第021話:442ヘルツの公開検死と、完全なる因果応報
「――おいカイル、聞こえてんのか! お前が仕掛けた細工のせいで、俺の120万ゴールドの『紅蓮魔剣』が砕けたんだぞ! 今すぐその背中の木箱から砥石を出して、俺の剣を元通りに繋ぎ合わせろ! そしてあの炎獄竜の壁になって死んでこい、この雑用係がぁっ!!」
地下28層の観戦陣地の前で、泥だらけのガイルが折れた柄を振り回して絶叫する。
その後ろではロゼッタも、破れた毛皮のローブを押さえながら「そうよ、この詐欺師を今すぐ投獄して賠償金を搾り取ってちょうだい!」と金切り声を上げていた。
彼らのすぐ脇にある4台の『魔導投影機』は、赤い稼働ランプを点滅させながら、その一挙手一投足を地上のカルデラ中央広場へと中継し続けている。
前線では、突き飛ばされた領主軍の護衛騎士たちと、『灰色の砦』の盾役ゴードンが必死に大盾を構えて、じりじりと迫る『炎獄竜』と14頭の溶岩トカゲを食い止めていた。だが、それでもあと2分と持たないだろう。
観戦陣地の中央から、ガルガン辺境伯が厳しい表情で立ち上がり、俺の方を見た。
「カイル殿。この極限状況で時間はかけられんが、王都への公式報告と中継を見ている領民の手前、確認せねばならん。……ガイル殿が申している『追放前の破壊工作』というのは、事実か?」
「まさか。俺は自分の研いだ刃に傷をつけるような真似は、死んでもしませんよ」
俺は静かに首を振り、待機陣地の柵をまたいで一歩前へと出た。
そして、ガイルの足元に転がってきていた『紅蓮魔剣イグニス』の最大の破片――長さ15センチほどの赤錆びた刀身の断面を、革手袋をはめた左手で拾い上げた。
「ガイル、お前は俺が『14日後に砕ける呪いの細工をした』と言ったな。だが、鉄は人間と違って絶対に嘘をつかない。特命監査官殿、そして魔導投影機の記録官さん、レンズをこの断面に寄せてくれ」
俺が破片の断面を太陽灯の光の下へ突き出すと、王都ギルドの特命武具監査官がルーペを当てて覗き込み、記録官が投影機のズーム結晶を断面へと密着させた。
地上の巨大スクリーンにも、砕けた神代魔剣の断面がドアップで映し出される。
「まず、この断面の外周1ミリの部分を見てくれ。不自然なガラス質の層が、バウムクーヘンの年輪みたいに『5層』重なっているのが見えるはずだ」
「むっ……た、確かに! 魔力の屈折率が異なる被膜が、5層に分かれて固着している……これは、付与魔術の『硬化付与』の痕跡か!?」
特命監査官が驚きの声を上げた。
俺は懐から純銀の基準音叉(442ヘルツ)を取り出し、鉄床の代わりに自分のバックルでカンッと鳴らしてから、その破片の根元に押し当てた。
――ジジッ、ブツッ……。
音叉の澄んだ442ヘルツの響きは、破片に触れた瞬間に0.2秒で完全に吸収され、濡れた泥を叩いたような不快な雑音へと変わった。
「これが『死に鉄』の音だ。神代魔導武具の内部には、0.05ミリ幅の魔力導管が何千本も走っている。俺が『紅蓮の覇剣』にいた2年間は、毎晩3時間かけて低温炉で刀身を温め、導管に溜まる燃えカス――『魔力澱』を1滴残らず吸い出し、7段階の天然砥石で表面の微細亀裂を削り落としていた」
俺は断面の中心部――黒紫色のタール状の結晶がびっしりと詰まり、スカスカの蜂の巣のように腐食した芯材を指差した。
「だが、14日前に俺を追い出した後、こいつらは一度も魔力澱を抜かなかった。それどころか、刃こぼれして重くなった剣をごまかすために、ロゼッタが5回にわたって表面だけに『硬化付与』を重ね掛けした。その結果、内部に閉じ込められた魔力澱が60度の熱で発酵・膨張し、芯材を内側から腐らせて自爆した。――この5層の硬化膜の年輪こそが、俺が追放された後にロゼッタが素人処置で剣を殺した、言い逃れのできない物理的証拠だ」
「なっ……!?」
特命監査官がルーペを握る手を震わせ、怒りに満ちた目でガイルとロゼッタを睨みつけた。
「5重の硬化付与だと!? 馬鹿な、神代武具への重複硬化は、内部応力を暴走させるため王都ギルドの武具管理規定でも『第1級禁忌』に指定されている初歩中の初歩だぞ! 付与魔術師でありながら、そんなことも知らなかったというのか!?」
「ち、違うわよ! だってガイルが『毎日ピカピカにしろ、重いのをなんとかしろ』って怒鳴るから……!」
ロゼッタが顔面蒼白になって言い訳を始めた瞬間。
後ろに控えていた半ドワーフのミアが、「はい、ここからがトドメよ!」と分厚い羊皮紙の束を掲げて飛び出してきた。
