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120話 ふたりの休日

 街の中をしばらく歩いたところで、俺――橙真の隣を歩いていた咲が立ち止まった。


「橙真先輩」

「ん?」

「着きました」


 咲が指差した先に、大きなショッピングモールが見えていた。


「あ……」


 俺は思わず足を止める。


 見覚えのある建物だった。


「ここって……たしか」

「覚えてますか?」

「もちろん」


 ここには以前、蒼太と碧羽、それに咲と四人で来たことがある。


 あの日も、こうして街の中を歩いて、このショッピングモールに入った。


 みんなでフードコートで昼食を食べて、服屋に行って、ゲームセンターではレースゲームに夢中になった。


 そして、風宮さんや月影さんと初めて会った場所でもある。


「懐かしいな」

「ですよね」


 咲が嬉しそうに笑う。


「今日は、ここに来たかったんです」

「どうして?」

「前にみんなで来たとき、すごく楽しかったからです」


 咲は少しだけ視線を逸らした。


「だから……今度は、橙真先輩と二人で来てみたかったんです」

「……そっか」


 なんだか、少しだけ照れくさい。


 それでも、嫌な気持ちはしなかった。


 むしろ、胸の奥がほんの少し温かくなる。


 俺たちはそのままショッピングモールの中へ入った。


 休日ということもあって、館内には多くの人がいる。


 子どもを連れた家族。

 友達同士で歩く学生。

 買い物袋を持った人たち。


 笑い声や話し声が、あちこちから聞こえてくる。


 その光景を見ていると、不思議な気持ちになった。


 最近まで、俺の周りには戦いしかなかった。


 怪物が現れて、倒したら災害が発生して、ガブリエルたち天使と会って、太古の記憶から見た神たち。

 そして、あの神社で見た扉。


 そんなものとは関係のない場所に、今は立っている。


「橙真先輩?」

「え?」

「どうかしました?」

「いや……」


 俺は周囲を見渡した。


「こういう平和な場所、なんだか久しぶりだなって」


 咲は少しだけ笑った。


「じゃあ、今日は何も考えずに、いっぱい楽しみましょう」

「いっぱい?」

「はい」


 そう言って、咲は俺の袖を軽く引いた。


「まずは、あっちです」

「ちょっと待って」

「早く! 行きましょう」


 俺は苦笑しながら、その後をついていった。


 最初に入ったのは、服や雑貨を扱っている店だった。


 咲は棚に並んだ商品を一つずつ手に取っていく。


「これ、可愛い……」

「そう?」

「はい」

「俺にはよく分からないけど」

「もう、橙真先輩はそういうところですよ」

「どういうところだよ」


 咲が笑う。


 その笑顔を見ていると、俺まで自然と笑っていた。


 しばらく店を見て回ったあと、俺たちは昼食を取ることにした。


「何食べます?」

「咲が決めていいよ」

「本当ですか?」

「うん」

「じゃあ……ここ!」


 咲が選んだのは、以前四人で食べたフードコートだった。


 咲はいろいろなお店を眺めながら、楽しそうに悩んでいる。


「前は何食べたっけ?」

「橙真先輩はたしか、ハンバーガーでしたよね」

「あれ、そうだったっけ?」

「蒼太先輩は大盛りの肉丼でしたよ」

「あいつらしいな」

「碧羽先輩はパスタでした」

「それも、碧羽らしい」


 二人で笑った。


 たったそれだけのことなのに、胸の奥が少し軽くなる。


 食事を終えると、咲は次の場所へ向かう。


「次はゲームセンターです!」

「まだ行くの?」

「今日は遊ぶ日ですから」

「そうだったのか……」


 ゲームセンターの中には、大きな音楽とゲームの音が響いていた。


 咲は迷うことなくクレーンゲームの前へ向かう。


「これ、欲しいです」

「取れるの?」

「たぶん……」

「たぶんなんだ」

「橙真先輩もやってください」

「俺?」

「はい」


 結局、二人で挑戦することになった。


 一回、二回、三回……。


 けれど、なかなか景品は動かない。


「……これ、なかなか取れないな」

「もう一回です!」

「まだやるの?」

「ここまで来たら負けられません」


 咲の真剣な顔がおかしくて、俺は思わず吹き出した。


「何で笑うんですか!」

「いや、ごめん」

「もう!」


 咲は頬を膨らませる。


 けれど、すぐに俺も笑ってしまった。


 本当に、久しぶりだった。


 こんなふうに、何も考えずに笑ったのは。


 戦いのことも。

 扉のことも。

 カマエルのことも。


 今だけは、考えなくていい。


 ただ、普通に遊んでいる。


 それだけだった。


 ゲームセンターを出るころには、外の光が少しだけ赤くなっていた。


「もう夕方ですね」

「本当だ」


 窓の外を見る。


 夕焼けに染まった街並みが、ゆっくりと夜へ向かっている。


 咲が隣に立つ。


「……今日は、楽しかったです」

「俺も」

「本当ですか?」

「うん」


 俺は少しだけ笑った。


「来てよかったよ」


 咲は嬉しそうに笑った。


「よかったです……」


 その声は、とても小さかった。


 けれど、ちゃんと聞こえた。


 俺たちはしばらく夕焼けを眺めていた。


 こんな時間が、ずっと続けばいい。


 そんなことを思った。


 けれど――今日はまだ、帰らなければならない。


「そろそろ戻ろうか」

「はい!」


 咲が頷く。


 俺たちはショッピングモールを後にした。


 夕暮れの街を並んで歩きながら、俺はふと思う。


 以前ここに来たときは、四人だった。


 今日は二人。


 同じ場所なのに、少しだけ違って見える。


 以前はみんなで騒いで、ただ楽しい一日を過ごした。


 でも今日は、隣にいる咲の存在が妙に近く感じる。

 それが悪いことではない気がした。


 今はただ、この時間を大切にしたかった。

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