31話 庭 二
私は魂になって、ふわふわと庭へ飛んで行った。
おばあさんは柿の木の前に立って、じっと見つめている。
私はおばさんに声を掛けた。
「おばあさん、さっきから柿の木をじっと見てますが、どうしてですか?」
おばあさんは、はっとして振り返り、驚いた顔を私に向けた。
「あら、あなたは?」
「通りすがりの者ですが、おばあさんが深刻な顔をしてこの木を見ていたから、ちょっと心配になって、声を掛けました」
「あら、心配してくれたのね。ありがとう。
実はね……、娘がね、お父さんまで熱中症になったらダメだからって、花も木も全部抜いて、庭にコンクリートを流して固めるって言うのよ。
私が熱中症で死んじゃったもんだから、娘の言うこともわかるけど……、せめてこの柿の木だけでも残しておいて欲しいなって思ってね」
「この木に、思い入れがあるのですね」
「ふふっ、そうなのよ。あの子が五歳の時にね、この柿、美味しいからって、自分で種をまいたら芽が出たの。いつか柿の実を食べられたらいいね、なんて言って育てたのよね。
ちょうど娘が高校入学の年に初めて実がなって……、渋柿にならないかって心配したけど、嬉しいことに甘柿でね。
結婚の年には豊作で、ご近所にもお配りしたのよ。
孫の誕生祝にも、この実を贈ったわ。
なんだかこの木が、娘の成長をずっと見守ってくれていたような気がしてね。
お父さんに言おうとしても、なかなか伝わらなくて……」
「おばあさんのその思い、ご主人と娘さんに伝えましょうか?」
「あら、本当に? でも、娘が言うこと聞くかしら……」
「まあ、それは、話してみないとわかりませんが……」
「それもそうね。でも、話してくれたら、未練なく逝けそうだわ。お嬢さん、ありがとう」
私は魂を身体に戻して、卓弥におばあさんから聞いた話を伝えた。
その後、卓弥の父親がこの庭を訪れて、霊視の演技をしてから、ご主人と娘さんに、おばあさんの思いを伝えた。
娘さんは涙を流しながらその話を聞いていたそうだ。
結局、柿の木は残すことにして、他は雑草が生えないようにコンクリートで固めた。
それからは、ご主人が妻の霊を見ることはなくなったそうである。




