2ヶ月と2日目
扉を潜ると正面に大きな木調のカウンターが鎮座している。
そのカウンターの向こうでは地球上ではありえない色彩の人間が忙しそうに立ち働いている。
左手には大きな掲示板に無数の紙が貼り出されている。
右手は、休憩スペースだろうか。10程のテーブルが等間隔に置かれているが、椅子はない。
その奥には2階へあがる階段が見えるが、スタッフオンリーの為か、ロープで仕切られている。
冒険者ギルドである。
薫と彩加は天音達『聖なる乙男』のメンバーに冒険者ギルドを案内してもら予定で来訪したのだ。
『聖なる乙男』は昨日、薫達をこのシュトーまで連れてきてくれたパーティーの名称である。
メンバーは、パーティーリーダーのパオパオ。切り込み隊長の天音。火力担当のアポ騎士。こちらはパーティー内のお笑い担当でもあるらしい。
寡黙な弓と回復魔法の使い手の正人。支援魔法と攻撃魔法使いのあっきー。お笑い担当のもう1人、攻撃魔法使いのもっち吉の6人で構成されている。
「クエストは関連のクエストを達成すれば、その分野の文化水準が上がるわ。文明の発達には他にも、人口の増加だったり、孤島の発展だったりの要因はあるみたいだけど、手っ取り早いのは、進んで欲しい分野のクエストをこなすことね。今は、戦闘と鍛冶・服飾のクエスト中心に消化されてるわ。
だから、武器はそこそこの性能になってる。」
天音がクエストボードの前で丁寧に説明していく。
パオパオは、右手の休憩スペースに知り合いがいたらしく、先ほど離れていった。
おちゃらけた性格の者が多い『聖なる乙男』を率いていくには、それなりの情報収集力とリーダーシップ、冷静な判断力が試されるのだろう。
パオパオはいつも周りをよく見ており、交友関係も広く持って行動しているのがうかがいしれる。
『服飾は、コスプレマニアがギルドを作って総力を挙げて取り組み中。』
との聞き捨てならない、もっち吉のコメントは全員でスルーすることになるのだが、別の意味でそのコメントが耳に入っていない人物がいた。
「薫ちゃん!」
期待の篭った目で彩加は薫を見つめる。
「なになに?」
「とりあえず料理の改善!!パンは柔らかく!せめてホワイトシチューぐらいは普通に食べたい!!」
彩加の叫びに、一瞬周りはポカンとするが、勘のいいものはその叫びの意味を理解した。
「オレ、から揚げが食べたいです。」
ぼぞっと正人。
「カレー、カレー」
歌うように言うのはアポ騎士。
「牛丼・・・」
遠い目でうっとりするのは、先ほどの馬鹿発言がうそのような『聖なる乙男』のお笑い担当2のもっち吉。
われ先にと薫に期待を込めた眼差しで詰め寄っていく。
その必死さには言いだしっぺである彩加を引かせてしまうぐらいだ。
「努力してみよう。」
薫は、顔をひきつらせて手近に貼り出されている『新料理作成』クエストを手にすることとなった。
クエスト 『新料理作成』
新しい料理を提出。美味しければなんでも可。料理とレシピ両方が望ましいがどちらか一方でも可。
報酬:500G 追加報酬あり
宿に帰った薫は、厨房に収まった。
昨日、さっそく女将に交渉して自分の場所としていたのだ。
彩加は簡単な討伐系のクエストを、『聖なる乙男』達はここから半日程行った場所へ採取に出かけるNPC職人の護衛のクエストを受けて、それぞれ街の外へと出て行った。
朝一番で、教会で死に戻り時の復活ポイントを設定してきたので、彩加も気兼ねなく1人で狩りに出ることができるようになったのである。
その前に、きちんと『補助魔法/空間拡張』スキルで鞄を50Kgまでの容量を持つようにしてもらえるクエストを受けたことは言うまでもない。
本来、街から始めるプレイヤーが一番に受けるクエストでもあるのだから当然である。
早速、厨房に陣取った薫は、魔石を売ったお金で買ってきた食材を並べる。
この『シュトー』にも食材だけは多く売られていた。
プレイヤー達がこれまでの2ヶ月で頑張った成果である。
それが、未だに美味しい料理に繋がっていないことは実に残念であった。
トメト、たまたま、ピーマン、にんじん、 たまごっち・・・。
トメトは『冀望』で一般的に食べられるもので、薄緑色をしているが、一般的なトマトの形と味をしている。
薫はそのトメトを、火で炙って皮をはじけさせ剥き、みじん切りにしてからすり鉢ですり、ザルで漉した物を鍋に入れていく。
さらに、魔物『たま』のナニ、男性の3本目の足(?)である『たまたま』もきれいに剥いて、みじん切りにしてトメトと同じなべに入れる。
『たま』は シュトーの周辺に多く生息しているLv5~10の弱い魔物である。
