表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/200

144話「有益な金」


 バレ、た。


 誰から、いつ。


 いや、沈黙はいけない。確証を与えてしまう。


 どこから漏れた? それも王女に。どこまで広まっている?


 濁流の如く溢れ出す思考を押し留め、呆気に取られたような表情を作る。それから少し困ったような笑みを貼り付けて、ようやく言葉を発した。


「殿下……わたしは聖女です。男性であるなどと」

「いいえ、貴方は殿方よ。知っているもの。貴方、顔立ちが女性らしいからと、プールの授業のときに水着を下ろされそうになったでしょう。怒った貴方は相手をプールに蹴り落として、それから自分も落ちた挙句に溺れそうになったものだから、大騒ぎだったわね」

「…………」


 だが、返ってくるのはあくまで事実で構成された隙のない根拠のみ。


 頭から血の気が引いたら、どれだけ顔色が変化するのだろう。背中に噴き出す汗は、臭いを発してはいないだろうか。


 先ほどから何を言われているのか、まるで理解ができない。彼女の言うことは、どれもこれも本当だ。だが何故。記憶を覗かれたのだとしても、人間がそれを成す手段が思い当たらなかった。


 沈黙は悪手だと知りながら、次の手が浮かばずに黙りこくっていると、殿下の後ろに控える執事が、そっと殿下に耳打ちした。


「お嬢様、聖女様がお困りでいらっしゃいます」

「そうね。マジックはマジックと言われてからでないと面白くないもの。この辺りで種明かしをするわ」


 種明かしより先に、このことをどこまで知られているのかを聞きたいのだが──という俺の思いには知らんふりをして、王女殿下は粛々とお言葉を述べた。


「植村克己のことは知っているかしら」


 瞬間、心臓が一際大きく跳ねる。

 植村克己、それは俺が八歳のとき、交通事故で亡くなった友達の名前。


 幼い頃に経験した友達の死を、自分の中で持て余し続け、アンネさんからもらった「悪友」という箱に収めることで、気持ちの整理をつけた記憶はまだ新しい。


 その克己の名が、なぜここで、それも王女殿下の口から出てくるのか。


 何もかも分からないことだらけ。異世界に来てそれなりに経つと思っていたが、まさかここにきてこれだけ新鮮に驚くことができるとは。


 一周回って冷静にさえなりつつ、ようやく尋ねる。


「……殿下は、どこまでご存知なのですか」

「数分前の貴方が思っている以上には知っているけれど、今の貴方が思っているほどは知らなくてよ。他人の過ごした八年分の記憶があるだけ」


 他人の、八年。

 遠回しに告げられたその言葉を、漢字二文字に押し込めるより先に、王女殿下はそれより少し柔らかい言葉で言い換えてみせた。


「生まれ変わりと言うのでしょう、こういうの」


 いわゆる、異世界転生というものらしい。

 もう二度と、会うことはないと思っていた。どれだけ願っても、願わなくとも、決して再会が叶うことはないのだと。


 そう思っていた友達が、全く違う姿と立場で、目の前に。


 目の前の幼い王女を前に、ついそんなことを考えた瞬間、彼女の声が一段低くなる。


「言っておくけれど、植村克己はとっくに死んでいるわ。記憶と人格がまるで別物だということはお分かりかしら」


 容赦なく突きつけられたその事実は、この八年で理解して、区切りをつけたはずのもの。


 だというのに、向けられたそれはあまりに鋭利で、かつてあった虚しさが幻肢痛の如く蘇る。


「あたくしはルイーサ。この国の王女にして王位継承者。埃を被った死人の代替品に成り下がるつもりはなくってよ」


 毅然としたその物言いには、それなりに腹が立ちもしたが、表に出すことはしなかった。


 相手が幼いのもある。立場的にそうできないのもその通りだ。


 だが何より、それはどうしようもなく正論だった。


 生まれ変わる前の、つまり前世の記憶が蘇ったなら、これまであった人生は前世に上書きされてしまうのだろうか。


 違う。感傷に流されて、今ある人格を邪魔者扱いするなど、決して許されないことだ。


