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8日目

薫は、朝からナイフや昨日取れた『ウッシー』の骨などを並べて難しい顔をしていた。

左手は顎にそえられ、その人差し指が一定のリズムを刻みながら頬を打っている。

ごくごく身近な人間にしか分からないが、その眉間には僅にシワが寄っている。

目を覚ました正面で父親が、そんな様子なのだ。

彩加にしてみれば何事かと思う。


「どうしたの?」

「いや、骨で槍をつくるか、このままナイフだけでいくか考えてただけだ。」


起きたのならご飯にしようっと薫は目の前のアイテムを片付け、その代わりに硬いパンを昨晩作ったミルクシチューで煮込んだものを並べる。


「槍の方がいいんじゃないかな?」


無言のままシチューを平らげて、スプーンを置くと彩加はおもむろに先ほどの会話の続きを始める。


「このゲーム、感覚がかなりリアルに表現されるらしいから、接近戦だと辛いと思うよ。

私は、そのために『神速』スキルとって、スピードで相手の攻撃をかわそうっていう計画。

まだ、魔物の攻撃を受けるようなことしてないからわかんだいけど・・・。

たぶん、街に出たら痛みが軽減されるようなスキル取ると思う。」


薫の続けろという目線に答えて自説を説く彩加。


実際、彩加のような考えのプレイヤーは多い。

特に家具に取り付けた対人接触防止機能や自身の四肢に装着した対物シールドに慣れ親しんだ者達はちょっとした痛みにも弱い。

少し深爪しただけで病院に行く人間は後を絶たないのである。

運営側もそれを考慮して多くの痛みを軽減させるスキルや、そもそも攻撃を受けないようなスキルを多く揃えている。

しかし、それらのスキルは運営の目指すところの対極にあるため、取得に必要なスキルポイントが高めに設定されている。

現に彩加もそれらのスキルを初期に取得したかったのだが、ポイント不足のため『神速』スキルで妥協したのだ。


「しかし、格闘技は慣れているからな。」


薫は『古武術』を習っている。

『古武術』とは格闘技の総称である。

数百年前からの風潮として、道具を使う使わないに関わらず、古い言葉で言う、肉体と肉体がぶつかり合う競技ないしその行為は野蛮とされ敬遠されるようになっているのだ。

今では、スポーツとして、おこなうことも見ることもなくなった分野である。

しかし、現在ではその存在自体希少な格闘技であるが、存在しないわけではない。

一部のマニアックな人間や、特殊な職業に就いている人間が細々と伝承している。

薫はそのマニアックな人間の1人として、その業界に片足を突っ込んでいた。

いや、薫にしてみれば職業柄、その門を叩いただけで、決して好き好んで始めたわけではないといいたいだろうが、結構楽しんでいる時点で、やはりマイノリティに分類されることとなる。


「殴ったり、蹴ったりすると、自分も痛いんでしょ?」


対して、彩加は格闘技どころか痛み自体を知らない人間だ。

彩加が知っている痛みはVRゲームの中で受ける最大限に緩和された痛みのみである。

感覚的には、少し強く押された程度の衝撃である。

それにしても、同年代の人間よりは痛みを知っている方とされる。


彩加が生まれた時には、すでに対物シールドを四肢に装着することが義務付けられていた。

故意にしろ故意でないにしろ、子供というものは往々にして大小様々な怪我をするものだ。

寝返りをうった先に玩具が転がっており痛い目にあったり、歩き出したと思ったら頭が重くてひっくり返ったり。

先人達はそういった経験から子供は学び育っていくものだと言ったが、今の時代は違う。

しなくていい怪我ならしないほうがいい。痛みを知らないですむならそれに越したことはない。

先人達は、自分たちの技術力が劣っていた言い訳として先述のような暴論を吐いているのだと。

子供のあらゆる危険は、大人が全て事前に取り除いてやるべき事柄である。

寝返りをうった先に玩具が転がっており痛い目にあうのであれば、玩具に対人接触防止機能を埋め込み、ぶつかる前に玩具を保護材で包んでしまえばいいのだ、と。

体のバランスが悪くてひっくり返ったるのであれば、その四肢に対物シールドを装着させ、床と体の間に緩衝するシールドをはり体を保護すればいいのだ、と。

今の時代の論調である。


成人すれば、対物シールドを取り外すことも可能だが、そういった人間はごくごく少数派である。

そして、その少数派の中に薫の上司がいるのだ。

もともと薫が子供の頃は、対物シールドの装着はまだ義務化されていなかったことも相まって、薫達以上の年代は対物シールドを装着していない者も少なくはない。

薫もその1人であった。

しかし、それが上流階級の人間ともなれば別の話しとなる。

誘拐や暗殺などの犯罪から身を守る為にも、対物シールドを、それもかなり高性能な、を装着しているものだ。

もちろん薫の上司もそういった階級の人間にあたるのだが・・・。


そういった事情から、社長の傍にいることの多い秘書課の男は全員『古武術』やシューティングを極めることが義務となってしまっていた。


結局、試してみないと判断つかないことから、この日、この案件は先送りとなる。

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