『たまたま』のみじん切りとは、現実世界でいうところのタマネギのみじん切りである。
女将さんが見守る中、薫は『生活魔法・水』で鍋を水で満たし、強火で煮込んでいく。
女将さんと雑談というなの情報収集をおこないながら、薫は鍋を時折かき混ぜ、水分が半量ぐらいに減ったところで、ダンジョンがあった森で採取した数種の薬草を刻んで加えていく。
ドロドロに煮詰まったら、薄緑色のトメトケチャップの出来上がりである。
さすがにトメトの元の色を変化させることは無理だったらしく、赤くならなかったが、味見する限りケチャップ味なので、そこは味覚が視覚に引きずられないことを期待するしかないようだ。
女将さんに「美味しい」のお墨付きをもらった薫はさらに作業を進めていく。
たまたま、ピーマン、にんじんをスライスし、自家製ウッシーの燻製肉と一緒に炒める。
味付けはシンプルに塩・胡椒のみ。
しかし、なにげに子供の嫌いな野菜はそのままのネーミングなのが運営の悪意を感じる気がする薫である。
後は、芸術的な手さばきで、焼いた『たまごっち』で包んで薄緑色のトメトケチャップをかければ出来上がりである。
この『たまごっち』は、『トト』といわれる魔物の頭にトサカよろしく付いているもので、鶉のたまごぐらいの大きさではあるが、味は鶏卵に似ている。
これまた、『トト』も『たま』同様、低レベル魔物である。
『トト』も『たま』も両方共このシュトーではよく見られる食材なのだが、『たまたま』はスープに入れられることはあるっても、『たまごっち』が調理されているのを見たことがある『時の旅人』はいない。
それもそのはず、おそろしいことに、この『たまごっち』、殻のまま生で丸呑みが一般的とされているのだ。
よって実のところ『冀望』でも需要のある食材ではない。
女将さんも薫が『たまごっち』を作業台の上に並べたときには顔が引きつっていたのだが、そのうち薫の美貌にしか目がいかなくなったので料理が出来上がって口にしても、自分が何を食べているのか、はっきりと把握していなかった。
それよりなにより、出来あがったオムレツは黄色に薄緑色。
一応、食欲をそそられる色合いではある。
あるが・・・
上に乗っているのがトマトケチャップと思わなければ・・・。
ログから昨日取得した『写筆』スキルでレシピを複写し、もう一度材料を用意し、今度はスキルでオムレツを作った薫は、そのまま冒険者ギルドでクエスト達成の報酬を受け取った。
昨日の夜、彩加と2人で取得した『写筆』スキルでレシピを作り実行したときの失敗は、もちろん誰かに気取られるようなことはしない。
実は、スキルは発動するのに、材料とレシピ、そして”道具”がなければ発動しなかったのだ。
そして、さらなる衝撃が『入れ物』の存在であった。
昨日は、『調剤』スキルの検証を行ったのだが、まず、材料とレシピをおいて発動するも不発。
薫は、少し考えた後、すり鉢と材料、レシピをおいて発動すれば、『生命薬Lv0』が作成されたのだ。
しかし、作成はされたが、机の上に作成されたもので水溜りを作る羽目になった。
作成物を入れる『入れ物』も必須だったのだ。
普通は、容器はどこからとも無く勝手に現れるものなのに・・・それがファンタジー・・・と、彩加は最後まで納得いてない様子であったが、薫はどこか納得していた。
2日後。
「薫さん、東区画の食堂でオムレツがメニューになってたそうなんですが何かしました?」
思慮深い眼差しでパオパオが厨房の中にいる薫に問いかける一幕があった。
なぜ、クエストで街を離れていたパオパオが帰って来たその日に、多数ある食堂の1メニューまで知っていすのかは謎ではある。
「一昨日、『新料理作成』クエストでオムレツを提出したが、それかな。」
「・・・」
「ちょっっ、なんで一昨日 達成されたクエストが今日反映されてるんですか?」
思案げに黙り込んだパオパオの側からアポ騎士のすっとんきょな声があがる。
間抜けな声ではあるが、誰一人『聖なる乙男』のメンバーは突っ込まない。
当たり前である、みな、同じ驚きを抱えているのだから。
1人蚊帳の外で、シチューを美味しそうにぱくついてる彩加は論外である。
「一昨日 も天音が説明したとは思うのですが、普通はクエスト達成後ゆるやかに変化していくものなんです。大体、このシュトーで1ヶ月ぐらいです。それは、NPCが試行錯誤して研究する為に必要な時間といわれています。」
「レシピも一緒に渡したからかな?」
「・・・」
冷静さを心がけて説明するパオパオの心情など、どこ吹く風で薫が爆弾を投下する。
