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厳白虎討伐戦~緒戦~

 戦は日が丁度頂点に達した頃、完全に防御を固める敵への孫軍による突撃によって開始された。

 

 戦場となっているのは建業から北に凡そ10キロ程の場所にある比較的緩やかな丘陵地。その丘陵地の中の木々の生い茂る小高い丘。厳白虎はその森の中に陣を布いて、森の外縁を守る様に凡そ五千の兵士を展開させていた。それに対する孫堅率いる討伐軍が、森の正面に布陣したのが今から3時間ほど前。

 そして戦闘が始まってから一時間が経ち、厳白虎側の防柵は最初の突撃で既に一枚が破れ、今は二枚目の防柵を挟んでの激しい攻防戦が繰り広げられている。

 そんな中、俺は何処に居るのかと言えば……。


「後詰の一部を前に出す! 集まれ!!」

「右翼の黄蓋将軍の隊へ矢の補充だ! 急げ!!」

「怪我人が通るぞ! 邪魔だ、道を開けろ!!」


 戦場となっている平地から離れた、孫軍の本陣。その本陣のすぐ北にある丘に俺と元徐憂隊の面々は留め置かれていた。そこには、俺たち以外に後詰として残された黄蓋さんの部下たちが居り、建前上は彼らの後詰である彼らの付属部隊というのが俺達の位置づけだ。

 つまりは、予備の更に予備。これでは翠嵐の救出どころか本当に戦闘に参加させる気が有るのかどうかも怪しくなってしまう。戦が始まる前、黄蓋さんからこの配置を聞いた時、勿論は抗議した。が……。


「出来たばかりの部隊を、いきなり前線に出せる訳が無かろう! 時が来たら合図がある、其れまで此処で待っておれ!」


 黄蓋さんにそう言われ、戦闘が始まってから今まで待機していたのだが。一向に来ない合図に流石に痺れを切らし、一応は上官にあたる後詰部隊の部隊長の下へ状況確認に来たのだが。


「あの……」

「ん? ああ、貴様等か。殿からの命令はまだ来てはおらん。大人しく待機していろとさっきも言っただろう?」


 部隊長は、さも面倒くさそうな表情を隠そうともせず、気怠そうな声でそう言い放つ。


「これ以上何を待てと? 戦況はこちらが有利と言っても未だ膠着したままです。戦況を動かすには、今、俺たちが動くべきなのではないですか?」

「……」


 部隊長の返事は無く、その表情に変化も無くただ戦場をじっと見つめている。それでも俺は発言を続ける。別に翠嵐救出の為だけに闇雲に提案をしている訳では無い、ちゃんとした理由がある。

現在の戦況は孫軍の一方的とまでは行かないにしろ、おおむね孫軍側有利と言っていい。とは言え、両軍の兵力差が2倍近いこの戦、数に物を言わせた攻撃で防衛線を瓦解させることは出来た筈だ。だが現状は防柵を一枚破った時点で両軍の動きは、第二の防柵を境にほぼ停滞している。

 勿論、孫堅さん率いる孫軍側が手を抜いている訳ではない。現に総大将である孫堅さんは緒戦の突撃から一貫して最前線で剣を振り続け、突破の機会を狙っている。


「うるぁ!! 退きやがれぇ!!」

「ちょっと、礼亜!! 炎蓮様が前に出過ぎよ! あんた近衛でしょ?! 止めなさいって!!」

「くっ、そんな事は分かっている!! 炎蓮様、今は一旦お下がりください!!」

「礼亜、粋怜! ああなったら、もう駄目じゃ!! 左右は儂と粋怜が固めておる! 礼亜は兎に角、炎蓮様から離されるで無いぞ!!」


……まぁ若干、突出し過ぎな気もするけれど。

では何故、緒戦の勢いを孫軍は維持できなかったのか? その理由は厳白虎が陣取る森の中にある。

 森の入り口に防衛線を展開している厳白虎の手勢はおよそ五千、だが先の建業制圧では厳白虎陣営には少なく見積もっても一万近い兵が居り、その殆どがほぼ無傷で脱出している。であるのなら、最低でも四千近い兵士が未だ前線に出ずに森の中、又は何処かにに潜んでいる可能性があるのだ。

