3ヶ月と15ー16日目
爽やかな風が、薫と彩加の間を抜けていく。
日差しが徐々にきつくなりだした初夏の頃、2人は見慣れた森へと帰って来ていた。
岩がツタやツルに覆われ、その奥に目を凝らすと木でできた扉らしきものが見え隠れしている。
彩加が扉の前のツタやツルを勢いよく取り去る。
木の板を数枚合わせた開き戸が現れた。
扉の合わせ目には閂が掛かっている。
彩加は、閂を外して、扉を勢いよく横に引いた。
そう、開き戸に見せかけた引き戸であったのだ。
ダンジョンを離れるに際し、ツタでのカモフラージュだけでは不安だった為、薫が開き戸に見せかけた引き戸をダンジョン入り口に設置しておいたのだ。
よく見れば下にレールがあるのがわかるのだが、閂を配して、開き戸らしく見せかけていた。
どちらにしても、このような小細工は彩加の『火炎』一発で消し炭になってしまうのだから気休めにしかならないのだが。
「久しぶり。で、どうするの?」
「まずは、ダンジョンの体制を整えること。
次に食料の調達。『モロッコの粒』『ウッシーのミルク』『ジャガジャガ』は最低限欲しいな。」
ということで2人は落ち着く間もなく行動開始である。
「こんどこそトレインは?」
そろそろ本格的にダンジョンを発展させていかなければ、誰かに攻略されてします。
街でのんびりしすぎたのかもしれない。
「レベル上がったし、薫ちゃんの魔法一発で!」
「私の魔法では火力が足らないだろう。そもそも、まだ『水球』しかないし」
「じゃ、もっち吉くんに頼んでみるとか」
「それだと、ダンジョンモンスターにはならないだろ」
「あれ??そうだった?」
「ダンジョンマスターかダンジョンモンスターがダンジョン内で倒した魔物のみがダンジョンモンスターとなって復活してくるって説明だった」
「やっぱり駄目か・・・。」
「・・・」
「いや、方法はあるかもしれない。彩加が次の部屋にスムーズに移ることが前提だが」
「それ、当たり前。特に大規模魔法とかがくるのわかってておびき寄せた部屋に居座るのは確実に自殺行為。そんな痛いまねは絶対したくないよ」
そんな会話の後、大量に小麦粉を買い込んで旅立った2人。
地面を揺らす程の爆発音が森の中に轟いた。
ダンジョンの入り口から灰色の煙と、かすかな獣の肉を焼いたような臭いが漏れ出してきた。
薫はすばやくダンジョン内を見渡し、まだ動ける魔物達に向け『水球』を発動する。
そこはまさに地獄絵図であった。
反対の扉から出てきた彩加は、一瞬顔をしかめてから、その顔を背け口に手をやり吐き気を我慢する仕草を見せたぐらいだ。
魔物達の多くは四肢を損壊させた状態で折り重なっていた。
ある魔物は、すでにその顔の表面が焼けただれ、白い骨を露出さながらも立っていた。
ある魔物は、腰から後ろを吹き飛ばされたのか、赤い肉を見せていたながらも、必死に立ち上がろうともがいていた。
魔物の緑の肉片が石室の壁や天井に飛び散っている。
魔物の紫の体液が石室の床に不思議な水溜りを作っている。
『炎よ集え 火炎』
赤い炎が、魔物達を焼いていく。
『炎よ集え 火炎』
近接戦を放棄した彩加は、さらにこの惨状を跡形も無くなかったことにする作戦にでたようだ。
『炎よ集え 火炎』
彩加は、異様なまでの執念で魔法を発動させていく。
「終わったぞ」
水球を発動し、得た水で魔物の流した体液などを竹箒で外に履き出した薫は、自分の部屋に篭ってしまった彩加に声をかけた。
「薫ちゃん、あれはないよ・・・」
なんとか吐き気はおさまったが、まだまだ青い顔をした彩加が恐る恐る、水晶の間から顔を見せた。
先ほどの痕跡が綺麗になくなるまでは、恐ろしくて、その部屋を通って外にも出れない。
「なんで、あんなことになるのよ」
未だに、涙声の彩加であったが、綺麗になった部屋に安心して出てきた。
そして、そっと薫の腕に自分の腕を絡めた。
人の温もりがあるほうが安心するのである。