全員、唖然である。
あっきーなどかわいく開いた口が閉じる気配すらない。
天音など、一昨日 の私の説明は・・・などと頭を抱え込んでいる。
「天音さんが、ログを複製したらOKかもって言われてたから、レシピ作れるか実験したんだよねー。」
ねーとかわいくコテンと首を倒し薫に同意を求める彩加。
その仕草はたまらなくかわいい。
思わずハグしてなでなでしたい衝動に駆られてしまうかわいさである。
しかし、言っていることは全然かわいくない。
βの時から数えて、1年2ヶ月。
まったく作成できなかったレシピが、レシピがなにかも知らなかった人間にいとも容易く作成されてしまったのだ。
『聖なる乙男』のメンバーはまだいい。
所詮、戦闘特化の廃ゲーマの集まりである。
しかし、これを聞いた生産系プレーヤーはどう思うだろう。
何人かの親しくしている廃生産プレーヤーの顔が浮かんでは消えて、切なくなってくるパオパオであった。
「どうやったか教えていただいてもよろしいでしょうか」
どうやら、我々、『聖なる乙男』はとんでもない人間に助けられたらしい。
偉人とされてきた人間はこういった人達なのだろう。
ちょっと涙目になりながらパオパオは、無駄を承知で聞いてみる。
スキルの取得方法は、それがレアであればあるほど秘匿されることが多い。
それは、自分だけが持つ特権であり強さに繋がるものなのだから仕方がないといえる。
しかし、このレシピに関しては、その気持ちを抑えてでも協力してもらわねばならない。
1ヶ月かかっていたレシピの再現が1日で出来てしまうのだから。
それは、文明が爆発的に発展することを意味している。
手間取っている遺跡探査も、フィールドの散策も、もっと活発的に出来るようになるということでもある。
「『写筆』スキルでログから書き写しただけですよ。」
パオパオの内心とは裏腹にあっさりと教えてもらった事実は、しかし、さっぱり理解出来ないものだった。
そもそも、この『冀望』は、ありとあらゆるスキルが存在する。
その数、数百とも数千とも言われている。
よって、聞いたこともないスキルが存在するのも当然である。
しかし、レシピなど、重要度の高い必須アイテムの作成にかかわるスキルが聞いたこともないスキルと言うのは問題である。
いや、聞いたこともないスキルが必須だから、レシピが作成されないのは致し方ないのかもしれない・・・
パオパオの思考はあらぬ方向に向かって加速していくこととなった。
「その『写筆』スキルはどうやって取得できたんですか?」
遠い世界に旅立った常識人のパオパオの後を次いだのは意外な人物、あっきーであった。
あっきーはド天然で空気を読めない代わりにピンチにも強い。
危機的状況に陥ったときに、自分の仕事をマイペースにこなしてくれる存在はありがたく頼もしい。
「私は、100KBの外部データを全て紙に書き写したら取得可能になってました。たぶん、それ以外考えられないんですけど。」
「私も同じだね。それプラス、ログからレシピを普通に手書きで書き写してたかな。」
彩加が遠い目で答えると、薫も追従する。
薫のようにログからレシピを手書きで写す行為はみながしている。
しかし、1度作ったレシピは2度、3度と写すことはしない。
あたりまえだ。
書き写したとしてスキル発動に必要なレシピとならないのであれば、配合を書き写すだけで十分である。
そもそも手書きという行為に慣れているものはそう多くはない。
それどころか、このゲーム世界で初めて体験したものもいるくらいだ。
慣れない人間は冒険者カードのメモに書き写している者もいる。
1品の製作で1度しか書き写さないのであれば、たとえ1年でも絶対的な複写量は多くない。
絶対的に書き写す量が少なかったのが、『写筆』スキル取得までいたらなかった敗因であったようだ。
しかし、気の長い廃生産者の中には2年3年すれば、取得できるスキルである。
「そのこと、他のプレイヤーに教えてかまわないだろうか・・・」
これはなんとしても広めなければならない事実である。
しかしパオパオの声には張りも勢いもなかった。
驚き疲れすぎて、いや、攻略サイトでの白熱していた過去の自分が惨めになっただけかもしれないが、兎に角、もうこの話をパオパオは終わらせたかった。
かまいませんよ。という薫の言葉に甘えて、パオパオは自分の部屋に引き上げた。
薫が、また、夕食をとってないパオパオの為にサンドイッチを手渡してくれたのがさらに涙を誘う。
哀愁漂うパオパオの背中が印象的であった。
酒があれば、パオパオは間違いなく自棄酒をしていたであろう。