 その伏兵に対処するために、左右両翼に常に将軍を張り付けておかねば成らず。結果として防御を固める敵への勢いを維持する事が、できなかったのだ。

だが、依然としてその別部隊が動く気配は無い。事前に放った斥候もその別動隊を見つける事は出来ていないらしい。とは言え可能性を排除できない以上は対処せざるを得ない。 

だから今、後詰を出すことで敵を陽動し別部隊を炙り出すことが出来れば、左右の部隊のどちらかでも本隊への増援に回すことが出来る筈だ。そうすれば、突破への余力も生まれる。


「仮にもし、伏兵が炙り出せなかったとしても、そのまま本隊に合流し防衛線突破に加われば良い。本隊の横に厚みを作る事が出来ます。それに突撃の速度もここからなら十分に稼げる筈です」

「……確かに、貴様の意見は最もだ」

「っ、なら!」


 それまで、戦場を見つめながら黙って話を聞いていた部隊長が初めて俺を見て同意ともとれる言葉を吐く。

 


「だがな、それを決めるのは私でも、ましてや貴様でも無い! 分を弁えろ、小僧!!」

「……!」

「確かに、貴様の言う通り伏兵をおびき出すことが出来るやもしれぬ。だがそんな事を我らの主である孫堅様が予測せぬと思うか? そもそも孫堅様の周りを囲むのは我らが殿に加え程徳謀将軍、朱君理将軍。孫呉軍の誇る宿将の御三方なのだぞ!?」

「それは……」

「もし不服があるというならば、直接殿の下へ行くが良い。だがな、忘れるなよ? 貴様が命じられたのは、別名あるまでここで待機する事。それに背くというのなら私は上官として貴様を捉え処罰することもできるのだぞ?」


 この部隊長の言っている事は間違っていない。

その通り、軍に必要なのは一に規律、二に規律。そう言って差し支えない程に規律ルールが重んじられる。仮に現代ならそれを破れば、下は始末書、上になれば酷い時は軍法会議を経て懲役、最悪死罪になる可能性すらある。それほど規律、ルールが重要なのだ。

 それを破れば、重罰。最悪その場で死罪。そうともなれば嫌でも兵士はそれを守る。この規律や法律といった概念が、まだ一般に広く浸透していない時代なら尚更、そういった厳しい規律が必要なのだろう。


(俺自身、今ここでそうなる訳にはいかない……)

「……すいません。思慮不足でした」

「……分かったのなら、早く持ち場に戻れ」


―――――――。


「……まだ待機、ですか」

「はい、そうです。すいません」


帰ってきた俺を待っていたのは、報告を聞き落胆を隠そうともせず口々に不満を零す兵士達の姿だった。


「……くそっ、まだ動けないのか!」

「このままでは、戦が終わってしまうぞ……隊長のご息女も……」

「俺達、一体何の為にここまで来たってんだよ!」

「っ! お前たち、静かにしないか」


 符副長が部下に注意するが、一度噴出し始めたものはそう簡単には収まらない。勢いこそ小さくなったが、それでも一部の兵士は小声で不満を口にしている。

それもそうだろう。 俺も彼らもここに来た目的は一つ、翠嵐を無事に助け出す事なのだ。このまま命令も無くこの場所に張り付けの状態が続けば、救い出すことはおろか、敵と戦う事すら出来ない。

 

「……なぁ、俺達だけでやっちまおうぜ。混乱に乗じれば助けられる筈さ!」

「馬鹿言うなよ! 俺達はたった五十人しかいないんだぞ? 無理に決まってる……。それに――」

「……貴様等! いい加減そのうるさい口を閉じろ! 命令は聞こえただろう!」

(……そんな事をすれば、今度は俺達が追われる側になってしまう、か)


だからと言って命令を無視し勝手な行動をすればどうなるか……。先ほどの部隊長が言った通り、命令違反で捕まり処罰される。縦しんば、捕捉の網を掻い潜り独力で翠嵐を助け出したとしても、その後は俺も翠嵐も、ここに居る全員が孫呉軍に敵として追われる身となってしまう。それでは何の解決にもならない。

