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2ヶ月と5日目

宿屋『止まり木』の食堂は、今日もにぎわっていた。

まだ酒を出すには早い時刻であるにもかかわらず、多くの冒険者達が集っている。

目的は美味しい料理である。

数日前から、急に『美味しい』料理が提供されるようになったのだ。

この世界で料理と言えば、塩味のスープ、塩と胡椒で焼いたなにか、そして『硬い』パンであった。

しかし、ここで提供されだした食事は、『白い』スープと『やわらかい』パンであった。

これまで見たことのない、この白いスープにパンを浸けて食べると、また、たまらなく美味しかったりする。どうやらウッシッシーの胃から取れるミルクから作られているらしい。

召還に応じてこの世界にやってきた『時の旅人』が涙を流して食べているのをたまに見かける。


「そうだろう、そうだろう。あんたらの世界で、こんな美味いものは食べられなかっただろう。よかったなー。」


俺達の『冀望』世界がすばらしいことを異世界の人間にわかってもらえたことだろう。

確かに、白いスープも美味しい。やわらかいパンも美味しい。かくいう俺もちょびっと泣いてしまったのは秘密だ。

しかし、『時の旅人』の感動のし様は異常である。

この程度で、これほど感動し泣ける『時の旅人』の異世界での生活を想像して、悲しくもなった。

どれほど『時の旅人』達の世界は苦労ばかりなのだろうかと。楽しみがないのだろうかと。どれだけ美味しくない食事をしているのだろうかと。

うんうんうなずきながら『時の旅人』の肩をたたいている宿屋の主の姿に俺達『冀望 』世界の住人は涙したものだ。




街に来た初日に、食事に絶望した薫は、早々に宿屋の亭主を厨房から追い出していた。

もちろん強制的にではない。

薫が微笑むと、女将が亭主を厨房から(自主的に)たたき出してくれたのだ。

厨房には、次々入る注文に対応していく薫がいる。

もちろん、そのサポートは自分の亭主を厨房から追い出した女将である。

ときどき、薫の横顔にポーとしながらも、手際よくお皿を並べて、運び出していく。

厨房が見える場所に作られたカウンターには、ここ数日で定位置になりつつある『聖なる乙男』のメンバーが陣取る。夜のクエスト前に薫のご飯で腹ごなしをしようと集まって来たのだ。

薫を一番観賞できる場所であるからして、他の女性客の恨みがましい視線を浴びることになっているが、それを気にするほど繊細な機微を持った人間など『聖なる乙男』メンバーの中にはいない。

そもそも、このカウンター席、女性客同士で牽制しあった結果、空白地帯になっているのだ。

ちらちら見え隠れする薫をうっとりと見つめる女性客とそれを忌々しげに思いながらも、料理の味に屈して日参してしまう男達の怨嗟の眼差しが交差する。

ここ数日の見慣れた光景である。




ドアが吹っ飛びそうな勢いで開けられた。

抗議するかのようにドアベルが激しくなる中、ドアを開けた少女はまっすぐカウンターを目指して入ってきた。

彩加である。

大きな目に意思の強さを伺わせる、かなりの美少女だ。

彩加は、客達からの視線を一身に集めながら気にすることなくカウンターのスツールに腰を降ろした。


「薫ちゃん、マカロン食べたい。」

「木苺のジャムしかないがそれでもいいか?」


一瞬嬉しそうに瞳を輝かせてうなずく彩加。


「ちょっと待った。」


そこですかさず天音の待ったが入る。


「薫さん、マカロンまで作れるの?」

「『リーリ』の頬袋から、そのままズバリのアーモンドが出てきたからな。

材料はそれで揃うし。」

「イヤイヤ、そうじゃなくって。マカロンって、かなり難易度の高いお菓子でしょ。プロ泣かせって話も聞くし。」


マカロン作りをしたことあるからこそ、アーモンドプードルがどういった物か想像できただけに、素材については敢えてスルーである。

5日目にして何かを加工して使える食材にしている薫の行動には慣れてきた天音。

アーモンドをすり潰して粉状にするぐらいの行為では驚かなくなっていた。


しかし、1度マカロン作りに挑戦して玉砕している天音には一家言あった。

天音の場合、普段一切お菓子作りどころか台所にも近寄らないのにも関わらず無謀にも最難関のマカロンにいきなり挑戦したことが敗因なのは自明のことであったのだが、それは棚上げである。


「確かに、コツは必要かな?アーモンドプードルが油分が多いですから、メレンゲの泡たてに神経を使いますね。しかし、昔、彩加のお八つ作ってた頃によくせがまれて作ってたので、問題ありませんよ。あの、カラフルなのが子供には受けたのでしょうか?」

