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厳白虎討伐戦~奇襲~



「突撃にぃ! 前へ!」

「「「「おおおお!!!」」」」


 俺の合図で、茂みの中でひと塊となっていた部隊が一斉に正面の敵に向かって斬りかかる。


「ぎゃあ!」

「な、なんだ?! こいつら……ぐぁ!」


枯れ川を挟んで兵を孫呉軍の左翼と本隊に正対する様に配置していた厳白虎の伏兵たち。彼らは伏兵を警戒する孫呉軍を逆手に取り、右翼での陽動でこちらの後詰を動かし、その上で奇襲により完全に孫呉軍本隊を孤立させた。

そんな彼らにしてみれば自らに対して背後からの襲撃が来るなんて事は完全に予想外。数の少ない俺たちの攻撃でも襲撃を受けた個所の守りは容易く崩れた。


「くそぉ! どっから来やがったんだ?!」

「ああ、くそっ枯れ川だ! 俺達が隠れてた枯れ川を上って来たんだ!」

(やっぱり、戦の前から隠れてたんだな……)


 敵兵の言う通り、俺達はあの枯れ川の草の中を進みここまで来た。

敵の様に千を超える程の部隊を動かそうと思えば、それを誰にも気取らせぬようにするのは不可能に近い。現に敵はこの枯れ川に戦が始まるから此処に隠れていたらしい。

それに比べ、俺達は数が少ない。簡単に、とは言えないにしろ、少なくとも何千もの兵を隠すよりは難しいことではない。加えて彼ら、元徐憂隊の面々は良く統率が取れている。直前に教えたのにも関わらず、幾つかのハンドサインによる俺の指示にも、的確に従ってくれた。そんな彼だったからこそ、ここまで鈴の音一つ鳴らさぬ行軍が出来た。

だが、そんな幸運と言っても良いこの状況も長くは続かない。

 

「ん? おい、こいつら思ったより少ないぞ!!」

「……おお、本当だ! よし、囲め! 囲んで殺せ!!」

(! 来た!)


 奇襲による衝撃から立ち直った敵兵が、正対する此方が少数である事に気づいたのだ。

気づいた敵兵たちの動きは早く、俺達はあっという間に包囲されてしまった。

 

「よーし、このまま押しつぶしちまえ!」

「逃げ場はねぇぞ! 諦めて死にやがれ!!」

(……いい具合に集まってきたな)


 敵に囲まれ、じりじりと元来た道を押し戻される徐憂隊。だが、俺を含んだ皆の顔に諦めの色は無かった。何故なら、ここで諦める気なんて事は俺にも、彼らにも無いから。


「……島津殿、そろそろ」

「ああ……、今だ!!」


 俺の合図で、部隊の最後尾に居た兵士が手に持った縄を思いっきり引く。それと同時に金属が激しくぶつかり合う音が背後の枯れ川かの其処彼処から響き、それを聞いた敵兵に動揺が走る。


「な?! なんだ、この音は!!」

「……ま、まさか未だ居るのか、あの中に、敵が?!」

(よし、良いぞ! 掛かった!)


 その音の正体は、奇襲の前俺達が気づかれぬように設置した仕掛けから発せられた物だった。。

戦場の其処彼処に落ちている死体から甲冑や兜といった光物、それを他の刀や剣と一緒にこれまた死体から盗った槍に括り付け枯れ川の中に突き刺す。そしてそれらを長い紐で繋ぎここまで持ってくる。縄を引けばそれに繋がる甲冑と剣がぶつかり合い音が鳴るという具合だ。

敵はそれを新たな伏兵と誤認し、それまで囲みの内側、俺達に向いていた注意が、今度は外側に向く結果となった。


(けどそれも、一瞬だ。また、直ぐに気づかれる……、でもそれでいい! 一瞬でいい!)


