7日目
「『炎よ集え 炎火』」
「『・・・・ 水球』」
浪々とした詠唱との後に、口の中でボソボソとつぶやくような詠唱が続く。
逆さに吊り上げられた生き物の胴体が派手な炎に包まれれば、間髪入れずにその顔が水の球で覆われる。
2人がいるのは、3畳ほどのツリーハウスもどきの床上である。
幹と幹の間に丸太を渡して土台とし、その上に細めの木の枝を組んだだけの代物で、昨日、薫が指示を出し、彩加が薫の指示のもと不安定な木の上で斧をふるって、半日かけて作り上げたものだ。
レベルも少し上がり、探索に乗り出すこととなった2人だが、まだまだここら辺の魔物に襲われれば即死しそうな雰囲気が漂っていた為、木の上を忍者よろしく移動していた。
しかし、ここで問題が生じたのだ。
薫の種族である。
種族特性の為、日の光が燦々と降り注ぐ日中の移動は、30分で限界がきた。
そもそも、未だに魔法攻撃の一撃とまでの贅沢はいわないものの、逃げられる前に仕留めるということが出来ない以上、罠をはって魔物の動きを止め、狩りを行うしか方法はない。
その為に、罠を張れる拠点を製作することで落ち着いた。
幸いすぐに獣道らしきものは発見できたので、その上に丸太を渡せそうな木を選別してツリーハウスもどきを製作したのだ。
今日その床上で、薫は雑草を編んで作ったロープで引き罠をしかけ朝から寝転び息を潜めること2時間。
薫は牛のような外見に足が8本ある紫色のなんともいえない生き物を吊り上げたのだ。
「『炎よ集え 炎火』」
「『・・・・ 水球』」
先ほどから魔法攻撃と休憩を繰り返しているのだが、逆さにつるされ、結構な魔法攻撃を受けながらなお、牛もどきは7本の足をバタつかせて2人を攻撃しようとしている。
言うまでもない事だが、魔法攻撃には、詠唱と魔方陣が必要となる。
魔方陣は、脳裏に正確に写すことが出来れば必要はないが、単純なものならともかく詠唱しながら複雑な魔方陣を脳裏に浮かべるのは難易度の高い行為である。
よって、2人も魔法書を購入して魔法を発動していたのだが、高レベルエリアに居る現状、どうしても魔法攻撃主体になってしまい、昨日の段階で魔方陣を全て使い切ってしまっていた。
魔法書は、1ページ、1魔方陣、1回限りの使用となるのがかなり痛い。
しかし、救済処置としてか、紙に自分で魔方陣を書いて代用する方法もある。
実際、βテストでは魔法書を買うお金の工面が出来ずらい序盤で多くのプレイヤーが行っていた。
もちろん彩加もそのことは攻略サイトで確認済みであったが、いかんせん紙は魔法書で代用できてもインクがない現状、魔方陣を複製することは不可能であった。
そういった理由から薫と彩加は現在、魔法書を使わずに魔法発動しているのだが、発動率は5割といったところにとどまっている。
しかし、詠唱をおこなった段階で魔力は消費するらしく、かなり苦戦を強いられているのだ。
なお、魔法書が無いので、魔法を唱えるのにポーズが無いのがなんとなく落ちつかなかった彩加は、詠唱後に右手を前に突き出し、胸をそらしぎみにするスタイルをとっている。
反対に薫は静かに獲物を見つめるだけで魔法を発動する。
出来ることなら、詠唱もしたくないのだが、さすがにそれは難易度が高いらしく、口の中で音を転がすように詠唱するのがやっとである。
ここら辺の差は、世代の差なのか、もともとの資質なのか不明だ。
血なまぐさい臭いが、鼻腔をくすぐる。
6回目の休憩を終えて最初の彩加の魔法攻撃でやっと止めを刺すことが出来た獲物を、休憩を終えた薫が、ツリーハウスの上で解体中である。
「薫ちゃん、薫ちゃん。」
慌てた彩加の声に薫がツリーハウスの下を除けば、少し大きな猫のような臙脂色の生き物と、栗に手足を引っ付けたポリバケツぐらいの生き物が、落ちつかなげに木に足をかけこちらの様子をうかがっている。
薫が解体している魔物の臭いに引かれて来た魔物だ。