謁見の間で孫堅さんが俺に言った徐盛の命は俺の働き次第という言葉。勿論ブラフである事も考えた、だがあの時の孫堅さんの言いぶりは、あれは単なる脅しでは無い。本気であると思わせるだけの迫力があった。

 全てを丸く収める唯一の方法は、孫呉軍の命令の下で最大限の働きをしつつ厳白虎の陣のどこかに捕らえられている翠嵐を“俺たち”の手で助け出す事だけ。


(と言っても、その孫呉軍から命令が無ければ戦う事すら出来ない……。どうすればいいんだ)

「島津殿」

「……どうしました?」


 現状打破の良策が見つからず、頭を抱える俺の下に部下の掌握を終えたのか符副長が俺の前に来ていた。その顔は先ほどまでの不安や落胆というより、少し疲れている様な感じだ。


「どうしたではありません、島津殿。今はまだ良いですが、このままの状況が長く続けば部下の中から離反する者が出てくるかもしれませんぞ」

「……俺にどうしろと? 命令を無視して俺達だけで翠嵐を助け出せなんて言わないでくださいよ。そんな事をしたらどうなるか、貴方が一番よく分かっているんじゃ無いですか?」

「……」

「あ……」

(しまった……)


 俺の言葉を聞いた途端、副長の顔が曇る。それまで部下を纏め上げようと必死に動き、疲れた様子を見せながらも精悍さを保っていたその顔は悲しげな物へ変わっていた。

 仮にも、彼らは俺を信じてここまで付いて来てくれた。俺はそんな彼らの期待を裏切る様な言葉を、その信頼の先頭に立っている符副長に浴びせてしまったのだ。


「符副長、俺は……」

「私は少し……―――し過ぎていたのかもしれませんな」

「副長? ……「おい! 戦場を見ろ!! 右翼の程普将軍が押されている!!」


 何とか、謝らねばと副長に声を掛けた時、近くで戦場を見張っていた兵士が叫ぶ。その時、副長が何事か言っていたようだが兵士の声に阻まれ、うまく聞き取れなかった。

 戦場を見れば、先ほどの兵士の言う通り右翼の程普将軍の隊が敵の攻撃に押され、今では孫堅さんがいる中央の主力の右後方に押し込まれている。


「本当だ。押されているぞ……」

「どう言う訳だ? 先ほどまでこちらが優勢だったじゃないか?!」

(伏兵を出して来たんだ!)


 右翼と主力の間に入り込んできている敵を見てみれば、膠着が続いていた時に比べ明らかに敵の数が増えている。ここから見ただけでも、増えた敵の数は凡そ三千。森の中に隠れていた伏兵がついに出て来たのだ。

 右翼の程普隊の総数は後詰を除いた四千弱。今までは敵左翼二千を相手に戦況を有利に進めていたのが、ここに来て戦力差が逆転。それにより後方へ押し込まれたのだ。

 

(あまりいい状況とは言えない。だけど……!)


 孫呉軍にとって、この状況は決して良くは無い。右翼が押し込まれたことで主力は右脇腹を敵に晒してしまっている。このままでは側面と正面の敵に挟み込まれてしまうかもしれない。だが、逆にこの状況は俺にとっては好都合でもある。

 兵力差で右翼が押され居るのなら、単純にこちらも数を増やしてやればいい。現在孫呉軍の後詰は敵の伏兵と同数の三千。この後詰が援軍に加われば右翼は再び敵を押し返し、その勢いに乗って全軍で防衛線突破を図ることも可能になる。

 後詰を出すならば今しかない。


『これより、後詰をすべて前に出す!!』

(来た!!)