 元々最初の奇襲攻撃だけで、ここを突破できるとは考えなかった。確かに、元徐憂隊は集団としての力は有る。それでも数の暴力に正面からぶつかるにはこちらの数は少なすぎた。

 だからこその、奇襲。だが、仮に奇襲に成功したとしても、抵抗なく倒せるのは恐らく最初の二列まで、そこから先は奇襲の勢いも消えた、単純な力対力。そうなれば、数の少ない俺達はすぐに潰される。

 そこで敢えて、最初の勢いを止め敵にこちらを囲ませた。そうすることで敵は半円状に広がりこちらを包囲する。そして敵が完全にこちらを半包囲した瞬間仕掛けを動かす。

 すると、それまで半円状に広がっていた敵は、枯れ川を警戒する様に外側に広がる。こちらと敵との距離は近くなるが、その分先ほどまでより本陣までの敵の数は減る。

 だが、それも気づかれれば御終いだ。この一瞬をの逃し、音が偽物だと気づかれれば近づいた敵に今度こそ押しつぶされる。


「島津殿!!」

「良し……、敵の注意は外に向いている!! この隙を逃すな! 突破します!」

「「「おおおっ!!」」」


 二段構えの、突破作戦。この後はもう何も無い。あとは敵の全軍が此方に向く前に兎に角前に、中央の本隊にたどり着くだけ。


「隊列を崩すな!! 離れず、複数で敵に当たれ! 確実に削っていくんだ!! っ!? はっ!!」

「ぐぁぅ!!」

「副長! よぉし、あと少しだ。ここを抜くぞ!!」

「「おう!」」


 副長を先頭に、部隊はどんどん進んでいく。敵と一対一の状況を作らず、複数人で確実に敵を潰し前へ進む。


(良いぞ、符さんも皆もよく連携が取れてる。このままなら……)

「うわっ!」

「っ!? 雁!!」


 その時、最後尾近くに居た味方の兵士が敵の死体に躓き、その場で転んでしまった。


「くそっ、副長!!」

「駄目だ、止まるな!! 雁! 立て! 走るんだ!!」


 部下の一人が助けようと、符副長に許可を仰ぐが副長はそれを許さない。ここで部隊の動きを緩めれば、今度こそ敵に包囲され壊滅だ。

 副長は倒れた兵士の名を叫ぶが、既にその兵士には敵の白刃が迫っていた。


「いっつ……、あっ」


 漸く起き上がった兵士が迫る白刃に気づくが、時すでに遅し。

直ぐ目前まで迫っている白刃を前に、兵士は抵抗する事を諦め、目を瞑った。


(ああ、御免。父さん、母さん……)

―――!

「え?」

「……ふぅ」

 だが、その白刃が部下に届くことは無かった。俺の刀が間に合ったからだ。


「くっ、こいつ!!」

「っ! はぁ!」

「がっ! ぐ、うぅ」


 敵兵の刃を払い、それが戻ってくるよりも前に敵兵を袈裟懸けに斬る。斬られた敵兵はこちらを睨むのと痛みに歪むのとが混ざった表情をこちらに向けるがすぐに意識を失いその場に倒れこむ。

 

「はぁ、はぁ……」

「あ、あの……、隊長」

「っ、立って!! 急ぎますよ!」

「は、はい!!」


 一瞬、ほんの一瞬だけ切り伏せた敵兵から目が離せなくなったが、すぐに周りの状況を思い出し未だ座り込む部下を立たせ、先を行く符副長たちの下へ急ぐ。


「雁! くっそ、お前死んだと思ったぞ?!」

「す、すいませぇん~」

「島津殿!」

「符さん! 何処まで来ましたか?!」

「半分は超えました! あと少しです!」


 副長の言葉通り、部隊は既に呉軍本隊と俺達の間に布陣する敵の列を半分程超え、残る敵の列はあと5つと言った所だ。

 

(後ろ敵は……未だ枯れ川に張り付いてる……、部隊の勢いも生きてる、此れなら!)

「行きましょう! ここを超えれば本隊だ!!」

「「「「おう!!!」」」」


部隊は、勢いはそのままに確実に、確実に敵の列を突破していく。


「はぁ!!」

「ぐわっ!」

「また一列超えた! 行くぞぉ!」

「なんだ、こいつらは!? 後ろの奴は何をしていた!!」

「くそっ、孫堅の所まで行かせるな! 止めろ!!」


 それまで、本隊と正対していた敵も流石に気づいたのか、超えるべき敵の列の厚みが増す。その分突破する時に切り結ぶ敵は増える、だが……。


(今更、止まれない! 突破する!!)

