第012話:悪徳鍛冶師の嫌がらせと、公開「鉄パイプ斬り」検証
「――ここだ! このボロ小屋が、無資格で怪しい劇薬を武器に塗って『調律』などとほざいている詐欺師の巣窟だぞ!!」
大通りに面した水路橋の上で、金ピカの毛皮コートを着込んだ小太りの男が、拡声用の魔導具を使って大声で喚き散らしていた。
カルデラの中央商業区で一番大きな魔導武具店を営む『ガルド商会』の店主、ガルド(42歳)だ。その横には、ガルドが金で雇っているお抱え鍛冶師の男と、3人の用心棒が腕組みをして並んでいる。
昼時の大通りということもあり、騒ぎを聞きつけた冒険者や街の住人たちが、あっという間に150人以上の黒山の人だかりを作った。
「ちっ、ガルド商会のタヌキ親父……!」
帳簿を抱えて外へ出てきたミアが、忌々しそうに舌打ちをした。
「あいつ、王都の腐ったギルド幹部から『魔力澱だらけのB級落ち魔導剣』を二束三文で仕入れて、表面だけピカピカに磨いて金貨8枚とかで冒険者に売りつけてるボッタクリ商会の親玉よ! ここ3日でうちの工房に客をごっそり奪われたから、営業妨害しに来たのね!」
「なるほど、どおりで安っぽい香水の匂いがすると思ったぜ。王都のロゼッタと同類か」
俺がセリアとミアを伴って暖簾の前へ出ると、ガルドは待ってましたとばかりに太った人差し指を俺へ突きつけた。
「皆さん聞いてください! このカイルという男は、王都のS級パーティー『紅蓮の覇剣』から無能ゆえに追放された、ただの雑用係です! そんな男が、炉で鉄を叩きもせずに砥石で撫でただけで武器が強くなるわけがない! こいつは武器の表面に『一時的に切れ味を上げる代わりに、3日で鉄を腐らせる禁制の酸』を塗っているイカサマ師なのです!」
野次馬の冒険者たちが「えっ、薬品で鉄を溶かしてるのか!?」「でも、ゴードンさんの盾やリィンの双剣は本物だったって……」と動揺してざわめく。
ガルドはほくそ笑み、お抱え鍛冶師に命じて、荷車から2つの品物を取り出させた。
1つは、赤い魔石が鍔に埋め込まれた、見るからに派手な装飾の『火炎付与ロングソード(ガルド商会特選・値札金貨8枚)』。
そしてもう1つは、鉱山の排水設備で使われていた、直径10センチ、肉厚12ミリの頑丈な『鋳鉄製・高圧蒸気パイプ』だった。
「口先だけの言い訳は聞きませんよ、カイル君! あんたの研ぎが本物だと言うなら、この場で150人の冒険者の皆さんの前で『公開斬り比べ』をしようじゃないか!」
ガルドが廃坑の鉄パイプを石畳の台座にドォン!と据え付けた。
「我が『ガルド商会』が誇る金貨8枚の火炎魔導剣と、あんたがさっき銀貨3枚で下級冒険者から預かったばかりの、その『なまくらの鉄剣』! どちらがこの厚さ12ミリの鉄パイプを斬れるか、勝負だ! もしあんたの鉄剣が1ミリでも欠けたら、詐欺罪でこの街から即刻出ていってもらうぞ!」
「……ほお。その勝負、俺が勝ったらどうするんだ?」
俺が静かに問い返すと、ガルドは腹を揺らして高笑いした。
「ただの鉄剣で肉厚12ミリの蒸気パイプが斬れるわけがないだろう! もし万が一にも斬れたら、わしの店の在庫を全部タダで引き渡して、ここで土下座してやるわ! ――おい、ちょうど鍛冶組合のバルトロ組長と、冒険者ギルドのギルド長もお見えになったぞ。立会人として不足はないだろう!」
群衆が割れ、隻眼のバルトロ親方と、恰幅の良いカルデラギルド長が姿を現した。
バルトロ親方は俺と目が合うと、隻眼をニヤリと細めて「好きにやれ、カイルマイスター」と顎をしゃくった。
「いいだろう、その条件で受けて立つ。まずはあんたの自慢の『金貨8枚の火炎魔導剣』のお手並み拝見といこうじゃないか」
「フン、本物の魔導武具の威力を見せてやれ!」
ガルドの合図で、筋骨隆々のお抱え鍛冶師が『火炎付与ロングソード』を抜き放った。
呪文とともに刀身がボッと赤い炎に包まれる。一見すると迫力満点だが、俺の耳には、その刀身が発している「ジジジ……」という焼き入れムラと魔力澱の詰まり音がはっきりと聞こえていた。
「でやあああああっ!!」
お抱え鍛冶師が渾身の力で跳躍し、肉厚12ミリの鋳鉄パイプへ火炎魔導剣を真上から叩きつけた!
――ガキィィィン!! パキンッ!
耳を劈く激しい金属音とともに、赤い火花が四方へ飛び散った。
だが、切れたのは鉄パイプではなかった。
鋳鉄パイプの表面には、深さわずか2.5ミリの浅い切り込みと黒い焦げ跡がついただけで、逆に『火炎付与ロングソード』の刃の中央が、半月状に4ミリも大きく欠け(チップし)、刀身全体がグニャリと左へ5度も曲がってしまった!