 果たして俺の予想は当たり、後詰の出陣が部隊長から命じられた。下命された瞬間、部隊は慌ただしく動き始める。


「っ、……島津殿、後詰の将が来ます」

「!」



 そんな中、部隊長が馬に跨り近づいて来た。部隊長は俺の目の前に来たところで馬の歩みを止め、馬上から俺を見下ろす。


「……後詰が出るんですね?」

「うむ、我らは今から右翼の援軍として出陣する」

「! なら、俺達も準備を……」

「……貴様らは未だ待機だ」

「……は?」


 長かった待機が終わり漸く出陣出来ると勇み足の俺に対して、部隊長の口から出たのは全くもって想像にもしていなかった言葉だった。

 

「いや、待機って……ちょっと待ってくださいよ! この後詰に出陣の命令が下されたんでしょう? 俺達もその一部の筈では?!」

「確かに孫堅様は、我々後詰部隊の右翼への投入を命じられた。そして同時に、貴様等に改めて待機を命じられたのだ」

「な?!」

「命令は以上だ。……後詰隊! 右翼へ急ぐ、前進!!」


 言葉を失う俺を他所に、部隊長は後詰兵三千を引き連れ丘を降りて行った。残されたのは、俺と百人にも満たない元徐憂隊の面々。皆一様に表情は暗かった。絶え間なく聞こえる戦場の音が無ければきっと、歯軋りや嗚咽の音がこの場に響いていた事だろう。


「……くそっ!」

「島津殿、少し宜しいですか?」

「符剛さん?」


 兵と同じように肩を落としうなだれている俺を、符副長が部隊から少し離れた場所へ呼んだ。兵たちに声が届かないギリギリの場所で符副長は口を開いた。

 

「島津殿一つお聞きしたい。貴方は此処からどうされる御積りですか?」

「どうって……、此処から動けないんじゃあ、どうもこうも無いでしょう」


 先ほどの事があったにも関わず、自分の中に溜まったイライラを抑えることが出来ず、符副長の質問を投げやりに返してしまった。答えを来た符副長は少しの間、無言で俺をじっと見つめた後再び口を開く。


「……では、質問を変えましょう。貴方は何の為にここに来られたのですか?」

「それは……翠嵐を助ける為」

「そうです。翠嵐さんを助け出す為ここまで来た。我々を引き連れて」

「……」


 俺に構わず、符副長は話し続ける。


「貴方が部隊を指揮した経験が無いのは承知しています。ですが仮にも貴方は私たちを率いる隊長なのです」

「少なくとも私は、あの時の貴方の言葉を信じてここまで来ました。ですが、困難を前に兵と同じように肩を落とす指揮官の下で死にたくはない」

「虚勢でも良い、胸を張ってください島津殿。今は貴方が、隊長なのです」

(何やってんだよ、俺は……)


 符副長の表情は硬い。彼自身、戦に出れない悔しさを、徐憂さんの部下としてここに来れなかった悔しさを一番に胸に抱えている。それでも、彼は副長としての責務を必死に果たそうと努力している。

 なのに俺はどうだ? “俺”が戦功立てて、“俺”が翠嵐を助け出す。“俺”が“、”俺“が……、自分の事ばかり。部隊全体の事など殆ど見れていなかった。指揮官として失格も良い所だろう。


「……符剛さん」

「島津殿、こんな事を言っておいて何ですが。この状況、私が思うに……」

「島津隊長! 符副長! 大変です!!」

「?! どうした!」

「わ、我が軍が押されています!」

「? そんな事は分かっている。だから先ほど後詰の部隊が向かったのだぞ?」


その時、突然部下の一人が大急ぎで此方に駆け寄って来た。その兵士はここまで全速力で走ってきたのだろう、息も絶え絶えにそう言った。

 その至って普通のその内容に、副長があきれた様子で答える。だが、其の後に兵士が返した言葉は明らかに普通ではなかった。


「右翼ではありません! 今度は左翼の黄蓋将軍が押されています!!」


―――――――。


「くうぅ! 敵はそう多くはないぞ! 押し反せ! 押し反すのじゃ!!」

「将軍! 敵は一体何処から?!」

「儂にも分からぬ! じゃが、今は目の前の敵を押しかえすことだけ考えい!!」

「ははっ!」


―――――――。


 丘の縁から見える戦場は様子が一変していた。

 未だ後詰が到着していないのか右翼が押し込まれているのは相変わらずだ、変わったのは黄蓋さんが率いる左翼側。突如として現れた敵によって、左翼部隊も右翼と同様に本隊から引き離されてしまったのだ。



「どうなってる、敵はどこから来たんだ?」

「……、っ! 島津殿、あそこを見てください!」

「? あれは溝? いや、川か?」


 副長が指さした場所にあったのは深さが凡そ人の身長ぐらいの溝、というより川。正確には枯れた川があった。


(そうか! 敵はあそこに潜んでいたんだ!!)


