36話 洋館 五
麗奈は背中を壁に預けたまま、ピクリとも動かなくなった。
魂を身体から飛ばしたのだろう。
「このお嬢さんは、魂を飛ばせるのじゃな。わしらはお嬢さんを見守らねばならん。部屋に入るぞ」
じいちゃんがドアを開けた。
元は金髪の女性の部屋だったのだろう。
女性用の部屋らしく、きれいな装飾が施されたベッドとドレッサーが置かれている。
しかし、この部屋には、禍々しい霊気が充満していた。
じいちゃんは、じっとベッドを見ている。
「じいちゃん、何か見えるのか?」
「ああ、低級霊たちが、女の霊の腕や足を掴んで離そうとしない。お嬢さんが、女の霊と対面して話を聞いているようじゃ。それにしても、大したお嬢さんじゃの」
じいちゃん、そんな悠長なことでいいのか?
俺は麗奈のことが心配になった。
「おや、話しが終わったようじゃ」
じいちゃんの言葉通りに、麗奈が魂を身体に戻して、部屋の中に入って来た。
「あの女性から話を聞きました。お父さんはアメリカ人でお母さんは日本人のハーフだそうです。もともと都会に住んでいたけど、病気になってしまったので、療養のために、この洋館を建てて家族で引っ越してきたそうです。残念ながら病気は治らず、長い療養生活の末に死んでしまったと話してくれました。だけど、何故か亡くなる前から霊に憑かれてしまって、亡くなった後も離れてくれず、この家から出れなくなったそうです。霊から解放して欲しいって言ってました」
「そうか……、病気で弱った心に低級霊が憑け入ったのだろう。女の霊は救いを求めていたのじゃな」
じいちゃんから温和な表情は消え、鋭い視線を俺に向けた。
「卓弥、わしが低級霊たちを引きはがすから、お前は不動明王慈救呪で悪霊払いを、わしは光明真言で、女の霊の成仏を促そう。いざ!」
「ノウマク サマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン……」
俺とじいちゃんは除霊の呪文を唱えた。
じいちゃんから発せられる呪文が部屋の中に渦を作り、低級霊の邪気めがけて攻撃を開始した。
久しぶりにじいちゃんの除霊術を見たが、やっぱりすごい。
俺とは桁が違う。
俺はじいちゃんに負けないように、必死になって呪文を唱えた。
じいちゃんの呪文が変わった。成功すれば、女の霊は成仏できるはず……。
さっきまでの禍々しい霊気は消え、部屋の中に澄み切った気が流れた。
除霊は成功したのだ。
「あの女の人……、嬉しそうに微笑んで消えてきました」
麗奈が、じっと宙を見つめたまま言った。
「そうか……、ずっと縛られたままで苦しかったのだろうな」
じいちゃんも、麗奈と同じ宙を見ている。
一階に戻ると、春子の調子が元に戻ったようで、真っ青な顔色が平常に戻っていた。
「ここの低級霊たちは、散歩に来た人間に憑いて悪さをしていたのだろう。それにしても、前回入った時に、二階に上がっておったら、もっと早く女の霊を解放してやれたかもしれんかった。可哀そうなことをしてしまったわい。さあ、帰ろう」
帰り道、俺は、もっともっと修業をして、じいちゃんみたいになりたいと思った。




