11話 並び立つ時
黒い巨大な影が、傾きかけた太陽を遮るように空を横切っていった。
ドォォォン!!
数秒後、住宅街の少し離れた奥から、地響きとともに腹に響く凄まじい爆音が轟いた。
周囲の家々の窓ガラスがガタガタと激しく震える。風に乗って、遠くから人々の悲鳴とパニックの叫び声が聞こえてきた。
蒼太が顔をしかめて、跳び去った方角を睨みつける。
「今度はあっちに落ちたのかよ! 落ち着く暇もねぇな!」
俺は素早く周囲を見渡した。
道路の崩落と暴風で、このあたりも大混乱に陥っている。逃げ遅れている人たちの姿が目に入った。
泣き叫ぶ小さな子ども。恐怖で腰が抜けて動けずにいる大人。道路脇で痛む足を押さえているおばあさん。
俺は表情を引き締め、すぐさまみんなに指示を出した。
「碧羽、あっちへ向かった怪物を頼めるか! 一般人に被害が出ないように引きつけてくれ!」
碧羽は静かに、けれど強い意志を込めて頷いた。
「分かった!あっちは任せて」
「蒼太と咲は、俺と一緒に周りの避難誘導を頼む!」
「了解!」
「はい!」
4人は同時に、それぞれの役割へと走り出した。
***
私は風を纏うと、そのまま軽やかに空を跳び、怪物のもとへと駆け出した。
住宅街の道路の真ん中に不気味に立つ怪物。激しく吹き荒れる暴風と大きく揺れる街路樹。
やはり普通の人々には、あの巨大な怪物の姿そのものは見えていないようだった。見えているのは突然起きた突風と、激しい地響きだけだ。
怪物が重々しく顔を上げる。その赤目が上空の碧羽を捉えた。
私は空中から静かに怪物を見下ろし、風の弓を引き絞る。
「お願い……そのまま私だけを見てて……!」
空中で弓を構える碧羽の周りに、猛烈な勢いで大量の風が集まり始めていく。落ち葉が舞い上がり、周りの空気がピリピリと痺れるように震えた。
***
一方、蒼太と咲、そして俺は逃げ遅れた人たちを安全な場所へ誘導していた。
「慌てなくていいからな! こっちに走ってこい!」
蒼太が大声で呼びかけながら走り回る。
崩れかけた道路の端。足元の亀裂が今にも崩れ落ちようとしていた。蒼太は周囲に人がいないことを確認 すると、そっと地面へ向けて水滴を飛ばして指を鳴らした。
パチン!
指先から弾かれた水滴が冷気を纏い、崩れかけていた足場を一気に凍らせて固定する。
「今のうちだ、早く!」
固まった氷の足場を渡り、人々が急いで避難していく。咲も小さな子どもの手をやさしく引いていた。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから、早くお母さんのところへ行こうね」
「……うん」
子どもが泣きながら頷くと、咲はその頭を優しく撫でた。
「碧羽先輩……大丈夫かな……」
道路脇ではおばあさんが座り込んだまま動けずにいた。俺はすぐさま駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「あ、少し足を挫いてしまったみたいで……」
俺はしゃがみ込み、おばあさんの痛む足首にそっと手を触れた。掌からぬくもりのある小さな光が溢れ出す。
「もう大丈夫ですよ」
「あれ……さっきまでの痛みが……?」
「ゆっくりでいいので、あっちの安全な方へ逃げてください!」
「わかりました。助けていだだきありがとうございました」
おばあさんは一礼をして安全な方へ避難していった。
その後姿を見送った、その時だった。
ドンッ!!
怪物が再び高く空へ跳び上がった。
空中から見下ろしていた碧羽は逃がすまいと、構えていた弓から風の力を解き放ち、両手を大きく広げた。
ゴォォォォ――!!
放たれた矢から猛烈な風の渦が巻き起こり、空中に巨大な球体が出現する。怪物の巨体がその中へすっぽりと包み込まれた。
風の檻が空中で暴れる怪物を捕らえる。だが、碧羽の両腕が激しい負荷で震えていた。
「っ……橙真、この状態は長く持たないかも!」
「わかった!」
俺は素早く周囲を見渡す。視線の先に、広い工事現場が映った。重機が並び、人は一人もいない。
「碧羽! あの工事現場までその風の球体を動かせるか!」
「やってみる……!」
風の球体が空中を移動し始めた。蒼太と咲が見上げる中、碧羽は全身の力を込めて両手を振り下ろした。
ドォォォン!!
空中で風が弾け、怪物が工事現場の広場へ叩きつけられた。猛烈な土煙が舞い上がる。
碧羽が風に乗って静かに舞い降りた。
俺、蒼太、咲も工事現場へ走り込む。
傾きかけた初夏の日差しの中、黒い怪物がゆっくりと立ち上がった。
俺たち4人は、静かに横一列に並んだ。
風が吹き抜ける。誰も言葉を発しようとはしなかった。
そして――俺が一歩前へ出た。