「・・・」

「天音の負け」


当然のように答える薫。

絶句した天音にアポ騎士が茶々を入れる。

負けというより、言葉をなくしただけだ。

そもそも、料理を家庭で作られていること自体が驚きである。

政府の統計によれば、家庭料理の普及率は確か30%程であったはず。

それなのに、さらにお菓子作りとは・・・そんな人間、一生で1人か2人出会えればいいほうだ。

そして、父親が子供の為に手作りのお菓子を作る。

無いわけではない・・・たぶん・・・この際、あることにしても、だ。

出会って数日。

その会話の端々で、かなり多忙を極める人物であることがうかがいしれる薫。

どこに子供のお八つまで手作りする時間があるのか甚だ疑問である。

いや、そんなことをしているから忙しいのか。

天音の思考はどこまでも飛んでいく。

さらに、薫は離婚しており彩加の親権は母親の方にあると聞いている。

いつ別かれたかまでは判らないが、最近ではないことは確かだ。

下手をすれば、離婚後に、わざわざ元妻が引き取った子供の為にお菓子作りをしていた可能性もある。

この親子、意味不明。

もう、突っ込みの言葉すらみつからない状態である。


「そんなことより!

あのギルドのお局様よ。腹立つ!!」

「誰のことだ?」


言葉をなくした天音を尻目に親子は平常運転である。

どこまでも自分達の言動がおかしいとは思ってもいない父娘である。


「髪をひとつにひっつめた、釣り目の、いかにもお局様っていう受付のオバサンよ。」

「マキさんのことかな?確かに、きつそうだが仕事はいつもきちんとしてくれる人だぞ。」


薫は、オバサンはやめなさいと父親らしく注意しながらも彩加の話を聞いてやっている。

側から見れば仲むつまじい父娘である。

いや、実際、多くの娘を持つ父親達からすればうらやましい限りの父娘関係であろう。

会話が一般常識とずれてさえなければ。


「薫ちゃん・・・なんで名前まで知ってるのよ。」

「人付き合いの基本だ。受付の人たちも同じ人間なんだから、親しい人や感じの良い人には少しは便宜を図ろうかなとか思うだろ。名前を呼ぶほうが人間関係も円滑にいくしな。彩加だって、名前を呼んでくれる人の言うことのほうが呼んでくれない人より聞いてやろうかなって気になるだろ。」


恨みがましく薫を睨む彩加に、さらっと答える薫。

その目は甘く微笑んでおり、隣に居る宿屋の女将をのぼせ上がらせ行動不能に陥れていた。


「なにが、円滑な人間関係よ!そんなこと言いながら、食事の誘いとかは、さりげなく断ってるから、私に八つ当たりがくるのよ!薫ちゃんが自分の誘いを断るのは、本当は自分に気があるのに娘が反対してるから・・とか、わけわからない思い込みしてるのよ、あのオバサン!絶対!」


彩加は両手をカウンターに叩きつけて怒りをぶちまける。

変なしなと裏声を使って、天敵の女の台詞を捏造している。

いや、完全に彩加の想像なのだが、妙に説得力がある。

一同、話題の受付嬢を思い出し、彩加の台詞をアテレコして納得顔である。

そこに、静かに薫はスキルで作ったマカロンとタンポポコーヒーを差し出した。

もちろんタンポポコーヒーは彩加の気を静める為に、『ウッシッシー』の胃袋からとれたミルクと、昨晩『女王ビー』から採取した蜂蜜をたっぷりと入れている。


「なんで私が、あんなババアに鼻で笑われなきゃならないのよ。」


怒り収まらぬ様子で、早速マカロンを口に運ぶ彩加である。


「ところで、その怒りの理由はなに。」


こちらは彩加と正反対にご機嫌な天音である。

彩加と同じものがさりげなく目の前に置かれたからだ。

2ヶ月ぶりの甘みまである。

さらにその横には真っ黒なこれまた懐かしい飲み物。

気の利く薫のこと、きちんとコーヒーは、どんぐりコーヒーをブラックにしてあるのだ。

彩加は気分次第で様々な飲み方をするが、天音は断然ブラック派である。

むしろブラック一択。それも渋みが強いものを好む。

これほどの気遣いをされれば、少しぐらい彩加のグチでも聞いてあげようかなという広い心にもなろうと言うものだ。



「魔物の採取のクエスト受けようと思って、『解体』スキルないんで、そのまま持ってきていいですかって聞いたら、『採取』スキルで十分でしょって。」

「「「・・・・」」」

「そんなことも知らないの?みたいな感じで。無茶苦茶、感じ悪かったんですよ。

ふふっ~んて鼻で笑う感じで!」

「「「・・・・」」」


彩加は一生懸命訴えるが、その場に居た『聖なる乙男』のメンバーは固まってしまっていた。



「彩加ちゃん、採取スキル持ってないんだ。」


感慨深げにつぶやくパオパオ。


「解体スキルって・・・。もしかして、話の流れ的に、所持者は薫さんですか?」


フリーズ状態から立ち直った天音は恐る恐るといった感じで質問をなげかける。


「そうだが」

「うん」


微妙な空気を感じて遠慮気味に答える薫と彩加。


「「「・・・・」」」

「ここまで常識無かったとは・・・」


一同、脱力である。

わけが判ってないのは薫と彩加のみ。



天音先生によるスキル講座の開講である。


「動物スキルっていうのは、魔物を倒したときにアイテムが自動的にドロップしてくれるスキルよ。」


気を取り直して説明を始めた天音だが、その言葉に彩加がショックを受けることとなった。

天音にしても開始直後ならまだしも、すでに2ヶ月たった今になって説明するようなことではないはずなんだけどと頭を抱えたくなった。


「指定の動物採取クエストを受けると取得可能になるから、今度受けてみるといいわ。スキル自体は、パーティーのうち1人以上が持っていればいいスキルよ。ただ、基本1プレイヤーに1ドロップだから、例えばパーティー中3人持っていれば上限3アイテムがドロップするっていうシステムになってるわ。

