46話 靴 二
息子の部屋に行く途中で、妻は、着替えとタオルを用意して風呂に入ることを勧め、食事も用意するから食べなさいと話したが、青年は断った。
「すみません、ものすごく身体が重くて、しんどくて……、風呂に入る気になりません。食事も喉を通らないと思います。ともかく、すぐに横になりたいのです」
確かに顔色が青く、血の気のない顔をしている。無理して風呂に入らない方が良いのだろう。
「では、身体を拭いて、服を着替えて寝てください」
客人は、押し入れから布団を出して寝る用意をし、濡れた服を入れる籠も用意した。
「着替えとタオルはここに置いておくので、遠慮なく使ってください」
そう言って部屋から出て行った。
その夜、何か重苦しい感覚が身体から離れず、なかなか寝付けなかった。
隣で寝ている妻も、なんだか息苦しいと言って、何度も寝返りを打っていた。
朝になり、朝食を作った妻は、青年を起こしに行った。
「あなた、昨日の男の人、部屋にいないんです。いったいどこに行ったのかしら?」
妻は、首を傾げながらつぶやいた。
妻が青年を起こしに部屋まで行ったら、布団はもぬけの殻で、着替えは、妻がたたんだ状態のまま畳の上に置かれていた。
「それから、あの人、結局、着替えないで、そのまま寝てしまったみたいなんです。布団は濡れてるし、私が用意した着替えに手を付けてなかったんですよ」
「トイレにでも入ってるんじゃないか?」
客人は家の中を探したが、青年の姿を見つけることはできなかった。
年老いた両親は早くに起きていて、居間で茶を飲んでいたから、あの青年を見なかったか聞いてみた。
「いや、わしらは早くからここにいるが、誰も外には出ておらんよ。この家の中にいるんじゃないかい?」
父親の言葉に続いて、母親の言葉が聞こえてきた。
「家の中にいるわよ。靴が玄関にあるもの」
言われて玄関を見に行ったら、濡れた靴が、昨日のまま置かれていた。
「じゃあ、いったいどこに行ったんだ?」
首を傾げていたら、青年団の若者が玄関に飛び込んできた。
「大変だよ。ため池に車が沈んでるんだ。きっと夜の間に池に落ちたんだ!」
「ああ、それなら、運転していた人が、昨夜からこの家に泊まっていますよ」
この集落にある田畑のために、大きなため池が作られているのだが、ここ数日続いた大雨で、ため池から溢れそうになるほど増水していた。
だから、落ちた車の全部が沈んでしまったのだろう。
「警察にも電話したし、もうすぐレッカー車が来て引き上げることになっている。その人に言っといてくれ。」
青年団の若者は、それだけ言うと、玄関から出て行った。
「俺も早く報せたいんだが、いったいどこに行ったのやら……」