「粉塵爆破だ。乾燥した場所で均一な粉塵雲を作って、火を着けてやれば爆発が起きる現象だな。
本来なら少しは爆破の衝撃が分散されるのだろうが、閉鎖空間だから分散されずに威力が上がったのかな?」
「・・・・」
「どちらにしろ、上手くいってよかったよ。昨日『生活魔法・乾』で、出来るだけ石室の中は乾燥させたつもりだけど、しょせん石室だしな。もともと湿気がかなりある場所だったから不安だったんだ。
床に撒いた小麦粉も魔物が舞い上げてくれるのを見越してはいたが、均一に空間内を粉が舞ってくれなければいけないから、ひやひやしたよ。
分量も。酸素が少なすぎても多すぎても起こらない現象だからな、成功してなによりだ。失敗して、『水球』で少しずつ倒していくのは、ちょっと考えさせられるからな。正直、あの数は遠慮したい」
「私は、さっきのぐちゃうちゃな状態の方を遠慮したかったよ・・・」
淡々と現象を説明をする薫とは対照的に彩加の声は覇気がなかった。
まだまだ、本調子が出ない様子である。
当分の間、夢でうなされそうで気が重くなる彩加である。
結局、街で購入した小麦粉が尽きるまで、後3回『トレイン作戦』を繰り返した。
「ダンジョンモンスターは弱肉強食も共食いもないんだね」
『トレイン作戦』で得たポイントで5部屋追加し、熟考の上、ダンジョンモンスターを配していく彩加。
薫は隣で各部屋の入り口に設置する鍵になる問題を選択中である。
今回も彩加の受験勉強データから拝借する予定だ。
「完璧」
薫が問題を設置するのを見届け、彩加は終了を宣言する。
水晶の部屋を半周するように5つの部屋を設置、そこにダンジョンモンスターとなった魔物を分配した。
その総数、150を超える。
レベル的には20~30の範囲が大半を占めているとはいえ、1部屋につき20~30匹居ることになる。
居るというより、ひしめいている。
イモ洗い状態である。どこぞの夏のプールの光景とかぶる。
ダンジョンモンスターになれば、今後、ダンジョン内に進入した冒険者や魔物を倒し経験値を得てレベルを上げることになる。
ただし、餌が必要だったのは計算外だった。
これは『クック』がダンジョンモンスターとていたから解ったことである。
街に居る間に、『クック』が水晶に溜まった経験値を消費していたのだ。
レベルが低い『クック』だったから、必要な経験値が少なくすんだが、高レベルモンスターだったり、今回のように大量にダンジョンモンスターがいるような場合だと、水晶に溜めた経験値では足りず、ダンジョン崩壊が起こっていたところである。
もちろん、ダンジョンモンスターの餌に縛られたらダンジョンマスターは『冀望』世界を楽しめないので、それなりに緩和はされている。
餌は2月に1度程、もしくは水晶に溜まった経験値を魔力として摂取させればよい。
しかし、せっかく溜まった経験値をダンジョンモンスターに還元してしまうのはなんとももったいない話だ。
2人は、とりあえず食料収集の際に余ったり、人間では食べられなかったりする部位を片っ端からダンジョンに放り込んでいった。
彩加は、もう一度『トレイン作戦』で餌の供給をする案を出したが、それは、さらにダンジョンモンスターを増やすことになるだけで愚策である。
こうして、ダンジョンで薫と彩加は5日ほど過ごし、魔法の鞄の制限重量一杯に『モロッコの粒』、『ジャガジャガ』、そして『モロッコのミルク』からミルクとバター、ヨーグルトを作り『写筆』でレシピにしたものと共に詰め込んで『シュトー』を目指した。
残念ながら、魔法の鞄は重量の拡張はされても、腐敗防止や時間停止の効果はないので、生クリームなど一部の日持ちがしないものは持ち帰れない。
因みに、腐敗防止や時間停止の鞄も存在するのだが、値段が高すぎて手が出ないのが現状である。
薫が密かに『補助魔法/腐敗防止』を取得しようと考えていることは内緒だ。
どうせ、彩加を筆頭に止められるのは目に見えている。