「おおおお!!」


一列、又一列と徐々に、敵の列を突破していく。


(あと、少しっ!)


 三列目突破。敵の厚みが更に増す。


「あと二つ!」

「くそっ、後ろの敵が追い着いて来た!」

「無視しろ!」


四列目突破。後ろの敵も、いい加減枯れ川の仕掛けに気づいたのか徐々に距離を詰めてきている。だが、もう今更だ。


「駄目だぁ!? 突破されるぞ!!」

(あと、一列!!)

「はぁぁぁ!!」


 最後の敵兵を超えた先、目の前にはもう敵の姿は無い。


「突破……した」

「島津殿」

「符さん……。部隊は?」

「負傷者はおりますが、なんとか全員突破できました」

「良かった……」

(……)


 後ろを見れば、確かに傷ついている兵は多いが、無事突破できている。

それを見て、安心した途端、先ほど落後した部下を助ける為に敵を切った自身の手を見る。


(殺したのは、初めて、だよな)


 こちらに来てからも、元居た世界でも人の死を見たことは有っても、これまで自分の手で人を殺めた事は無かった。

 部下を助ける為とは言え、初めて人を殺した。手には未だその時の感触が残っている。

殺した敵に対する罪悪感は多少ある。だが、それでもそのこと自体に対する恐怖感というか嫌悪感といった物は以外にも無かった。


(存外、そんなものか……)


 何しろ、戦という事自体初めてなのだ、気が高まって居るせいも有るだろう。

そう自分の中で結論づけた時……。


「おう、孺子。漸く来たな? 待ちくたびれたぞ」

「っ! 孫堅さん」


 いつの間に来たのか、孫堅さんが目の前にいた。


「……ここに俺達を呼んだのは、孫堅さんでしょう?」

「くくっ、まぁそう怒るな。お前たちのお陰でだいぶ敵を搔き乱せた。公覆も徳謀もそれに合わせて上がってきているからな。……あれを見てみろ」

「っ、敵が」

「くくく、慌てふためいて森に帰ってやがる。さっきまでの威勢は何処に行ったのやら」


 孫堅さんが顎で指した場所を見れば、敵兵が森の中に入っていく。というより、殆どバラバラに逃げている様だ。

 周りを囲んでいた敵兵も気づけば殆どが逃げて、残った僅かな残兵も合流した右翼、左翼の兵士によって打ち取られていく。平地での戦は完全にこちらの勝利だ。


「で、どうする孺子? 俺達はこれから森に入って厳白虎を討つが?」

「……俺達は、すい、徐盛を厳白虎の下から助け出します」

「そうだったな。なら孺子」

「?」


 孫堅さんはそこで一旦口を閉じ、馬を厳白虎の居る森へと向ける。

そして、口角を吊り上げながらこう続けた。


「ここからは、早い者勝ちだ」

「なっ!?」


 そう言うと、孫堅さんは近衛を引き連れ一気に森まで駆けて行った。


「島津殿!」

「ええ! 分かってます!」


 「ここからは早い者勝ち」、つまり孫堅さん達より先に翠嵐を見つけなければ、条件である功績を立てられない。そうなれば仮に翠嵐が無事でも、その後の身の安全が保障されない。それでは俺達がここまで来た意味がない。

 なら、やる事は決まっている。


「行きましょう! 俺達も!!」

(誰よりも先に、翠嵐を見つけて助け出す!!)




―――――――。




(……外が騒がしくなってきた)


 先ほどまで静かだった周りが急にうるさくなった。怒号が飛び交い、武器や甲冑を着込んだ男が走る独特の音が響く。

 俺がここに連れてこられてから、大体半日くらい。今いるのは何処か分からない森の中、厳白虎の陣。その陣の中にある柵で囲まれた檻の中で両手両足を縛られている。

 


(皆、どうなったかな……)


 最後まで、一緒に逃げていた市民の事を思い出す。

あの時、遭遇してしまった敵も逃げる途中だったらしく、その逃げる道すがらに立ちふさがった俺達を呉軍と勘違いして攻撃してきた。敵が少なかったから、市民を逃しつつ何とか一人で相手していたのだが、最後には武器も奪われて、殺されかけた。

 殺され“かけた”というのも、兵士が俺に刃を突き立てる直前、どこからか厳白虎が現れて俺を殺さず捕虜にしたのだ。

 その時、まだ逃げ遅れた数人の市民が居たが、彼らがその後どうなったのかは分からない。そのまま逃げ切れたか、若しくは……。


(―――っ! 駄目だ、考えるのは止めよう……。今は、戦が始まってるんだよな。どうなってるか分かれば……くそっ!)