その枯れ川には川の底の肥沃な土の養分によって、川の深さの倍はあろうかという草が生い茂っている。人が隠れるには打って付けだ。

孫呉軍の左翼陣は元々その小川を避ける様に布陣しており。襲撃の直前まで右翼の空いた穴を埋める為、弓兵をその小川に沿う形で展開させ右側の敵を攻撃していた。そこに突然現れた敵。弓兵主体の部隊は一溜りも無かっただろう。

 

「新たに敵が川から出てきて、空いた本隊の左側に次々と流れ込んできています! このままでは!」

「ああ……。本隊が包囲される……!」


 敵の数はさほど多くは無い、だが元々黄蓋さんの部隊の主力は弓兵。近接戦では分が悪い。それに加え敵の突然の襲撃による心理的な効果もあるのか、一旦押し込まれた分の距離を押し返せずにいる。 

 これにより空いた左翼と本隊の間に再び小川の草の中から敵が這い出て、右翼の敵と合わせ完全に本隊を包囲しようとしている。

 その時だった。


「急報! 急報!!」


 戦場から一騎の騎馬兵が此方に向かって駆けてきたのだ。見れば騎馬の後ろに赤い旗。伝令の兵だろうか。

 その騎兵は、俺達の目の前で止まり、必死の形相で辺りを見回した後口を開いた。


「ここは後詰部隊の集結場で間違いないか?! 三千の兵が居ると聞いていたが?!」

「なに?」


 騎兵の言葉に俺と副長は顔を見合わせる。


「いや、その後詰ならば先ほど右翼の援軍として出陣したばかりだ」

「なにぃ?! そんな馬鹿な! 孫堅様がここに後詰が居るから、命令を伝えてこいと命じられたのだぞ?!」

(孫堅さんが?)


 騎兵は、予想外の状況に如何すれば良いか分からないのか、その場で困り果ててしまった様子だ。だが、騎兵の言う通り命令が孫堅さんからの物であるならば、俺の予想が正しければ、それは恐らく俺たちに向けられた物だ。ならば……。


「……孫堅様の命令間違いか? いや、そんな筈は……」

「なぁ、あんた。孫堅さんの命令はどんなのだ?」

「なに? この命令は後詰にと言われてきたのだ。貴様には……」

「俺達がその後詰だ! いいから聞かせてくれ!」

「……分かった」


 俺の剣幕に押され、騎兵は渋々といった感じで命令を伝える事を了承した。


「事態の急変に伴い、この命令を聞いた後詰部隊を特殊遊撃部隊とする。直ちに出陣せよ。だ」

「!!」

「特殊、遊撃部隊……」

(そういう、事か)


 孫堅さんからの命令を聞いた瞬間、今まで点でしかなかったものが一つの線に繋がった様に、ここまで自分らが置かれていた状況に合点がいった。そして、此処から何をすべきかも。


「ははっ……」

「島津殿?」

(そういう事なら、やってやるよ!)


 いろいろ思うところはまだある、だが今はそれを気にしては居られない。俺は意を決し再び騎馬の兵を見て口を開く。


「騎馬の人!」

「ん? なんだ?!」

「その命令、俺達が受領した!」


―――――――。


「では、私は建業に戦況報告に行く! 死ぬなよ、小僧!」

「ああ、ありがとう! そちらも気を付けて!!」


 俺たちに本隊が置かれている詳細な状況を伝えた後、騎兵は建業へ向かっていった。

 

