2ヶ月と1日目
「森の中のほうがおいしいよ。」
やっとの思いで、街を見つけ手ごろな宿屋に落ち着いた2人はさっそく食事にありついていた。
その結果、彩加の声は泣きそうである。
「そろそろ、どっかの街に行かない?」
「そうだな。小麦粉もかなり前になくなったし、調味料もそろそろなくなりそうだし。」
レベル的にダンジョン周辺の森の中での戦闘も余裕になってきたこともあり、そんな会話がかわされた後、2人はダンジョンの入り口をつたなどで覆い、出発した。
裏には、塩・砂糖・胡椒のみの味付けにうんざりしたという事情が見え隠れしていた。
それでなくともプロ並みの料理の腕前を持つ薫が設備の整った状態で高級食材をふんだんに使って調理してたものを普段は食べていたのだ。
いくら薫の腕をもってしても基本塩・砂糖・胡椒とわずかに取れる香草類のみでは工夫するにも限界はくる。
主食がないのも追い討ちになっていた。
逆によく一月もったものである。薫の料理の腕前のなせる業であろう。
そういった諸事情で街に出てきてみた者にしてみれば悲しい限りの食事である。
ダンジョンを離れてあてどなく街を探して26日。
たまたま知り合ったパーティーに案内されてたどり着いた、人族の首都『シュトー』。
城門の兵士に確認したお勧めの料理の美味しい宿屋での一幕なのだ。この街の程度がしれよう。
2人が頼んだのはスープと硬いパンのA定食。悲しいかなこの1択であった。
初期所持品のパンの硬さは保存の観点からかと思っていたのだが、よもや、一般的なものだったとは思いもよらず打ちのめされることになった2人である。
因みにこのパン、そのままズバリ『パンの木』というそこら中にいる動かない魔物から採取できる。
このパン、あまりの固さにスープに浸してふやかして食べるしかないのだが、このスープがまた酷い。素材の味を生かした料理と言えば聞こえは良いが、ようは、うすい塩水で材料を煮込んだだけの代物だ。
薫は、パンを浸すことを前提に、スープはホワイトシチューにしたりと工夫をこらしていた。
または、パンでグラタンをつくっていた。
「この『冀望』世界は、各種族が長い間戦争を繰り返して数を減らしてきたところに、魔物を生み出すことの出来る何者かが、一気に世界中に攻め込んで来たことによって、さらに人口を減らすことになったんだって。これが魔物の王の誕生秘話ね。その時にスキル持ちも減って、一気に文明が衰退・・・そういう設定らしいわ。衰退というよりは壊滅だけどね。料理なんかまだいいほう、食べられないこともないんだから。屋台なんかの『ウマウマ』の串焼きなんかは結構いけるわよ。その点、武器や薬は死活問題よ。
遺跡からは結構いい武器がでるんだけど、遺跡にもぐる為の武器の調達や耐久値回復に苦労してるわ。まだまだ、遺跡の目的もなにも解明されてないしね。各種薬は魔法スキルで代用出来るから今のところなんとかなってるけどね。」
彩加のあまりの悲しそうな顔を見ながら、親切に『シュトー』に連れてきてくれた彼女は現状の解説をしてくれる。
彼女の名は、天音。
彼女の自己紹介によると、ここ『シュトー』の攻略組のトッププレイヤーの1人らしい。
βテスタからの参加組みで種族は獣人。
頭頂部に付いた耳と、背中のほうでたまに揺れる尻尾を見る限り猫系統の種族のようだ。
街の方向がわからずさ迷っていた2人は、偶然フィールドボスによって全滅しかかっていた天音達のパーティーと遭遇し、助けたのだ。
天音達も夜の森で遺跡帰りの装備が限界に近い状態の不意打ちという悪い条件が重なった状態でなければ、余裕とまではいかないまでも普通に撃破出来ていたレベルの敵ではあったのだが、全滅を間逃れた天音達の感謝のしようはすごかった。
これでも攻略組みの中でもトップクラスのパーティーである。