 周りの兵士達の動きや遠くから聞こえてくる音を聞けば、今が戦の真っ最中である事くらいは分かる。だが、それがどういう状況なのか、今どうなっているのかは分からない。

厳白虎が戦っているのは追撃に来た孫堅たちの軍なのだろう、それくらいは予想が着く。そして恐らくそこには……。


(豊明……。あいつも来てる、よな)

「兄貴! もう駄目だよ! 逃げよう!」


 その時、自分が居る場所のすぐ近くから人の話し声が聞こえた。


「退く、だと? 本気で言っているのか?」

「そうだよ! 本隊の包囲も破られて、右も左もズタズタだ! このままだと、今度は逆に俺達が囲まれちゃう!!」

(この声……)


 声の主に、覚えがあった。野太い一人は厳白虎だ。もう一人、だいぶ若い声、多分俺と同じくらいの年。あの時、豊明と俺達とが厳白虎と戦ったあの時厳白虎に捕らわれていた子供の物だ。


(何で、あの子供が厳白虎と一緒に居るんだ? いや、さっき厳白虎の事兄貴って呼んで……、まさかこいつら兄弟なのか?)

「退いてどうするっていうんだ? なぁ、(ファン)……、俺にまた尻尾丸めて逃げろって言うのか?」

「そうじゃないよ! 今は一旦引いてやり直せばいいんだよ! 俺達二人を王朗さんが支援してくれるって話もあったじゃないか!」

「白い虎は退かん!! 絶対にだ!」

「っ!! でも兄貴!」

「でもじゃねぇ!! ここで負けるわけにはいかねぇんだよ!! 王朗の爺にも頼るつもりは無い!!」

(なんだ、仲間割れか?)


 二人の言い争いはどんどん激化していく。


「じゃあ、まだここで孫堅と戦うの?」

「そうだ、ここで孫堅と殺し合う(やりあう)。分かったな煌?」

「……」

「……まぁいい。俺は少し前を見てくる。お前は此処の捕虜の様子を見て置け、こいつはまだ使えるからな」

「……分かったよ、兄貴」


 二人のやり取りが終わったのか、おそらくは厳白虎の物だろう重い足音が離れて行った。そして残されたもう一人が俺の居る方へゆっくりと近づいてくるのが聞こえてくる足音で分かった。

 そしてその足音の主は俺の居る檻の前で止まった。


「……」

「……」


 お互いに睨み合うだけで二人の間で何かが起こるようなことは無かった。そもそも俺は縛られて座っているので、何かできる訳ではないのだけど。

 

「おい、お前」

「? なんだよ」


 先に口を開いたのは厳白虎の妹の方だった。


「お前、なんであの時一人で逃げたんだよ」

「何でって……、そりゃ捕まった人を助ける為に」

「そうじゃねぇよ!!」

「っ! 何すんだよ!!」


 俺の答えが食わなかったのか何のか、檻を思い切り蹴り上げて怒鳴った。


「あの時、もう一人いただろ! 何でそいつ見捨てて逃げたんだって聞いてるんだよ!!」

「それは……」

(なんで、こんな事聞くんだよ……。でも、確かに俺は豊明を見捨てたって事になるのか?)


