩、何を期待してるんですか!」

「いやいや、俺は普通に聞いただけだぞ?」

「絶対違いますよね!」


 咲が抗議する。


 俺は思わず笑った。


「はは……」

「ほら、橙真も笑ってるじゃん」

「蒼太が変なこと言うからだろ」

「変なことって何だよ」

「蒼太、橙真をからかわないの」


 碧羽が呆れたように言った。


「はいはい」


 蒼太は肩をすくめる。


「まあ、二人とも無事に帰ってきてよかったよ」

「うん」


 その言葉に、俺は小さく頷いた。


 碧羽も穏やかな表情を浮かべている。


「今日はどうだった?」

「楽しかったよ」

「そう」


 碧羽は嬉しそうに笑った。


「なら、よかった」

「そういえば、二人は何してたんだ?」


 俺が尋ねると、蒼太は嫌そうな顔をした。


「一日特訓」

「……大変だった?」

「めちゃくちゃ大変だった」

「蒼太、自分からやるって言ったんでしょ」

「そうだけどさ!」


 碧羽が笑う。


「蒼太、途中から文句ばっかりだったよ」

「碧羽だって疲れてただろ!」

「私は文句を言ってないから」

「そこじゃないだろ!」


 いつものやり取り。


 俺はそれを聞きながら、また笑った。


 こういう時間が、今の俺には妙に心地よかった。


「じゃあ、橙真はもう休む?」


 碧羽が尋ねる。


「うん。そうしよっかな」

「そうしたほうがいいよ」


 四人で廊下を歩き始める。


 向かう先は、俺の病室だった。


 蒼太と碧羽、それに咲が並んで歩いている。


 その光景を見ていると、少しだけ不思議な気分になる。


 少し前まで、俺はこの病室からほとんど出られなかった。


 身体を動かすだけでも疲れていた。


 鏡を見るたびに、変わってしまった自分の姿が目に入った。


 それなのに今日は、一日中歩き回って遊んだ。


 思っていたより、今の自分は普通に動けるようになっているらしい。


「橙真」

「ん?」

「疲れてないか?」


 蒼太が聞いてくる。


「少しは疲れたけど、大丈夫だよ」

「ならいいけどさ」


 蒼太は前を向いたまま言った。


「無理だけはすんなよ」

「分かってる」

「それならいいけど」


 短い会話だった。


 でも、その言葉が嬉しかった。


 やがて病室の前に着く。


 俺は足を止めた。


 三人も自然に立ち止まる。


 廊下の照明が、静かに俺たちを照らしていた。


「じゃあ、俺はここで」

「……はい」


 咲が頷く。


 けれど、すぐには動かなかった。


「今日は……ありがとうございました」

「俺も楽しかったよ」


 咲は少し照れたように笑った。


「私もです」


 ほんの少しの沈黙。


 さっきまで一緒に歩いていたのに、ここで別れると思うと、急に今日という一日が終わってしまうような気がした。


「また行きましょうね」

「ああ」

「今度は四人で」

「うん。約束する」


 咲は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ……また明日です、橙真先輩」

「また明日」


 咲が一歩下がる。


 それでも、もう一度こちらを見る。


 俺も手を軽く上げた。


「おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 咲が笑った。


 その笑顔が、なんとなく今日の夕焼けと重なって見えた。


「じゃあ、明日な」


 蒼太が手を上げる。


「今日はゆっくり休んでね、橙真」


 碧羽も優しく笑った。


「うん。二人ともありがとう」


 三人が歩き出す。


 俺はその場に残り、遠ざかっていく背中を見送った。


 蒼太が何か話している。

 それに碧羽が答えている。

 少し後ろを歩く咲も、楽しそうに笑っている。


 その声が、少しずつ遠ざかっていく。


 俺はしばらく、その場から動けなかった。


 不思議だった。


 たった一日、一緒に出かけただけなのに。


 もう少し、この時間が続けばいいと思ってしまう。


 やがて三人の姿が角の向こうへ消える。


 静かになった廊下を見つめて、俺は小さく息を吐いた。


「……また、みんなで行こう」


 誰に言うでもなく、呟く。


 そして、病室の扉を開けた。


 静かな部屋。


 今日まで何度も見てきた場所だ。


 ベッドに腰を下ろす。


 窓の外には、まだ夕焼けが残っていた。


 今日一日のことを思い返す。


 ショッピングモール。

 食事。

 ゲーム。


 くだらない会話。


 そして、最後に三人がかけてくれた言葉。


「……楽しかったな」


 自然と、口元が緩んだ。


 戦いのことを考えれば、不安は消えない。


 これから先、何が待っているのかも分からない。


 それでも――今は、この時間がある。


 四人で笑える時間がある。


 それだけで、十分だと思えた。


 俺はゆっくりとベッドに横になる。


 目を閉じる。


 今日のことを思い出しながら、静かに息を吐いた。


 こんな普通の日が、ずっと続けばいい。


 そんなことを思いながら、俺はゆっくりと眠りについた。 

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