13日目
焚火の炎に透き通るほど白い端整な横顔が照らされている。
その横では、小さな毛皮にくるまった少女が幸せそうに眠っている。
静かな石室の中、焚き木の爆ぜる音と何かをすり潰す音のみが聞こえている。
薫が、採取した「どんぐり」をすり鉢で粗くつぶしているのだ。
手際よくするつぶした後は、沸騰した湯にいれ煮出す。
これでタンニンが抽出できるはずである。
平行して、ボールに砂をいれ、さらに大きなボールの中に入れた水の中で揺り動かし、重さの違いを利用して砂鉄を採集する。
薫は迷うことなく作業を続けていく。
砂を入れたボールを水中で前後に揺らし表面の軽い土砂をボールの外に追い出すことを数回繰り返す。
薫のこの作業が上手くいけば、残ったのが、ほぼ砂鉄であるはずだ。
比重は、水が1に対して、確か砂鉄が5、自然銀が10、自然金が19程であったと薫は記憶している。
磁石がないので、きちんと砂鉄を選別できないが、この場合はある程度酸化鉄があればよいので、薫は選別した砂鉄をそのままどんぐりを煮出した液に入れていく。
「黒くならないな。失敗か・・・
理論通りなら、砂鉄がタンニン酸に反応し酸化鉄となって黒くなるはずなんだが。」
薫は、簡単な化学反応をおこそうとしているのだ。
「この世界では化学反応が起こらないのか・・・いや、酵母が出来たぐらいだから、現実世界での化学反応ぐらい網羅されているはずだ。
ならば・・・砂鉄を熱っして酸化させるか?だが、砂鉄はすでに酸化鉄であるし・・・。
砂鉄の量を増やしてみるか?
いっそ彩加に頼んで高火力で製鉄してみるか・・・?」
薫のつぶやきと共に夜の帳は深けていく。
「本当に詳しいよね。」
数日後、インクの完成報告を受けた彩加は、あきれをにじませてつぶやいた。
「昔、『無人島体験ツアー』に親子参加の決まった社長の下調べとして一緒に連れてかれたからな。」
薫は遠い目になる。
面白いことは正義の社長の琴線に何が触れたのか解らない。
もしくは父としての威厳を保つための下準備だったのかもしれない。
「死ぬかと思った」
仕事終わりにそのままスーツ姿のまま拉致され、無人島に連れて行かれたのだ。
いつのまに許可書をとっていたのかも謎であるが、それを可能にしてしまっているのが社長の社長たる由縁かもしれない。
『あの時程、タバコ吸ってって良かったと思ったことはない。』とは、後の薫談である。
禁煙・分煙が叫ばれる時代はさり、喫煙者は悪とまでされる時代である。
悲しいかな、今は殆ど出回っていないジッポライターで火を着ければ、即スクリンプラー作動のご時勢である。
それでも、薫は煙草をやめられずにいた。
1日数回、煙をくゆらせる時間だけが薫の唯一の私的時間であった。
まだ、肌寒さが残る3月のことである。
島に上陸してすぐ、2日後に迎えにくることを言い置いて船は帰っていき、月が海に浮かび上がるとても幻想的な風景のなか、静かに無人島探検の火蓋は切って落とされることとなった。
無人島探検企画なのに夏休みではなく春休みに企画されていたのが今でも謎であるが、そのために3月初旬のまだまだ肌寒い季節にスーツと革靴で無人島探検をすることになった薫達にとっては、小一時間問い詰めたいところである。
因みに、勤勉に残業していたことにより運悪く拉致された社員は薫を含めて5人になる。
そのうちの1人がアーミー・ナイフを所持していてくれていたのも生き残れた要因であろう。
今でもその社員は英雄として崇められているのは別の話。
あの時、ライターがなければ火もおこせず、男ばかりで抱き合って温めあうことになり、社の腐女子を無駄に喜ばせる結果になっていたであろう。
それぐらいならまだしも、最悪、低体温症で死んでいたのではないだろうか。
それ以来、薫は誰に言い訳することなくタバコを大手を振って吸っている。(会社と自宅以外は相変わらず吸えないが)
社ではみな無人島事件を知っているので、薫のタバコにだけは目をつぶってくれている。
言い訳としてはこじつけであるが、それでもまかり通ってしまう”いい訳”なのだ。
無人島弾丸ツアーがどれだけ過酷だったか物語っていよう。
薫が遠い目になるのもうなずける話である。
インク完成時にやけくそ気味に言った彩加のつぶやきは思わぬ地雷であったようで、彩加をあわてさせた。
それと同時に、いつでもクールに母親のわがままを受け入れている父親の姿しか見ていない彩加にとっては新鮮な驚きでもあった。
もっとも、その”ひょうひょう”としているところが、ある一定の人間にとっては誘蛾灯のような役割を果たしているようである。
『あいつに、いつ無茶振りしても、涼しい顔してさらっとこなしやがるから、どこまで出来るか試したくなるんだよな』
とは、件の社長の談である。
さすがに弾丸無人島探検ツアーの時には布や紙、はたまたインクまで作る必要はなかったのだが、生還した時に薫は調べたのだ。
いつ何時、今度は弾丸自給自足サバイバル生活に叩き込まれるやもしれないという恐怖感がそうさせたのだ。
あの社長ならばやりかねない。
2日過ごせせたのだから、1年ぐらい平気だろうと被験者よろしくされそうだ。
いや、「無人島買ったから管理よろしく。」なんて肩を気軽に叩かれることもありうる。
セスナで出社すればいいからと笑って言いそうだ。
知識はあって損はない。
薫はそういった危機感から着々とサラリーマン生活では必要のない知識を身につけていくのだ。