魔物によってドロップする個数の上限が決まっていたり、スキルのレベルによってドロップしなかったり色々あるけどね。でも、これはどのスキルにも言えることだし。」

「ついでに言えば、パーティー内に解体スキル持ちがいれば、解体スキルが優先されるわね。

持ってる人間、聞いたこと無いけど。」

「βテスタの頃は、採取スキルと解体スキルの違いがよく判らなくて解体スキルの方持ってたプレイヤーもいたけどな。実際問題、解体スキルって生産系に属するのかレシピが必須なんだよな~。レシピがなかったら、結局自分で解体ってことになるから、無茶苦茶効率悪いんだよな。」


そうだよな~とか言いつつ肯きあう『聖なる乙男』のメンバー達。

『聖なる乙男』のメンバーが何か言うたびに遠い目になっていく彩加。


「解体って、グロテスクだし」


ぼそっと正人が最後のトドメを刺した。



「そしたら、採取スキルとなめしスキルがあればいいんですか?」

「は~?なめしスキルなんてマイナーなスキル、皮を扱う廃生産者しか持ってないわよ。ドロップした段階でなめしは終わっているもの。ただ、品質がC以上にならないだけよ。」


気を取り直して質問を再開する彩加だが、天音のあきれがさらに増す結果となっただけだった。


「えっ、じゃ、なめしスキルってなにに使うんですか?」

「なめしスキルって基本、品質をBやAにするものね。BやAあれば、クエストで追加報酬もらえたり、売却でプラス査定されるわ。」

「製品にするときに品質のいい素材使うと、成功率が上がったり、プラス補正が付いたりするってのも聞いたことありますね。」

「ただ、基本的にクエストでも売却でもCあれば十分だし。採取スキルもレベルが上がれば、C以下もめったに出なくなるし。なんでそんなに『なめし』スキルにこだわるの。」


補足説明を入れながら丁寧に教えてくれる『聖なる乙男』のメンバー達。


彩加は目を逸らしながら答えるしかなかった。


「薫ちゃんが持ってるから」

「・・・」

「薫さん、また、マイナーなスキルを・・・。街に来てからじゃないですよね?どうやって取ったんですか?」

「脳みそぐちゃってして毛皮の裏に塗ったり、どんぐり煮出して皮を数日漬け込んだり?」


パオパオ氏の質問に薫の変わりに答える彩加。

薫は顔には出してないが少なからずのショックは受けているようだ。

コーヒーを入れる手が先ほどから止ってしまっている。


「うわっ」


あまりにあまりな彩加の説明に全員ドン引きである。


「でも、半分は後で使えなくなってたよね。」


彩加はさらに無邪気にトドメを刺した。

薫に一斉に哀れみの目が向けられたのは言うまでもない。

頑張れ薫。




因みに、『聖なる乙男』のメンバー達が、助けられ時に薫が『解体』スキル所持者だとなぜ気付かなかったといえば、パーティーを組んでなかったからという一点に集約される。

さらにトドメをさしたのが天音であったのも関わってきている。

『解体』スキルはパーティーメンバーに摘要されるが、逆に言えばパーティーメンバー以外にはまったく関係ないスキルである。

もしレイドを組んでいたとしても、討伐者が『解体』スキル持ちのいるパーティーにいなければ『採取』スキルが発動することになる。

この場合の討伐者とは、討伐者=トドメえお刺した人間となる。

薫達と天音達が出会った時は、天音が討伐者だった為、もちろん『採取』スキルの方が発動していた。ただ、気づいていなかった彩加はともかく、助けた相手とはいえ警戒していた薫は、急に魔物がアイテムになった現象をいぶかしみながらも問うタイミングを計りかねてそのままとなっていた。そして、不便を感じなかったことも相まって、今に至る。

因みに、『採取』スキルか『解体』スキル、どちらかがなければ、魔物は1分後にポリゴンとなり魔石のみ残して消え、動物はそのまま残るシステムになっているが、『採取』スキルを持っていないソロないしパーティーは、(ホボ)皆無なので、ある孤島でのみ見られる現象となっているのは別の話。

ところで、『解体』スキルをもっていなかった頃の薫達がなぜ、この現象に遭遇していないかと言うと、

魔物を倒した後1分以内に、何らかの解体行為を行なえば、その現象がキャンセルされる仕様だからだ。



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