 短い時間で、整理をつける。一瞬流されそうになってしまったが、解決すべき問題はまだ山積みなのだから。


「……承知しております。わたしの性別や異世界のことをご存知だったのは、その記憶をお持ちだったからなのですね」

「そうよ。ようやく分かったのね」


 種明かしを簡潔にまとめると、王女殿下は少し呆れたように言ってみせた。


 王族というものは尊大でいらっしゃる。正論だから何を言ってもいいと思えるのは、幼い子どもの特権だ。


 とはいえ、ここでそれを口にして機嫌を損ねるわけにはいかない。性別を知られている以上、俺は彼女に生殺与奪の権を握られたも同然なのだから。


 冷静に、落ち着いて。自分にそう言い聞かせてから、口を開いた。


「殿下、いくつかお尋ねしても?」

「構わないのよ」

「わたしの性別について、どなたかに話されましたか?」

「話していないわ。後ろのこれはつい先ほど知ったでしょうけど」


 アンネさんが淹れたての紅茶をテーブルへ置き、王女殿下の執事に倣い、主である俺の後ろへ。


 王族とはいえ、執事を「これ」呼ばわりする態度には、少し不快感を覚えてしまう。貴族令嬢であるアリーもやらないような言い方だ。彼女だからやらないのかもしれないが。


 脇道にそれ出す思考を正し、続けて問う。


「わたしの性別については、以前からご存知だったのですか?」

「ええ。貴方が来る前から知っていたわ」

「その上で、これまで誰にも明かさずにいてくださった」

「そうよ」

「では何故、今になってわたしに接触を?」


 そう尋ねると、王女殿下は感情の読めない顔で少し黙る。そうして一度ゆったりと瞬きをしたのち、鋭く問い返してきた。


「貴方、あたくしが貴方の秘密をネタに脅しをかけようとしていると思っているのね」


 こちらも黙る。その通りだった。


 状況はこちらが不利。想定していた聖女でないとはいえ、国としては迂闊に俺を死なせるわけにはいかないだろう。先代聖女を「非処女である」という下らない理由で暗殺せしめた過激派とやらが、男である俺を野放しにしておくはずがないのだから、軽々しく吹聴して回るとは思えなかった。


 今でさえ、大陸国家間の距離感は危うい。利害と力関係の釣り合いが取れている状況ならまだしも、ネロトリアから聖女が消えれば、途端にバランスは崩れるだろう。


 だが、そのことを目の前の王女が理解するだろうか。聖女召喚にかかるコストを知らず、また異世界から呼べばいいとでも思っていたとしたら、その限りではないかもしれない。


 沈黙で肯定を示す俺を、王女殿下はどこか楽しそうに眺め、可愛らしく小首を傾げながら、こんなことを言い出した。


「それなら、何かほしいものを言ってみようかしら。貴方の秘密をばらさずいる代価として」


 彼女の目的は未だに読めない。こちらが思うような動きをしてみせて、本来の目的を誤魔化そうとしているようにも見える。


 八歳相手に勘繰りすぎだろうか。しかし、相手は王族、俺たちとはまるで違う生き方をしてきた人だ。一体何を考えているのか──と、相手の腹を探ろうとした瞬間。


「貴方の後ろにいるそれはどう?」


 思わぬ問いかけに、思考が止まった。何の話だったか、秘密を守るための代価の話をしていたように思う。そこで何故、アンネさんが指名されているのか、理解が追いつかなかった。


 なるほど、王族は俺たちとまるで違う生き方をしてきた人。当然、考え方も常人とは異なるようだ。


「それなどという呼び方はおやめください。彼は物品ではありません。わたしの所有物でも」

「ああ、それなら許可はいらないのね」

「……は?」


 思わず、王女相手に出すべきでない声が出た。

 王女殿下はさして気にした様子もなく、にこやかに説明を加えてくださる。


「あたくしがそう望めば、明日からそれは聖騎士ではなく、あたくしの近衛騎士にできるということよ」

「……ご冗談を」


 それだけ言うのが精一杯だった。笑顔を貼り付けられたかすらも怪しいものの、王女殿下が変わらずに話し続けているところを見るに、明らかに気分を害していると分かる顔はしていなかったらしい。