「監査官様、これも見てちょうだい! うちが王都鍛冶ギルドの古い知り合いから取り寄せた、『紅蓮の覇剣』の過去1年間の購買台帳の写しと、カイルが保管していた領収書の控えよ!」
ミアが投影機のレンズの前に、2枚の書類を並べて突きつけた。
「カイルは毎月、あの神代魔剣を維持するために、地下40層産の天然砥石と最高級の『氷晶トカゲの澄まし脂』の代金として、月3万2,000ゴールドを金庫番のロゼッタに請求していたわ。でもね、カイルが追放されるまでの最後の3ヶ月間、ロゼッタが実際に商人から買っていたのは――1瓶たった300ゴールドの『荷馬車の車軸用・粗悪菜種油』だったのよ!」
「……なんだと!?」
その瞬間、誰よりも激しく反応したのは、泥の上に座り込んでいたガイルだった。
ガイルがゆっくりと首を回し、隣にいるロゼッタの腕に巻かれた「真新しい金の腕輪」と「ルビーの指輪」へと視線を落とした。
「おい、ロゼッタ……。俺はお前に、毎月カイルの砥石代として金庫から3万2,000ゴールドを渡していたよな? しかも、カイルが立て替えていた37万8,000ゴールドの精算金も、先月お前に渡したはずだぞ……!?」
「ひっ……あ、あれは、その……」
「計算してあげるわ! ロゼッタはカイルに『経費の決済が遅れてる』って嘘をついて自腹で最高級砥石を買わせ続けた上で、ガイルから受け取った維持費と精算金――合計47万3,100ゴールドを丸ごと横領して、自分の宝石と高級化粧品に変えてたのよ! で、カイルを追い出して自分の横領をチャラにしたってわけ!」
ミアの澄み切った声が、静まり返った戦場と、地上のカルデラ中央広場へ同時に響き渡った。
1秒の沈黙。
次の瞬間、ガイルの顔が赤黒く歪み、猛獣のような咆哮を上げてロゼッタの胸倉へと飛びかかった。
「貴様ぁぁぁぁっ!! ロゼッタ、てめえ俺の金を47万ゴールドも着服して、俺の『紅蓮魔剣』を300ゴールドの馬車油で腐らせたのかぁぁっ!?」
「きゃあああっ、放してよガイル! あんただって『雑用係の金なんか踏み倒して豪華な宿に泊まろうぜ』って言ってたじゃない! 私一人のせいにしないでよ、この役立たずの三男坊!!」
「誰が役立たずだ、この泥棒女がぁっ!!」
観戦陣地の真ん前で、S級パーティーのリーダーと金庫番が、お互いの髪の毛を掴み合い、泥の上を転がりながら殴り合いの仲間割れを始めた。
ダリオとヴェインも「お、俺たちの退職金まで使い込んでたのかよ!」とロゼッタに掴みかかり、もはやパーティーとしての体裁は完全に崩壊していた。
「……見苦しい。これほどまでに愚かで、職人の誇りを踏みにじる連中だったとはな」
ガルガン辺境伯が深い溜息をつき、特命監査官が冷酷な声で宣告した。
「記録はすべて魔導投影機に残った。ガイル・フォン・クリムゾン、ならびに『紅蓮の覇剣』一同! 貴様らのS級ライセンスは本日付で即時剥奪、さらに神代遺物損壊罪、横領罪、および味方護衛騎士への殺人未遂容疑で、討伐終了後に全員を鉱山監獄へ送致する!!」
完全なる破滅の宣告。
だが――その宣告が終わるよりも早く、前線から激しい破砕音が響いた。
――ガシャアアアンッ!!
前線で食い止めていた領主軍の護衛騎士の盾が、炎獄竜の尻尾の薙ぎ払いで吹き飛ばされた音だった。
ゴードンが必死に大盾で仲間を庇っているが、16メートルの炎獄竜は邪魔な小虫を払いのけると、大きく顎を開き、観戦陣地と泥仕合を続けるガイルたちの頭上へ向かって、2,000度の青白い灼熱ブレスを溜め始めた!
「いかん、結界が持たんぞ! 総員退避――」
辺境伯が叫びかけた、その時だった。
「退避なんかいりませんよ、辺境伯閣下」
俺は背中の木箱をトンと地面に下ろし、隣で静かに出番を待っていた黒鉄の竜槍姫――セリアの肩を軽く叩いた。
「セリア。うちの工房の看板に、これ以上泥を塗らせるわけにはいかないよな」
「ええ、カイル。――私の右腕と、あなたが研ぎ上げたこの『14.2度の鏡面』がどれほど斬れるか、1分で証明してきます」
セリアが琥珀色の瞳を鋭く輝かせ、2.15メートルの『真・黒鉄竜槍』を構えて、灼熱の戦場へと疾風のように飛び出した。
お読みいただきありがとうございます!
カイルの研ぎ技とセリアの一閃、そして鍛冶場メシはいかがでしたでしょうか?
次回、さらに物語が大きく動きます!
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