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第020話:砕け散った『紅蓮魔剣』と、醜悪な責任転嫁

全長16メートルの『炎獄竜(フレイム・ドレイク)』が玄武岩の大地に四肢を下ろした瞬間、戦場の気温が一気に60度から75度近くまで跳ね上がった。

 皮膚を刺すような輻射熱と、竜の鱗の隙間から滴り落ちるマグマが地面を焦がす「ジュウウウッ!」という音が空洞を満たす。先ほどまでガイルたちを取り囲んでいた14頭の溶岩トカゲたちも、絶対的な上位捕食者の威圧感に怯えて左右へと道を開けた。


「ひ、ひぃぃっ……! で、出たわ、炎獄竜よ! ガイル、ダリオ、早く壁になって私を守りなさいよ!!」


 ロゼッタが化粧の崩れた顔をひきつらせ、ガイルの背中に隠れようと後ずさった。

 しかし、前衛であるダリオは右肩を脱臼して地面にうずくまったまま動けず、斥候のヴェインは引き抜いたもう1本の短剣を構えてはいたものの、膝が小刻みに震えて一歩も踏み出せない。


「う、うるせえロゼッタ! お前が特級の氷結魔法で牽制しろ! 俺の右手は火傷で感覚がねえんだぞ!」


「そんなこと言ったって、こんなに暑くちゃ魔力の練り上げが――きゃあああっ!?」


 炎獄竜が太い首をわずかに巡らせ、鼻先から「フンッ」と熱風の塊を吐き出した。

 ブレスですらない、ただの鼻息だ。

 だが、時速100キロを超える灼熱の突風が前線を直撃し、ヴェインとロゼッタが木の葉のように吹き飛ばされかけた。


「く、くそっ、来るな化け物ぉっ!」


 ヴェインが半狂乱で飛び出し、手元の左の短剣で炎獄竜の前足の爪を突き刺そうとした。

 しかし、俺が14日間砥石を当てていなかったその短剣は、地下迷宮の湿気とヴェイン自身の脂汗で刃先が赤く錆びつき、内部の微細亀裂が限界まで広がっていた。

 しかも60度を超える高温で金属が膨張し、ロゼッタの『硬化付与』との間に決定的な歪みが生じている。


 ――パキィンッ!


 炎獄竜の黒曜石の爪に触れた瞬間、ヴェインの短剣は火花一つ散らすことなく、鍔元の根元からガラス細工のようにあっけなく折れ飛んだ。

 折れた刃の破片がヴェイン自身の頬を浅く切り裂き、彼は「ひぃぃっ、折れた、俺の魔導短剣がぁっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かした。


「馬鹿野郎、私がやるわ! 『氷槍連撃(アイシクル・ランス)』!!」


 ロゼッタが金切り声を上げ、宝石が埋め込まれた愛用の魔導杖を高く掲げて魔力を注ぎ込んだ。

 だが――その魔導杖の先端に固定されていた水属性の魔石もまた、俺が毎週行っていた「銀線留め具の緩み調整」と「魔石表面の曇り取り研磨」を2週間サボっていたせいで、内部に熱がこもって無数のヒビが入っていた。


 ――ボフンッ!!


 氷の槍が放たれるよりも早く、杖の先端の魔石が黒い煙を上げて内側から破裂した。

 暴発した魔力の衝撃波でロゼッタは3メートル後方へ吹き飛ばされ、派手な毛皮のローブを泥と灰で真っ黒に汚しながら地面へ転がった。


「あ、あぐっ……!? うそ、私の15万ゴールドの杖が……なんでよ、なんで全部壊れるのよぉっ!!」


 ダリオの大斧は暴走して肩を砕き、ヴェインの双剣は根元から折れ、ロゼッタの杖は自爆した。

 たった14日間。

 彼らが「ただ石で擦るだけの雑用」と見下して切り捨てた日々のメンテナンスを失っただけで、王都S級パーティーの武装は、迷宮の厳しい環境の前で砂の城のように崩壊した。


 そして、残されたリーダーのガイルの前に、全長16メートルの炎獄竜がゆっくりと歩み出た。

 ズシン、ズシンと大地が揺れ、丸太のように太い右前足の鉤爪が、ガイルの頭上3メートルの高さへと振り上げられる。


 死の恐怖に直面したガイルの視界は、極度に狭まっていた。

 周囲の溶岩の光も、後ろで泣き叫ぶロゼッタの声も消え、ただ頭上から迫りくる「黒曜石の巨大な爪」と、自分の足元に落ちている「30度にひん曲がった紅蓮魔剣」の2点だけが、焼きつくように網膜に映っている。


「お、俺は死なねえ……俺は公爵家のガイル様だ! これは神代遺物『紅蓮魔剣イグニス』だぞ、神話の時代から一度も折れたことがない不壊の聖剣なんだぁぁっ!!」


 ガイルは火傷で皮がむけた右手の激痛も忘れ、ひん曲がった『紅蓮魔剣』の柄を両手で掴み上げて、振り下ろされる炎獄竜の鉤爪の下へと――盾代わりに差し出した。


 俺は待機陣地から、その無謀すぎる行動を見て奥歯を噛み、首筋をポリポリと掻いた。

 神代の時代から一度も折れなかったのではない。

 歴代の持ち主たちが、専属の調律匠(チューナー)に莫大な報酬を払い、毎日欠かさず魔力澱を抜き、天然砥石で微細亀裂を消し続けてきたからこそ、何百年も形を保っていたに過ぎない。