「別に構わないでしょう? どうしてもというなら、こちらの騎士を一人そちらに差し上げてもよくてよ」

「そうした問題ではありません。民を駒のように扱うことが、王女殿下のなさることなのですか」

「駒のように扱っているのではないわ。実際に駒なのよ」


 あまりの発言に言葉を失う俺をよそに、王女殿下は何を当たり前のことに驚いているのか、とでも言いたげな表情で話を続けた。


「貴方やあたくしがお人形なら、民は駒でしかないわ。あたくしは綺麗なお人形、貴方は便利なお人形。そうでしょう?」

「この……」


 つい食ってかかりそうになるのを、すんでのところで堪える。


 冷静にならなければ。相手は王族である以前に八歳の子ども。ここで声を荒げてしまっては、影属性の精霊を怒鳴りつけたときから何も進歩がない。


 どうにか怒りを抑え込む俺を見せ物のように眺めながら、王女は上から目線なお言葉をかけてくださる。


「礼儀は弁えているのね。偉いわ。おもちゃを取られて癇癪を起こすなんて、お子様のすることだものね」


 冷静に。冷静に。

 気付かれないように深呼吸をし、感情を上手く外へ逃す。こちらは立派な大人なのだ。そのくらいどうということはない。


「それとも何かしら、よっぽどそれのことが気に入っているの? お人形がお人形遊びなんて、滑稽ね」





 異世界に来て、分かったことがある。


 どうやらアンネさんが絡むときの俺は、沸点が三十度ほど下がるらしい。


 冷静に結論を出し──思いの限りを、ありのままぶちまけた。



「──うるせぇこのジュゲム姫!」


 一線を超えてしまえば、あとはもう臨戦体制のまま走るだけである。


 こちらの指摘など風のように受け流し、あいも変わらず「それ」「それ」「それ」。


 どいつもこいつも、彼のことを人形だの駒だのと笑わせる。魔法学校でヴァール先生から突きつけられた言葉に対する怒りも、俺の中ではいまだに現役なのだ。


 さすがにこのような言葉をぶつけられることは初めてだったのか、王女殿下は呆気に取られたように口を開閉させている。


「う、うるさ……ジュゲム姫!?」

「礼央様、さすがに言葉が過ぎま……」

「ご先祖様の名前に恥じない行いしてからその長ったらしい名前名乗れって意味だよバーカ!」


 オブラートを剥ぎ捨ててそう捲し立てると、次第に怒りが追いついてきたらしい王女も反撃してくる。


 彼女の後ろの執事は微動だにせず沈黙。遅れて反応したアンネさんからは、さすがに狼狽えたような声が飛んできているものの、こうなってしまえばもう止まらない。


 売り言葉に買い言葉、前世分を足してようやく十六歳同士の、あまりにも見苦しい口喧嘩が幕を開けた。


「ひ……人のことをよくもそう悪し様に言えたものね! 聖女の風上にも置けない偽物風情が生意気なのよ!」

「その偽物呼び出したのそっちだからな! 自分たちで始末つけられないからって外注した癖に文句だけは一丁前か!」

「召喚魔法は対象を厳密に選べないものなのよ! お前のような不良品が来ると分かっていたら、陛下に計画の中止を進言したわ!」

「不良っ……」


 俺の「ジュゲム姫」に匹敵する暴言に、思わず言葉を失った隙を見て、アンネさんが宥めに入ってくる。


「礼央様、どうか怒りをお鎮めに。殿下もきっと本意ではないはずです」

「……フィリップさんは俺の味方じゃないんですか」


 王女ではなく俺を宥めてくるアンネさんに、つい拗ねたような態度を取ってしまった。


 他の人がこの現場を見たとして、大抵の人は王女の肩を持つだろう。王族である以前に、自分の半分しか生きていない──前世分を除けば──幼い相手にここまでムキになっている時点で、俺にも非があることは確かなのだ。


