4ヶ月と5日目
木々が強い風を受けてその枝をしならせる。
横風の強い夜だ。
時折突風が吹き荒れ、小さな草花を空高く巻き上げる。
薫は、枝をゆさゆさ揺さぶる魔物達を前に思案にくれていた。
そもそもの始まりは『コチャの葉』採取クエストである。
いつものようにクエストボードに貼られたクエストを眺めていた時に目に飛び込んできたのだ。
冒険者ギルドの受付嬢に聞くと、『コチャの葉』は『コチャの木』というモンスターが落とす葉っぱで、体力回復薬に使われるらしい。
この『冀望』の運営は、魔物などのネーミングにあまり重きを置いていないフシがある。
『ウッシッシー』や『ウッシー』が牛だったり、『ジャガジャガ』がジャガイモ、『たまたま』がタマネギ。
そもそも『雑草』なんてある段階でアウトである。
稀に味や色が突拍子もないことがあるが、概ね名前から現実世界の物が連想できる。
その考えの元、薫は『コチャの葉』に食いついたのだ。
いつもの薫からは想像できないラフさでクエストを受け、『コチャの木』と対峙することとなった。
その結果が今の状況だ。
薫は内心困っていた。
『コチャの木』は木とつくだけあって、植物系の魔物である。
よっていつものように『水球』で仕留める訳にはいかなかった。
当たり前だ、光合成をする植物系の魔物は酸欠と言う症状に至らない。
そもそも、葉全てを覆うほどの『水球』は、まだ発動できない。
そうなれば、『短剣』と『格闘』スキルの出番である。
かねてより取得可能ではあったスキルであるが、様々な状況の結果、取得を後回しにされてきたスキルでもある。そのスキルを『シュトー』に到着してすぐ薫は取得していた。
鞭のように伸ばした枝が薫を襲う。
その『コチャの木』の攻撃をかわし、薫はナイフで幹を切りつける。
薫がいる場所に、鞭の枝が振り下ろされる。
もちろん薫は、その頃には枝の届く範囲にはいない。
離れるときに幹に蹴りを入れるのも忘れてはいない。
繰り返される攻防。
しかし、『コチャの木』は一向に倒れる様子を見せない。
ステータスの上昇している夜にも関わらず、薫は『コチャの木』に決定打を与えれずにいるのだ。
先ほどまで薫が攻撃していた『コチャの木』にもう一体の『コチャの木』が近づき、ビンに入った液体を根元にかける。
そう、この行為が薫を攻めあぐねさせている。
どうやらビンに入った液体は生命回復薬のようなのだ。
『コチャの木』は、傷ついた一体から薫を引き離し、回復を計る。
見事な連携である。
『シュッ』
軽やかな音の後、何かが砕ける音が続く。
薫が『投擲』スキルでナイフを投げたのだ。
ナイフは仲間にかけようとしていた生命回復薬を砕き『コチャの木』の幹に突き刺さった。
やっと一体『コチャの木』が大きな音を立て倒れる。
突き刺さったナイフを抜くついでに蹴りを入れたのがトドメとなった。
一体を回復薬を使わせる程度に攻撃し、回復薬を出させる。
その頼みの回復薬を破壊、そのまま攻撃を叩き込めばよい。
言うのは簡単であるが、実行するのは容易ではない。
四方八方、3体の攻撃、6本の枝の鞭が飛んでくる中、それを実行しなければいけないのだ。
しかし、薫は並外れた動体視力と判断力を持って迫りくる枝の鞭をかわし、攻撃を一体に絞る。
体力が空にしてから眠る生活を繰り返してきたことにより、体力はかなり向上している。
さらに今は吸血鬼に有利な夜。
無駄な動きが一切無い。
枝を避ける為に大きく体を反らすこともない。
それどころか、避けた動作がすでに次の攻撃の呼び動作になっている。
攻略法を理解した後は、あっさりと決着が着いた。
『コチャの木』のてっぺんに生える5枚の葉が、クエスト品になる。
薫は、5枚の葉とその周りの数枚を採取し鞄に収め、更なる『コチャの木』を求め暗闇に中に消えていく。
パオパオが朝食を終えるといつもはコーヒーが出てくる。
しかし、今日は琥珀色の飲み物が出された。
今日は、めずらしくパオパオしかいない。
彩加は遠出、彩音は二日酔いである。
良い香りがする。口に含むと懐かしさにほっとした。紅茶だ。
男性はコーヒーを好むことが多く、世間的にも紅茶は女性の飲み物のように思われている為、公言することは少ないが、パオパオは、実は紅茶派だ。
香りを楽しみながらゆっくりと飲みほす。
すでに、彩加も天音も冒険者ギルドへ赴いている。
「どうしたんですか」
パオパオは、丁寧に布がかぶせられたティーポットからもう一杯、紅茶を頂く。
先ほどより少し濃い味を楽しみながら。
「作ったんですよ。先日『コチャの葉』が手に入ったので。葉を一晩置いて萎れさせます。その後、葉を潰すように揉むんです。かなり力が要りますが、今はゲームのステータスがあるので楽ですし。塊になってきたら、濡れ布などに包んで発酵させます。全体が褐色になり香りが出てきたらフライパンでさっと炒りながら『生活魔法・乾』で乾燥させます。乾燥の仕方で味が変わってきます。何種類か作ったので、今度試してください。」
薫のいつもの説明が入る。薫のレシピ説明はすでにデフォルトである。
紅茶をゆっくり楽しむパオパオの前。
薫はあるジェスチャーをして、許可を求める。
パオパオが許可の意を込めうなずくと、薫は紙に巻かれた短い棒を人差し指と中指にはさみ口元に持って行く。
『生活魔法・火』でその先に火をつけ、ゆっくりと吸うと、おもむろに白い煙を吐き出した。
パオパオの手元で湯気を立てているものと同じ香りがかすかにする。
「煙草です。煙草の葉がなかったので、紅茶の葉で代用したんです。」
パオパオの視線を感じた薫が静かに笑う。
どうやら薫は煙草のためだけに『コチャの葉』の採取クエストを受け、紅茶を作り出したようだ。
煙草を吸う人間は、現実社会では、すでに絶滅危惧種だ。かなり肩身の狭い思いをしている。
購入するだけでもかなりの制約と手続きを必要とする。まず、火-ライターやマッチ-からして手に入らないものだ。火種は、博物館に飾ってあるような骨董品である。
これを機に禁煙とか考えなかったのだろうか。
紅茶が飲めることに満足した紅茶派のパオパオは今更そんな薫の行動に何もいわず、静かに紅茶の香りを楽しむだけである。
数日後、パオパオが『聖なる乙男』のメンバーを唆し『コチャの木』討伐のクエストを受けた際、『コチャの苗』から『コチャの紅茶』がドロップしたのは、パオパオによって秘匿された。
因みに、『コチャの苗』は『コチャの木』と同時にエンカウントする。
これにより、『シュトー』に紅茶が出回るのは、さらに数ヶ月を要することとなった。




