4ヶ月と1日目
「ぷは~」
口の周りに泡をつけて天音は満面の笑みを浮かべる。
パオパオは、添えられている短冊状に切られた物を食べ、口元をほころばせた。
「やっぱり、始めの一杯はこれよね」
「この漬物はうまい」
天音の明るい声に、しみじみと追従するパオパオ。
本日は久々の天音、パオパオ、薫の3人の飲み会である。
「これ、どうしたんです?」
今夜も前回同様、薫からのお誘いであった。
「『ホッパー』って魔物がいるのはご存知ですか」
「もちろん。だから、ここ1ヶ月ほどいらっしゃらなかったんですね。」
「オレ達も『ホッパーの泉』は何度か攻略を考えたんですけど、重要度として考えればどうしても躊躇してしまいますね」
薫の確認にもちろん知っていると答える天音とパオパオ。
2人とも酒飲みであり、『ホッパーの泉』はかなり興味をそそられる場所なのだ。
しかし、往復で5日もかかる所に嗜好品の為だけに訪れるわけにも行かないというジレンマがあって未だに未到達な場所である。
5日ほどで往復できるのに、ひと月も不在になっていたのは引っかかるが、この父娘のこと、どこか大きく寄り道をしていたのだろうと2人とも考えた。
「その『ホッパー』から大麦が取れたので、作ってみました。漬物の方は、『鰻』のイモ漬けですね」
「どうして・・・」
「・・・・」
あっけに取られて呟く天音と無言のパオパオ。
どちらも、驚きすぎてソレを飲む手も止まってしまった。
「大麦を水に浸してやり発芽させてから陰干しして、フライパンで数時間煎るんです。それをビンにいれて棒で突いて大麦の中身だけ砕きます。砕いた麦芽をお湯で浸して半日ほど保温してから、布で濾していきます。その時、その麦芽の上から水お湯をかけるんですけどね・・・
温度がさめたら天然酵母を入れて、一時発酵さます。そして、砂糖と『ホッパー』の生殖器を乾燥させたもの-これが現実世界でいうところののホップですね-を順々に湯の中にいれて煮た物を濾して合わせていきます。後は発酵させるだけです。専用のイーストがなかったのでアプーの実から作った天然酵母を混ぜたのですが、なんとかなりました。少しフルーティーな感じに仕上がりましたが、これはこれでよかったでようです。
さすが、ゲームですね」
「「・・・」」
「イモ漬けの方は、もっと簡単です。『ジャガジャガ』を湯でて潰したものに砂糖と塩を加えて混ぜればイモ床が出来るので、あとは『鰻』を漬ければいいだけです。『ホッパー』を狩りに行った時に、ついでに『ジャガジャガ』を捕獲できたので、作っておいたんです。もう少し発酵させてから漬けたほうが美味しいとは思うのですが・・・」
珍しく判断ミスをした薫が丁寧に作り方の説明をしていく。
どうやら2品ともダンジョンに行く前に仕込んでいったようである。
鰻がなすび味なのにはびっくりしましたよと薫の声は続くが、そこに天音の机を激しく叩く音と、悲鳴ともいえる制止の声がとぶ。
誰も作り方なんか聞いてない。
聞いたのは、なんで作ったかであって、決して作成秘話を知りたいわけではない。
いや、どちらかと言えば聞きたくかった。
生殖器って・・・さすが薫さん。
たぶん解体スキルがなければ採取できないアイテムじゃないだろうか・・・いや、実際、『ホップ』を倒したプレイヤーは少ないので、全てのドロップアイテムは確認できていないのだが・・・。
言いたいことはたくさんあったが、あまりの興奮で言葉にならない天音。
「・・・なんだかデジャブ・・・」
そして、一月前にも同じような会話をしたことを思い出して、へなへなと椅子に崩れ落ちた。
「あきらめろ・・・」
こちらも一月前と同じ台詞を言うことになった。
パオパオの悟りきった声がとても心に沁みる天音である。
「『ホッパー』はそこそこレベルが高い上に群れるんですよ。
私達のパーティーですら今の段階で安全に狩れるかと言えば、大丈夫と胸を張って答えられるレベルの魔物ではないんです。
でも、この際、もうそれはどうでもいいです。
問題は、『ホッパー』が生息してい場所に、『ホッパーの泉』があるということです。
『ホッパー』が温泉よろしく浸かっているのでそう呼ばれているんです。
わかりますか、薫さん!」
だんだんテンションがあがって机をバンバン叩いて薫に詰め寄る天音。
「プレイヤーの間では別名『ビールの泉』です」
ぼそっと結論を付け加えるパオパオ。
そう、その泉にはビールが滾々と湧き出しているのだ。
実際は、『ホッパー』がつかることによって何らかの作用が生じて泉の水がビールに変質しているのだが、この際、ここで問題になっているのはそんな事ではない。
実際、パオパオ達のパーティーも『ホッパーの泉』の噂を聞きつけてから、幾度か遠征を考えたことがある。
『ホッパーの泉』は『シュトー』から約2日程の距離にある。
天音の言う様に、『ホッパー』はLv35~40と今の段階ではそこそこ高位の魔物になる。
因みに、『冀望~創生への序章~』でいう魔物のレベルは、単体に対して6人組のパーティーの平均レベルが同じで適正と考えられている。
つまり、パーティーの平均レベルがLv37の天音達からすれば、単体ならそこそこの経験値も入る良いカモである。
しかし、それはあくまで単体ならば、という注釈がつけられた場合のみである。
実際の『ホッパー』は3~5匹、多いときでは10匹ほどで群れる。
天音達でも余程の準備をしていかないと全滅の可能性があるのだ。
しかも、その目的が『ビール』では士気も上がらない。
パオパオと天音も飲まない仲間に一緒に無理をしてくれとは、さすがに頼みにくいレベルである。
だからして、今日の薫からのお誘いは渡りに船。嬉しい限りであったのだが・・・
因みに薫達は、木の上から薫が『水球』で窒息死させ、彩加がその素早さをいかして『魔法バック』に回収。
『ホッパー』はカバのような胴体の背中に大量に大麦を茂らせた魔物だ。
呼吸をしない植物系には効き目のない『水球』も、本体が呼吸をするカバ(?)なら覿面に効力を発揮する。
動きも鈍く、それこそ群れているの上に大量にいる。
『水球』の餌食にしてくださいといっているようなものだ。
そうして、乱獲された『ホッパー』の大麦は、安全地帯に移動してから綺麗に収穫され大切に『シュトー』まで運ばれ、一月かけ、目の前の黄金の液体になったのだ。
もちろん薫は、ホップ――『ホッパー』の生殖器――を使わないで作っていた。
最近、鑑定での表示項目に使用方法が表示されるようになった。
その鑑定で『ホッパー』の生殖器の使い道の当たりをつけていたのだが、絶対の保障もなかったのだ。
ホップ を使わないビールは、苦味の無い、すっきりとした、ビールではないがこれはこれでありなアルコール飲料が出来ていたのだが、ここでお披露目する勇気はさすがの薫にもなかった。
そして今夜も大人たちの夜は静かに深けていく。