「……島津殿、本気で我々だけで包囲を破るおつもりですか? 我々は百も居りません、これでは仮に突破できたとしても本隊まで辿り着いた時、どれだけ残るか……」

「少なくとも俺は本気ですよ。それにこの機会を逃せば今度こそ俺達は出陣の機会を失います」

「それは分かっていますが……」


 副長の疑念はもっともだ。小川から這い出た敵の数は凡そ千と五百、これを高々50人の部隊で突破しようというのだから。

正面突破はほぼ絶望的、仮に出来たとしてもその間に多くの兵士が死ぬだろう。生き残った兵士だけでは本隊に真面な援護も出来ない。


「……符さん、聞いてください。考えがあります」

「考え、ですか?」

「ええ、取って置きのがね」


 だが、俺には一つだけ策があった。それならば今この状況下でこの人数でも敵を突破する事が出来る筈。統率に優れたこの部隊なら。


「符さん、紐を持ってますか?」


―――――――。

 

 見渡せば、先ほどまで左右にたなびいていた黄と程の旗は遠く離れた場所に在り。代わりに醜悪な笑みを浮かべ此方ににじり寄る厳白虎の兵士たち。


「炎蓮様、完全に包囲されました。如何しますか?」

「残りは如何ほどだ?」

「ここに残っているは千と少しです」  

「他は?」

「本隊の残りは散り散りになってはおりますが、まだ全滅はしていないかと。左翼、右翼は何とかこちらに来ようとしている様ですが、見たところどうも芳しくありませんな」

「くくっ、そうか」


 朱治の言う通り、左側に突如現れた敵に本隊は左翼の援護を失い。更にそこに右の伏兵が加わったことで完全に包囲されてしまっている。

 敵の数は本隊の凡そ四倍。だが、孫堅、朱治両名に焦りの色は見られない。


「なぁ、礼亜。一つ賭けをしねぇか?」

「賭けですと? 今ですか?」

「ああ、今だ。面白れぇだろう?」

「おい! 何を話していやがる! 孫堅、お前は包囲されてんだぞ!! 降伏か死ぬか選べと言っているんだ!!」


 そんな、二人の様子に回りを囲む厳白虎兵たちの怒りを買ったのか、怒号が飛ぶが孫堅は素知らぬ顔で朱治との話を続ける。


「俺はここに来る前に矢を一つ放っておいた。その矢がちゃんと的に届くか届かねぇかって賭けだ」

「……成程、それは面白そうだ。して、その的というのは?」

「そりゃ、秘密だ。いいからとっとと何方か言え」

「まったく、それでは考えようが無いではないですか。……では私は外れる方に賭けるとしましょう。今の今まで矢などこちらに飛んできては居りませんからな」

「そうか? 分らんぞ、回りまわって今まさに飛んできてるかもしれんぞ?」

「おい! 貴様ら!! 聞こえねぇのか?! ……もういい、皆殺しに……あ?」

「くくっ」

 

 そんな二人の様子にいい加減我慢が出来なくなったのか、敵指揮官が刀を振り上げ攻撃を指示しようとしたその時、包囲の外側から微かに聞こえた。何か金属が擦れ合う様なその音に孫堅の口角が僅かに上がる。


「おい、なんだこの音は?」

「いや、後ろから聞こえてくる見たいなんですが……」

「後ろだぁ?」


 その音は微かにだが、徐々に大きくなり包囲する厳白虎兵の後ろ、小川の中から聞こえて来ている。


「炎蓮様、これは」

「なぁ、礼亜」


 音はさらに大きく、そして小川に沿って逆に厳白虎の兵を囲むように音が広がっていく。


「ここから、聞こえてくる。……なんだこれ?」

「! おい馬鹿、触るな!!」

「え? がっ!?」

「今だ!」


 枯れ川に一番近い兵士がその音の正体を知ろうと背の高い草に手を掛けた瞬間、兵士がその場に倒れる。それを合図にその草の中から兵士が飛び出してして来た。

 

「賭けは、俺の勝ちだ」


 そんな孫堅の言葉と同時に、豊明が率いる元徐憂兵たちの攻撃が始まる。


「遊撃隊! 突撃にぃ! 前へ!!」

「「「「おおおお!!!」」」」




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