 それでも、彼には俺の味方をしていてほしかった。立場上そうできないと分かっているというのに。


 現に、今も少し困ったような顔で何も言えずにいるあたり、やはり聖騎士とはいえ王族には逆らえないのだろう。


 その様子を見た王女は、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「聖騎士は国王陛下に忠誠を誓うものなのよ。あたくしの味方をするのは当然だわ」

「はぁ? それ何の説明にもなってねぇからな! パパからのおこぼれでドヤ顔すんな!」

「礼央様、どうか冷静に」

「おこぼれですって!? これはあたくしが持つ責任に伴う権力なのよ! これ以上無礼を働いたら不敬罪で締め出してやるわ!」

「やれるもんならやってみろ! あんたのわがままに便利な戦力放り出させるだけの力があるか見ものだな!」

「礼央様」


 地底から響くようなその一言で、辺りは水を打ったように静まり返った。


 異世界に来て、分かったことがある。


 どうやらヒートアップした俺の頭には、アンネさんの怒った声が最も効果的らしい。


 血の上った頭が急速に冷えていくのを感じながら、──王女ではなく、アンネさんからの──沙汰を待っていると、アンネさんは王女へ向けて静かに語りかけた。


「殿下も、それ以上はお互いが傷つくばかりです。この辺りでおやめになっては」

「……結局、お前はどちらの味方なのよ」


 王女に問われると、アンネさんは沈黙のみを返す。

 俺が言えたことではないが、仮にも王族を相手にしてのこの態度には、少しひやりとさせられる。


「国王陛下を差し置いて、この偽物に忠誠を誓うつもり? そんなことは許されないと知っているはずよ」

「だから、それはあんたに関係……」


 王女の立場で国王陛下の権力を振りかざすような発言に、つい食ってかかろうとすると、アンネさんにそっと手で制されてしまった。


 そうして、彼はようやく王女からの問いに答えを出す。


「殿下は私の忠誠心の在処について、絶対的な正解を理解なさっているはずです。であればここでそれを改めて口にするより、両者の誤解を解くことが先決かと」


 否定も肯定もせずに上手くかわしてみせたアンネさんは、王女の面前ということもあってか、いつになく穏やかな説教をした。


「礼央様、王女殿下とは国王陛下の下位的存在ではなく、まして陛下からの『おこぼれ』を権力とする立場でもありません。在位年数は短いながらも、歴史を刻んだ名に恥じない生き方をされてきた方です。それを一口に否定してしまうのは、些か乱暴かと。不敬か否かという以前に、人に投げかける言葉として、この上なく無礼なものであったとご理解ください」


 アンネさんの言い分は、隅から隅まで真っ当なもので、何も言えなくなってしまった。


 アンネさんを物扱いされたことに腹を立ててはいたものの、人と違う生活を強いられる王女への尊敬があるのは事実なのだ。


 王女の性格が思っていたより性悪だったとしても、彼女のこれまでが覆るわけではない。感情に任せて、言うべきでない言葉を投げかけたのは、俺も同じなのだった。


 続けて、アンネさんは王女の方へと体を向け、恭しく、しかしはっきりと意見を述べる。


「殿下、恐れながら申し上げます。確かに礼央様は定義されるまでもなく存在する聖女の条件からは外れておりますが、その能力が歴とした聖女のものであることは、これまでの彼の功績が示すところです。能力以外の面でも、彼は聖女という立場に恥じない存在であろうと、この世界で努力を重ねて参りました。どうか、『偽物』や『不良品』というお言葉は謹んでいただきたく、ご理解を賜りますよう」


 アンネさんが言い終えると、王女は気に食わない様子でアンネさんを睨みつけ、嫌味っぽく言葉を返す。


「……よく躾けているのね。こういう人間を何と言うのだったかしら?」

「太鼓持ちとでも言いてぇのか」

「礼央様……」


 ため息をつくようにして名前を呼ばれ、仕方なく続く言葉を封印する。アンネさんが太鼓持ちなら、この王女は日々オーケストラを連れ歩いているようなものだろう。


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、王女はようやく席を立った。不本意だが、礼儀としてこちらも腰を上げる。