いくらフィールドボスといえども、始まりの街周辺で出没する魔物に全滅させられるほどレベルは低くはない。
実際、天音達『聖なる乙男』と言えばβテスタの頃からしばしば名前が攻略掲示板に上るほどである。
思慮深いリーダー、パオパオが率いるにしては”ふざけた”メンバーが多い、いや、それしかいないということで、とある掲示板に高頻出しているのは、暗黙のうちにメンバー内で禁句となっているのは別の話。
トッププレーヤーとしてのプライドがたもたれたこと。
なにより、全滅による、装備品と経験値の消失は、この段階ではかなり手痛い出費となる。
それらから間逃れたのはありがたい。
下手をすれば、数日遺跡にもぐった分がチャラになってしまう可能性もあったのだ。
天音たちにしてみれば感謝してもしきれないといったとこらだろう。
なんにしても死に戻りを回避できたことに感謝して、『シュトー』まで案内をしてくれただけでなく、城門の入場料まで代払いしてもらえたのは、薫たちにとっても幸運だった。
「まだ、ここなんか首都といわれるだけあってマシよ。村なんか行ったら、NPCもほぼ見かけないぐらい過疎ってるわ。もちろん宿屋なんかもないから、民家に泊めてもらったり野宿だったりだし。」
トッププレイヤーを名乗るだけあって、すでに首都を離れ色々廻っているらしい。
しかし、彩加の目が徐々に遠くを見つめだしていた。
森の中の食事でも我慢の限界だったのに、それ以上酷くなるのは、この先やっていけるのか不安で仕方がない様子である。
「まっ、慣れよ慣れ。ストーリーが進めばNPCも増えてくるし、クエスト消化すればNPCが生活を向上してくるんだし。」
からから笑う天音に彩加は力なく笑い返すしかなかった。
「ここは人間の街だから、生産系も平均的に発展するからましなはずよ。」
NPCの街の発展の仕方も、種族属性に由来することが多々あるらしい。
『冀望』は基本、討伐系・護衛系といったクエストをこなせば徐々にストーリーが進んでいき、いわゆる、お使い系と言われるクエストをこなせばNPC売りの商品がレベルアップしていく仕組みである。
ただし、種族属性によりNPCの成長の度合いが違うので一概に言えない。
生産系が苦手な獣人の街になれば、鍛冶や服飾のクエストをこなしてもその影響が街に出るのは2ヶ月も3ヶ月も先である。まったく逆に生産系が得意なドワーフの街は半月ほどで結果はでてくる。
人間の街では得意不得意がない分、全てが平均的に発展していくことになる。
「ただ、生産プレイヤーが少ないんだけどね。」
βテストの時は、全プレーヤーが人間の街始まりだったこともあり、発展も早かった為、「現状、こんなに苦労するとは思わなかった」と乾いた笑いをもらす天音の言葉は聞かなかったことにしたい薫と彩加である。
「生産系のスキル持ちが少ないのはどうしてですか?」
『首都』に来る道中にも色々この『冀望』の世界について教えてもらっていたのだが、まだまだ知らないことは多いようだ。
「生産系のスキルは基本材料とレシピが必要になるわ。そのレシピが手に入らないのよ。レシピはもちろんNPCの店で売っているけど、例えばこの『スープ』のレシピが70Gぐらいで買えたとして、材料その他もろもろが50G、結局、原価は120Gかかることになるわ。それも自分で狩りに行ったことが前提でね。でも、実際、ここのメニュー表を見れば解るとおり100Gで売られているわ。コストパフォーマンスが悪いとかそんなレベルじゃなく赤字にしかならないの。レシピが多く出回っていたβテストの時ですらそんな感じだったの。
ま、これは極端な例で、鍛冶なんかはもう少しましね。そもそもNPC売りがたいした性能の物は売ってないから性能が良いものはプレイヤーがどんなに高値をつけて売ってもそれなりに売れているのが現状ね。」