 隣に立つバルトロ親方も隻眼を細め、「……あいつら、オリハルコンの刀身を『魔法で固めただけの鉄の棒』だと勘違いしてやがるな。中に溜まった5層分の魔力澱が、今の65度の気温でどれだけ膨張しとるか、自分の手の火傷を見ても分からんのか」と呆れ果てたように鼻を鳴らした。

 ミアも鑑定ルーペでガイルの魔剣の刀身を覗き込み、「あちゃあ……兄さん、あの魔剣の腹のところ、表面の紫色の光輝メッキの下がもう黒く泡立ってるわよ。あれ、鉄じゃなくて炭化したヘドロの塊じゃない」と冷ややかに呟く。


 中身が魔力澱の硫酸でスカスカのスポンジ状に腐り果て、表面だけを硬化魔法の殻で覆った今のあの剣は――もはや、天日で乾かした泥人形と同じだ。


 炎獄竜の黒曜石の鉤爪が、ガイルの掲げた『紅蓮魔剣』の刀身に接触した。

 0.1秒の間。

 重厚な金属音など、鳴らなかった。


 ――パァンッ!!


 まるで、空気をパンパンに詰めた紙袋を両手で叩き割ったような、軽くて乾いた破裂音が地下28層に響き渡った。


 次の瞬間。

 時価120万ゴールド、王都で最も有名な神代遺物『紅蓮魔剣イグニス』の刀身が、鍔元から切っ先まで一箇所たりとも原型を留めることなく、100個以上の赤錆びた鉄片と黒紫色の粉塵になって、粉々に砕け散った。


 キラキラと光る硬化魔法の破片と、ドブ臭い魔力澱の黒い粉が、ガイルの顔面にパラパラと降り注ぐ。

 ガイルの手元に残ったのは、根元からポッキリと折れた5センチの赤錆びた鉄の突起と、焦げた黄金の柄だけだった。

 しかも、その折れた断面の中心からは、卵が腐ったような強烈な硫黄臭とともに、ネバネバしたコールタール状の黒い液――14日分の凝縮された『魔力澱』がドロリと垂れ落ち、ガイルの白い騎士ブーツの甲をジュッと黒く焦がした。


「……あ……? え……?」


 ガイルは、自分の両手に握られた「柄だけのゴミ」を、焦点の合わない目で見つめた。

 言葉が出ない。思考が追いつかない。

 俺の魔剣が、砕けた? 王都中の貴族や女たちが羨望の目で見ていた、あの120万ゴールドの『紅蓮魔剣イグニス』が、100個以上の錆びた鉄くずになって地面に転がっている?

 観戦結界の後方で記録を取っていた王都ギルドの特命監査官も、魔導投影機を通じて地上の中央広場で観戦していた数千人のカルデラ市民たちも、あまりにもあっけない「伝説の魔剣の爆砕」に息を呑んで凍りついた。


 炎獄竜の鉤爪は、魔剣を紙切れのように粉砕した余勢のままガイルの胸元をかすめ、彼の自慢だった白銀のミスリル胸当てをベリッと缶詰のように引き裂いた。

 鮮血が飛び散り、ガイルは衝撃で5メートル後方へと吹き飛ばされて、鋭い玄武岩の上に背中から叩きつけられた。


「がっ、かはっ……! い、痛え……血が、俺の血がぁっ!!」


 胸の浅い裂傷から滲む自分の血を見た瞬間、ガイルの中で最後の理性の糸がプツンと切れた。

 ガイルは失禁しそうなほどガタガタと顎を鳴らしながら、四つん這いで泥の上を這いずり、ロゼッタと一緒に観戦陣地の方へ向かって一目散に逃げ出した。


「ま、待てガイル殿! 前線を放棄する気か!」


 前衛の護衛騎士二人が慌てて止めに入ろうとしたが、ガイルはその護衛騎士の胸倉を掴んで炎獄竜の方へと力任せに突き飛ばした。


「どけぇぇっ! 平民の騎士なんざ、俺様の盾になって死ねばいいんだよ!!」


「きゃあああっ、来ないで、こっちへ来ないでぇっ!!」


 ガイルとロゼッタは味方の騎士を踏み台にして待機陣地の柵の前まで転がり込むと、そこに立っていた俺の姿を捉え、血走った目で指を突きつけて狂ったように叫び始めた。


「カイルのせいだ!! 辺境伯閣下、監査官殿、聞いてください! 俺の『紅蓮魔剣』が砕けたのは、そこにいるカイルのせいです!!」


 ガイルの唾が飛び、魔導投影機の集音結晶がその醜悪な叫び声を100パーセントの音量で拾い上げる。


「こいつは14日前、俺たちに無能だと追放された腹いせに、俺の魔剣とダリオたちの武器に『14日後に砕ける呪いの細工』を仕掛けていったんです! そうに違いない、だってこいつは昨日の朝も『明日振ったら1発で爆発する』って予言していたんだからな!」


「そ、そうよ! 全部この薄汚い研ぎ師の陰謀よ! あんたが変な石ころで私たちの武器を削って、中をボロボロにしたんじゃない! おいカイル、貴族の命令だぞ、今すぐお前の砥石を出して俺の『紅蓮魔剣』を元通りに直せ! 直さないと国家反逆罪で縛り首にしてやるからな!!」


 泥と鼻水にまみれながら、折れた柄を俺の目の前に突き出して喚き散らすガイルとロゼッタ。

 そのあまりにも見苦しく、支離滅裂な責任転嫁に、観戦陣地の空気は氷点下まで凍りついた。

 俺は耳の穴を小指で軽くほじりながら、ふっと冷たい息を吐き出した。

お読みいただきありがとうございます!

カイルの研ぎ技とセリアの一閃、そして鍛冶場メシはいかがでしたでしょうか?

次回、さらに物語が大きく動きます!

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