「う、うわあっ!? 手首が痺れた……!」
「ば、馬鹿な! それでも深さ2.5ミリは食い込んだぞ! 火炎付与の魔導剣ですらこれだけしか斬れない頑丈な鉄パイプだ、貴様のただの鉄剣など、当たった瞬間に真っ二つに折れるに決まっておる!」
ガルドが慌てて取り繕うように叫ぶ。
俺は何も言わず、作業台から1本の剣を手にとって前へと歩み出た。
手にあるのは、魔法の付与など1つもされていない、どこにでもある銀貨3枚の『量産型アイアン・ブロードソード』だった。
ただし、この剣は今朝、俺が内部の微細歪みを音叉で抜き去り、荒砥220番から超仕上げ天然砥『蒼霞(14,000番)』まで7段階の砥石をすべて通し、硬い標的を割り裂くための『刃角15.2度・神代鏡面蛤刃』へと調律を終えたばかりの1本だった。
「セリア。お前が振れ」
俺は柄をセリアへと差し出した。
「いいのですか、カイル? 私は槍使いですが……」
「だからいいんだ。『剣豪の特別な剣技で斬った』と言われたら、このタヌキ親父がまた言い訳するからな。魔力は1ミリも込めるなよ。ただ、剣の自重(1.2キロ)だけで、あの鉄パイプの真ん中にスッと落としてみろ」
「――分かりました。あなたの砥石の証明、お見せします」
セリアが静かに鉄剣を受け取り、鋳鉄パイプの正面に立った。
150人の野次馬たちが固唾を呑んで見守る中、セリアは青白く輝く鏡面の鉄剣を、肩の高さまでゆっくりと持ち上げた。
赤い炎もなければ、派手な掛け声もない。
ただ、秋の陽光を吸い込むような、凍りつくほど美しい刃筋だけがそこにあった。
セリアが息を吐き、力を抜いた右腕を、スッと真下へ振り下ろした。
――スパン。
鳴ったのは、まるで鋭い包丁で新鮮な大根を切った時のような、拍子抜けするほど小さく静かな音だった。
火花すら、1粒も散らなかった。
セリアが鉄剣を鞘に収めるように脇へ下ろした、その1秒後。
カラン、ゴロゴロッ……!
台座の上の肉厚12ミリの鋳鉄パイプが、真ん中から斜め45度の角度で音もなく滑り落ち、石畳の上へ転がった。
その切断面は、摩擦熱による変色すらなく、鏡のようにツルツルに光り輝いて太陽を反射していた。
それどころか、あまりにも断面がナノメートル単位で平滑すぎるせいで、転がり落ちたパイプの切り口に、すぐ前で顎が外れんばかりに口を開けて固まっているガルドの情けない顔が、歪み1つなくくっきりと映り込んでいた。
「「「……………………はっ!?」」」
大通りを埋めていた150人の冒険者たちが、目を剥いたまま一斉に声を失った。
最前列にいたベテランの重戦士が、震える手で転がった鉄パイプの断面を拾い上げ、指の腹でそっと触れてから裏返った声を上げる。
「おい、嘘だろこれ……! 鋳鉄のパイプだぞ!? 普通、戦斧や魔導剣で無理やり断ち切ったら、断面はザラザラにささくれて熱を持つはずなのに、氷みたいに冷たくて鏡みたいにツルツルじゃねえか! どんな研ぎ方をしたら、銀貨3枚のなまくら鉄剣がこんな化け物になるんだよ!?」
その叫びを皮切りに、街全体が揺れるような爆発的な大歓声が巻き起こった!
「き、斬れたぁぁぁっ!? 魔力も使わずに、銀貨3枚の鉄剣で12ミリの鉄パイプを豆腐みたいに一刀両断したぞ!!」
「しかも刃を見ろ! 1ミリも欠けてねえどころか、傷1つすらついてねえ!!」
「う、嘘だ……そんな馬鹿な……! 金貨8枚の魔導剣が弾かれた鉄パイプを、ただの鉄剣が……!?」
ガルドが膝から崩れ落ち、泡を吹いて石畳にへたり込む。
そこへ、立会人のバルトロ親方とギルド長が厳しい顔で歩み寄った。
「勝負あったな、ガルド! さらにミア嬢の通報で、お前の店が折れた魔導剣を硬化魔法で誤魔化して売っていた証拠もすべて押さえてある! 『ガルド商会』は今日限りで営業許可剥奪、在庫はすべて差し押さえじゃ! 衛兵、連れていけ!」
「ひぃぃぃっ! お、お助けをぉぉっ!!」
衛兵に引きずられていくガルドの悲鳴を背に、150人の冒険者たちが「カイル親方! 俺の剣も調律してくれ!」「金貨でも銀貨でも出すぞ!」と、俺たちの工房へ雪崩のように殺到してきた。
だが、その熱狂の渦の中で、カルデラギルド長だけは深刻な表情で俺の肩を叩いた。
「カイル殿、セリア殿。実は……このあと、カルデラ大迷宮の『地下17層』で起きた緊急事態について、お二人に折り入って頼みたいことがある」
お読みいただきありがとうございます!
カイルの研ぎ技とセリアの一閃、そして鍛冶場メシはいかがでしたでしょうか?
次回、さらに物語が大きく動きます!
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