この『シュトー』には、その鍛冶をする生産プレイヤーすらいないのだけど・・・と続ける天音。
そもそも本サービスで生産をしようという人間は、攻略サイトの影響もあってβテスターの廃人しかいないのが現状である。
βテストのレシピが今より豊富にあった頃ですら生産は敷居の高いスキルが多かったのだ。
βテスターはGのみ引継ぎが出来るので、本サービスからの人間よりは有利である。
そもそも、多少の赤字はスキルアップの為と割り切れる人間出なければ、この『冀望』世界で生産職などやってられないというのが大方の意見である。
薫達の問いに慣れたように次々答えを返す天音。
普段から頼られたることが多いことがうかがいしれる。
レシピは基本、1度に1枚消費することとなる。
鍛冶などは何故かNPC売り武器より良い性能のレシピが売られていることもあるのだが、料理などはNPC売りと同レベルのものしか売られていないのも料理スキル、調剤スキルをさらに不遇スキルにしている。
そして本編はさらにそのレシピの数を減らしていた。
「レシピはログやレシピから複製可能ってうわさもあるけど、作れたって聞いたことはないわね。」
なにげない天音の言葉に薫と彩加は顔を見合わせることとなるのだが、根っからの戦闘廃人の天音はもともと生産に興味はなく、あくまで噂は噂として軽口のつもりで情報補足しただけにすぎない。
そもそもその噂も、βテストの時に「1度作ったものはレシピに出来る」とNPCが話してるのを小耳に挟んだプレーヤーが四苦八苦している生産系プレーヤーの掲示板にあざけり半分投下したことから推論に推論を重ねたもので推論の域を出ないのである。
料理や調剤・服飾・彫金のレシピが少ないのは、鍛冶と違い、100家庭あれば100種のカレーがあるように料理等のレシピは人それぞれ違うレシピがあるだろうからと運営から出すレシピの数を絞ったという裏事情があったのだが、レシピ作成が確立出来ていない以上、この気遣いは大きなお世話以外の何ものでもない。
さらなる雑談の中で、なぜ人族の首都に獣人の天音がいるかというとことが話題となった。
天音いわく、ファミリー登録やパーティー登録をしておけばその中の最多種族の街から全員が始められるとのこと。
私達は全員βテストの時からパーティー組んでるからと笑う天音。
対照的に彩加は一気に地獄へと突き落とされたようだ。
彩加は街始まりの場合、選択した種族の首都から始まると思い込んでいたので、薫と一緒の場所から始める為にダンジョンからの開始にしたのだが、これがまったくの無駄だったことを知ることとなったのだ。
色々と雑談といいながらも一方的に2人に有益な情報をもらって天音達『聖なる乙男』メンバーとフレンド登録をして別れた。
因みにフレンド登録は、冒険者ギルドに登録すればカードがもらえることによって出来るようになった。
この冒険者カード、高機能が搭載されており、自分のステータスとログが見れる。
さらにフレンドリストに登録された人間とは1人ないし複数人とメールのやり取りが出来る優れもの。
蛇足として、冒険者ギルドの仕組みは次のようなものである。
冒険者ランクは、Fから始まりA、AA、AAAを経て最高ランクはS。
ランクに見合ったクエストを消化していくことにより報酬とランクアップが得られるというオーソドックスなものである。
冒険者ランクが上がれば、数々の恩恵に預かれるのだが、現時点では受けるほどの恩恵もないの上に低ランククエストは赤字となることも少なくないので、あまり積極的にクエスト消化がされてないのが現状である。
その反面、クエストが達成されるごとに文明が発達するので疎かにできなという側面もあるのだ。
ただでさえ金銭的に厳しい序盤でのこの仕様をみても、このゲームの嫌らしさがわかるというものだ。




