29話 映画館 三
彼女の言葉を聞いて、私は小さなため息をついた。
やっと彼女の視線の意味がわかった。
彼女はどうやら、彼の席に私が座っているのを気にして、恨めしそうに私を見ていたのだ。
この席を買ったのは私なんだから、彼の席ではないんだけど……。
「あの、失礼ですが、あなたは自分が死んでいることをご存じですか?」
「……知ってるわよ。そんなこと……」
なんだかちょっと、拗ねているように聞こえた。
だけど、私もこの席を守るために、言うべきことを言わねば……
「だったら、ここで彼に会うのは難しいのではないですか?」
「私は死んでから、彼に会いに行こうとしたのよ。だけど、海外なんて遠すぎて、行けなかった……。だから、約束したここで待ってるの。半年前にちゃんと約束したのよ。この映画を、この席で見ようって……」
なんだか彼女が可愛そうになってきて、私は折れることにした。
「じゃあ、この席はお譲りします」
私は魂を身体に戻し、春子の反対側の隣の席に移動した。
「ごめん春子。席、変わるわ」
春子は視界を遮られて一瞬驚いたようであったが、すぐに映画に集中していた。
私が今まで座っていた席は、空席になった。
これで彼女も落ち着いて彼を待てるだろうと思っていたら……
スーツ姿の若い男性がやって来て、その席に座った。
その男性からも、暗い光を感じた。
彼女は涙を流して彼をじっと見つめている。
彼は隣に座る彼女を抱きしめた。
そして……、キスをした……。
熱い抱擁とキスが繰り返されて、私はこれ以上見ていられなくて、映画に集中しようとしたけど、まったく頭に入ってこなかった。
映画が終わり、館内が明るくなったが、彼女と彼の姿は、もうそこにはなかった。
「すっごい感動的な映画だったね。私、最後のシーン、泣けたわ。長い間会えなかった二人が再会して抱き合うシーン、すっごく素敵なラブシーンだった。麗奈は?」
春子が涙目でポップコーンを食べながら、感想を求めてくる。
「う、うん……、感動的過ぎて、見ていられなくなったわ……」
「へー、そうなんだ。麗奈、次はランチだよ。これも楽しみだったんだよね」
「うん、そうだね」
あの二人は、約束通りにランチに行ったのだろうか?
それとも、やっと会えた幸せを感じながら成仏したのだろうか……。
そんなことを考えながら、私は春子と一緒にレストラン街へと足を向けた。