 予想外の問いだった。とは言え確かにあの時、豊明はたった一人で多数の敵と戦う事になっていた。俺が出て行っても何も変わらなかったかもしれないし、それでも多少の手助けくらいは出来たかも。それで一緒に脱出も……。


(……いや、違う。俺は豊明に任されたんだ。それに俺はあいつ事を……)

「おい、どうした? なんだ、結局逃げたのは自分可愛さかよ?」

「っ! 違う、俺は!!」

「何が違うんだ? ああ、お前自分が弱いから、ぜーんぶあの男に任せて逃げたんだろ?」

「……なら、お前はどうなんだよ」

「あ?」


 名前もまだ知らないこいつの煽りにいい加減切れそうになる。だが、それを抑えて敢えて逆に質問を返す。


「お前だって、逃げようとしてるじゃないかよ。まだ他の奴らも戦ってるんだろ? それを置いて逃げようって」

「!! お前!」

「與さん! 大変だ! 敵がもうここまで来たぞ!!」

(敵! って、俺からしたら味方か。というか、こいつ與っていのか……)


 怒った厳白虎の妹が、錯誤しに俺に掴みかかろうとしたその時、厳白虎の部下なのだろうか一人の兵士が動揺した様子で駆けこんできた。

 どうやら、先ほど厳白虎とこの厳與の話していた孫堅軍がもう森の中まで進行してきたらしい。


「……森の入り口で止める為に部隊を送っただろ! あいつらはどうした?!」

「それが、あいつら目の前に孫堅が現れたら、怖気図いて殆ど逃げちまった!」

「なぁ?!」

「それに、数は少なくて防具もなんかぼろっちいんだが恐ろしく固い奴らがいて、そいつらにも次々防御を破られてる! しかもその先頭は親父の腕を落とした野郎だ!!」

「――!」

(数が少なくて防具がぼろっちいって……、まさか親父の部隊か? 厳白虎の腕を落としたって事は、それを率いてるのは……っ豊明!)


 孫堅の軍で装備が不十分な部隊があるとは思えない、なら考えられるのは義父徐憂の部下である符剛たちの部隊。装備も武器もあり合わせでお世辞にも見栄えはしない部隊だったが義父の訓練のお陰で、連携という一点においては少なくとも並以上といえた。

 建業を手中に収めた、孫堅によって今回の討伐軍に組み込まれたんだろう。何故その指揮を豊明が執っているのかは分からない。分からないが。


「っ! 糞っ、兄貴がさっき前に出た。……おい、俺が兄貴の所に行くから、お前は出来る限り兵を集めて退路を確保しておけ!」

(やっぱり来て、くれたんだ! 豊明!!)


 豊明がここに来てくれている。その事が分かった時、自分でも不思議だけれどつい目がしらが熱くなり顔が綻んだ。

 

「は、はい! でも、與さん一人じゃ……」

「……大丈夫だ、こいつを連れて行く」


 そんな安堵感も束の間、厳與が檻の扉を開け俺を掴み無理やり立たせた。


「! おい、放せよ!」

「黙ってろ!! 足の縄を外すから自分で歩け、だけど何か変な真似してみろ? 殺すぞ?」

「……くそ、分かった」

 

足は解放されたとはいえ、まだ手は自由になっていない加えて剣を突きつけられた状態では流石に無茶は出来ない。渋々、厳與の言う通り前に進む。


「ああ、くそっ。なんでだよ……建業を手に入れて兵増やして、その後時間かけて孫堅の筈だったのに……くそっ」


 厳與は相当、頭に来てるのか檻の有る場所を離れてからずっとこんな感じでぶつぶつと独り言を言っている。


「そもそも、なんで逃げるんだよ! ちゃんと金出したろうが、それにあいつら兄貴と俺に命救われた事も忘れやがって!」

(……)

「なぁ」

「喋んなっつったろ!!」

「……いいけどよ、さっきの質問に答えようかと思ってさ」

「ああ?」

「だから、何で豊あ、じゃなくてもう一人の奴を置いて行ったのかって話だよ」

「……」


 俺の答えが気になったのか、少し落ち着いた様子になった厳與が立ち止まり聞き返す。


「で、なんなんだよ?」

「信頼、してるから」

「はぁ? 信頼?」

 

 俺の言葉に、厳與は理解できないとばかりにキョトンとした表情をする。


「あいつは俺を信頼してくれた、だから俺もあいつを信じて任せる。って事だと思う。多分」

(まぁ、俺自身まだよく分かって無いんだけど)

「……くだらねぇ」


 先ほどのキョトンとした表情から今度は呆れた様な、というより明らかに侮蔑を含んだ表情で厳與が此方を見る。


「なにが信頼だよ。この世の中でまかり通るのは力だけだ。金も暴力も知識も、全部ひっくるめて力だ。それが強い奴が生き残る。生き残った奴が他の奴を従える。それが全部だろ」