「少しからかっただけなのよ。今日はお忍びの日だから、お前たちの不敬についても特別に目を瞑ってあげるわ」

「『お前たち』って……」

「あら、何か間違っていて?」


 アンネさんまで一括りにするような発言に反応すると、王女は何を当たり前のことをというように首を傾げ、それからアンネさんへと目をやった。


「それはもういらないわ。引き取ってと頼まれても、こちらから願い下げね」


 言われなくてもやるものか。そう言い返そうとした矢先、王女は何やら妙な言葉を言い残す。


「──王族に殺気を向ける暴れ馬なんて、あたくしの手にも余るもの」


 王族に、殺気を? アンネさんが?

 信じられない思いから言い返せずにいるうちに、王女はさっさと部屋を出ていってしまった。


 後ろに続く執事は、部屋を後にする前に一度こちらに向き直り、忠告とも取れる言葉を残していく。


「恐れ入りますが、お嬢様がこちらにいらしたことは、どうかご内密に。お互いのためにも、必要なことかと存じますので」


 様々なことをバラされたくなければ、黙っていろという意味だろう。


 結局のところ、王女が何を目的として俺との接触を図ったのかは分からずじまい。執事もそれを明らかにするつもりはないようで、俺たちからの反論がないと見るや、恭しく礼をしてから静かに出ていった。


 唐突かつ迷惑な来客が姿を消すなり、床に落ちた捨て台詞を拾い上げる。


「苦し紛れで変なこと言ってましたね。アンネさんがそんなことするわけないのに」


 しかし、アンネさんからの返答はない。奇妙に思い彼を見やると、そこにはいつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。


「……ええ。私のように人相の悪い者は、殿下のお近くにはいなかったようで」

「アンネさんの人相が悪かったら、この世の半分くらいの人は悪人顔ですよ」


 美人が怒ると怖いとは思うが、人相が悪いとまでは思ったことがない。


 アンネさんにたびたび怒られている俺ですらそうなのだ。一般的に見ても、アンネさんは人相が悪い部類には入らないだろう。


 むしろ、実働部隊所属の聖騎士の中では、いっそ異質なほどに善人顔だと思う。


 机に置かれたカップは、二つとも手をつけられていない状態のまま、すっかり湯気も消え去ってしまっている。出さないわけにもいかなかったとはいえ、もったいないことをしてしまった。


「結局、何しに来たんだか。せっかくお茶淹れてくれたのに、一口も飲んでませんし。いろいろ警戒するところも多いんでしょうけど」

「淹れ直してお茶の時間にいたしましょう。茶菓子が切れておりましたので、取ってまいります。お待ちください」

「すみません。ありがとうございます」


 飲まなかった紅茶を手早く片付け、アンネさんは茶菓子を取りに部屋の外へ。


 どうやら、改めてのお説教は回避できたらしい。いつありがたいお話が幕を開けるかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、ひとまずほっと胸を撫で下ろし、椅子に腰を下ろした。


 茶菓子はクッキーか、それとも焼き菓子か、などと思案していると、再び扉がノックされた。アンネさんにしては早すぎる来訪である。


「どうぞ」


 念のため居住まいを正してから答えると、見慣れた黒髪と桃色の目、それからメイド服姿の女性が飛び出してきた。


「失礼いたします。聖女様、お時間がありましたら、お茶などいかがでしょう! 珍しい紅茶をいただいたのですが、それが本当に美味しくて! あ、毒味は私たちが数日前に済ませておきましたので、ご安心くださいね!」


 茶葉を手にしたハナさんは、弾けるような笑顔でティータイムのお誘いをしてくれる。


 願ってもない申し出だったが、今はその誘いに乗るより先に、全身の力が抜けてしまった。冠婚葬祭の直後に、友達から遊びの誘いを受けたような感覚である。


「どうかなさいましたか?」

「いえ……ハナさんの素直さが眩しくて」


 王女との落差に、思わず苦笑いを浮かべながら言うと、ハナさんはにこやかな笑みと共にこう答えてくれた。


「……聖女様には敵いませんよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