2匹を伺い見ていた彩加は、獲物を狙う鋭い目の光に、一瞬ひるむことになる。
後に解ることだが、これが『威圧』スキルである。
「臭いにつられたかな?投げ縄みたいにしてみればどうだ?あっ、・・・。」
体力ゲージの減少による集中力欠如が、薫の判断力を誤らせた。
彩加の提案の最中にうっかりナイフで切り目を入れてしまった箇所から白い液体が零れ落ちる。
「ミルクだ!」
あわててボールで受け止めて鑑定すれば、ミルクであった。
半分以上流れ出てしまったものが木で組んだ床の隙間から下に落ちていく様を薫は未練がましく見つめてしまう。
これだけの量があれば、色々と作れる。
シチューにグラタン。バターやチーズに加工するのもいいかも知れない。
小麦粉の量が少ないのでキッシュやミルクパンはまだ無理か・・・。
限界地を示す体力ゲージを見ながら薫はくだらなくも最重要案件に思いを馳せる。
「駄目・・・」
彩加は、たまに発せられる威圧に内心びくびくしながらカウボーイよろしく下にいる生き物達に先を輪にしたロープを投げてみるが、引っかからない。
それどころか、ロープを足に引っ掛けられ、引きずり下ろされそうになることもあった。
薫が休み休み解体する間、かなり頑張って挑戦していた彩加が根を上げた。
もっとも、今晩のおかずどころか当分の食料は確保できたので薫は満足げであるので、途中から彩加も『火炎』スキル上げ半分っといったところだったのだが。
「気をつけろよ。」
「了解」
そんな会話が交わされる。
解体時の臭いに釣られて寄ってきた魔物達を引っ掛けるのを諦めた彩加は、一休みしてから索に出かけることにしたのだ。
薫が見守る中、猿よろしく器用に枝を伝って行く。
彩加を見送った後、薫も行動を開始した。
こちらは、隣の木に移り、手当たり次第に木の実を採取したかと思いきや、幹に体を結びつけ睡眠をとる。起きれば採取した木の実の鑑定。その繰り返しである。
薫は種族特性のため動きにかなり制限がかかってしまっているのだ。
日の光の中での薫は、いつもの隙のない雰囲気はどこへやら、朝帰りのホストのようである。
そのけだるげな様子が、また男の色気を醸し出しているのだが、残念ながらここには薫しかいない。
薫が5本目の木に移ったところで彩加のご帰還である。
「ただいま。ちょっと向こうに川があって、あっちの方は竹林になてったよ。」
日が傾きだした頃に帰って来た彩加は目を輝かせていた。
薫と違って、やっと満喫出来た『冀望』世界を存分に楽しんだようだ。
この数日のぼやきがうそのような晴れやかな笑顔である。
といっても、まだまだ地上生活は出来そうもないが。
なお、ダンジョンに戻った二人が水晶でステータスを確認すれば、レベルは一気に20まで上がっていた。
もっとも、薫の鑑定で紫の牛もどきの名前もLvも確認できなかったので、かなり高レベルな魔物であったことは推察できたので当然の結果といえた。
ただ、この『ウッシー』の肉、牛肉のような味はすれども焼いてみたら、硬くて噛み切れなかったので、ハンバーグにしてみたのだが、こちらもゴムのような弾力で無理やり飲み込むしかなかった。
さすが高レベルな魔物の肉。
なお、この牛もどき名前はベタに『ウッシー』であった。
鑑定スキルでは確認出来なかったが、鞄に入れれば
名前 ウッシー
効果 ---
と表示されたのだ。
相変わらず不遇な『鑑定』スキルである。
「たぶん、何かのスキルレベルが足りないんじゃないかな?料理とか?」
牛肉料理に期待を込めていただけに肩透かしを食らった彩加である。
綺麗な眉をハの字に下げ、残念そうに成り損ないのハンバーグをつつく。
「まずは、この『ウッシー』を調理出来るようになることを目指すか。」
この後、『ウッシー』の肉は全て薫の手によって燻製にされたが、岩のように硬く食べられたものではなかった。仕方がないので出汁として使用されることとなったのだが、ことりはいい味になったようだ。