「それが、何が信頼だよ。他人を信頼したところで何の意味も無い。最後は結局裏切られる。唯一信じれるのは本当の家族だけだ。血がつながってるだけじゃねぇ、全部がつながってる家族だけが本当の意味で信じれるんだよ!」

「……」


 與の言ってる事は、分かる。この世の中、確かに誰かを信じるって事は本当に危険な事だ。昨日までの友が簡単に敵になる。そんな世の中だ。


【明日も遊ぼうな!】 うん!

【約束だからな!!】 わかった、約束だぞ!

【おい、……お前、忌み子なんだって?】 え?

【来るなよ、私たちまで呪われる】 ……。


 俺も、それは痛いほど分かっている。けど、それでも信じるに値する人は居ると思う。

確かに、豊明は有ってからまだ日は浅い。けど、何故かはわからないけどあいつの言葉を聞いてると信じて良いんじゃないかと思えるし。近くに居るだけど少し安心できるのだ。

命を二度も助けられたっていうのも有るかもしれない。でも、一つ確かな事は、俺は今あいつを、豊明を信じている。


(だから、俺は待つんだ!)

「はぁ、ただの甘ちゃんかよ。時間無駄にした。おい、行けよ」

「なんだよ、お前が聞いたんだろうが!」

「がぁっ?!」

「「!!」」


 呆れ顔をした厳與に押されつつ先を歩こうとした時、向かう先から人の叫び声が聞こえた。


「っ! 兄貴!!」

「なっ、ちょ、おい!」


その瞬間、厳與が焦った様子で、俺を引っ張ったまま声の下方向へ走る。


「ん?! なんだ、煌か。何しに来た!?」

「兄貴! 良かった無事だったか!」

(厳白虎!!)

 

 そこには返り血だろうか血を浴びた厳白虎の姿があった。


「ふん、俺が簡単に死ぬか。鍛冶に作らせたこれもすこぶる調子がいい」


 そう言うと、厳白虎は自身の右腕を掲げる。


(手が、無い?)


 奴の獲物は戦斧だ。普通ならその戦斧の中ほどを右手が握っている筈だが、厳白虎は右手首からその戦斧が生える様に金属の金具と縄で括り付けられていた。

街で見た時には、あんな風ではなかった筈。となると救出の時に右手を失ったのだろう。となればそれを行ったのは。


(まさか、あれは豊明が?)

「で、煌。なんでその餓鬼を連れてきた?」

「人質だよ! ここから逃げよう! 下の部隊はもう逃げちまってる。こいつを盾にして逃げれば多少は時間が稼げる。 二人でもう一度やり直そうよ!」

「……煌」


 妹の説得に、厳白虎は左手で顔を覆い短い溜息をつく。


「丁度いいじゃねぇか。なら、ここにいずれ孫堅が来る。一騎打ちだ。打ち取りさえすればそこで俺達の勝ちが決まる。それにさっきも言っただろう、俺は逃げん、と」

「なんで……」


 妹、厳與の落胆した顔には目もくれず、厳白虎は自身の戦斧に着いた血を払い、次の相手を待つように陣の入り口をじっと見つめる。

 

「ん? 来たか?」


 その先から、何者かが走ってくる音が聞こえ、厳白虎が構える。が出て来たのは。


「お、親父!」

「ああ? なんだお前か……どうした?」


 出て来たのは、相当急いできたのか汗だくで息も絶え絶えな厳白虎の部下。


「どうしたじゃねぇよ! 敵が直ぐ其処まで来てるんだ!!」

「孫堅か?」

「いや違う! あいつらは……ひっ!?」

(? なんだ?)


 何かを見つけたのか、怯えた表情になった厳白虎の部下。その次の瞬間。


「おおおぉ!!」

「き、来た!! がふっ!?」


 その兵士は入り口から、厳白虎の手前まで飛ばされた。そして今まで兵士が居た場所に代わりに現れたのは。


「はっ! ははははは! 誰かと思えば、手前ぇか、孺子!!」

「見つけたぞ、厳白虎!」

(豊明!!)



 


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