第013話:地下17層の異変と、黒鉄竜槍の第二段階・開眼
大通りでの公開「鉄パイプ斬り」検証の翌日、ボッタクリ魔導具店『ガルド商会』は、鍛冶組合とギルドの合同監査によって無期限の営業停止処分となった。
粗悪な鉄剣の表面に安物の発光塗料と初級魔法を塗って「特級魔導剣」と偽り、通常の5倍の値段で売りつけていた帳簿がミアによって全部暴かれたからだ。
その結果、『魔剣調律工房・ヴァーミリオン』の名声はカルデラ中で不動のものとなった。
朝の8時に暖簾を出せば、昼前にはその日の受付枠がすべて埋まる。ミアがそろばんをパチパチと弾きながら「いいこと、カイル! あんたが丁寧に研ぎすぎるせいで、1日8本が限界なんだから、今後は指名料として銀貨2枚を上乗せするわよ!」と鼻息を荒くするのを聞き流しつつ、俺が作業場で午後の砥石の面直し(平面出し)をしていた時だった。
バンッ!と工房の引き戸が勢いよく開かれ、隻眼のバルトロ親方と、カルデラ冒険者ギルドのギルド長・ドノヴァンが厳しい顔つきで駆け込んできた。
外の冷たい秋風と一緒に、血と焦げた薬草の匂いが工房へと流れ込んでくる。
「カイル、いるか! 緊急の相談だ、手を止めて聞いてくれ!」
身長2メートル近い巨漢であるギルド長のドノヴァンが、作業台の上に1枚の白い布包みをドサリと置いた。
布を開くと、中から転がり出たのは、刀身の真ん中からノコギリ状にギザギザにへし折れた、3本のミスリル混じりの長剣だった。
「……おいおい、ずいぶん酷い折れ方だな。ただの岩にぶつけただけじゃない。硬質な鉱物の結晶面に、魔力の反動ごと弾き返されてねじ切れてるぞ」
俺が折れた断面を指先でなぞり、ルーペを覗き込むと、ドノヴァンは呻くように頷いた。
「一目でそこまで分かるか。……実は今朝から、カルデラ大迷宮の『地下17層・青晶洞窟』に、異常個体である『クリスタル・スコーピオン(結晶大蠍)』の群れが18頭も出現してな。普段なら地下30層以深にしかいないはずの魔物だ。先行して潜っていたB級パーティー『蒼い狼』が包囲され、救援に向かった討伐隊の剣も、奴らの甲殻にことごとく折られて退却してきた」
「結晶大蠍っていやあ、全身が厚さ8センチの『高密度魔導石英』で覆われた化け物じゃねえか。しかもあの水晶の甲殻は、魔術師の火炎魔法や雷撃魔法を鏡みたいに乱反射しやがるから、物理の刃で砕くしか手がねえ」
バルトロ親方が苦虫を噛み潰したような顔で付け加える。
すると、部屋の隅で槍の柄を布で磨いていたセリアが、スッと立ち上がって一歩前に出た。
「ギルド長。その救出依頼、私とカイルが受けます。『蒼い狼』のリーダーには、私が以前路地裏で倒れていた時に水と薬草を分けてもらった恩があります。見殺しにはできません」
セリアの琥珀色の瞳に、迷いのない強い光が宿っている。
しかし、俺は彼女の手にある『黒鉄竜槍』へと視線を落とし、静かに首を横に振った。
「待て、セリア。今のその槍のままじゃ、地下17層へは行かせられない」
「えっ……? で、ですがカイル、あなたが『蒼霞(14,000番)』で研いでくれたこの槍なら、鉄甲イノシシの頭蓋骨だって豆腐みたいに……」
「イノシシの骨と、厚さ8センチの魔導石英じゃ訳が違う」
俺はセリアから黒鉄竜槍を受け取り、作業台の上へと水平に置いた。
「いいか、よく聞け。お前と出会った夜、俺はこの折れた槍の断面を削り直して、全長1.45メートルの『短槍』として使えるように応急調律した。お前の右腕の震えを止め、リハビリを兼ねて戦うには、この軽さと短さが最適だったからだ」
俺は純銀の音叉を鳴らし、黒鉄竜槍の穂先に当てた。
キィィン、と澄んだ音が響くが、その減衰は本来の黒竜鋼が持つポテンシャルの7割程度で止まっている。
「だが、結晶大蠍のリーチはハサミを含めて3メートルを超える。1.45メートルの短槍じゃ、懐に飛び込む前にハサミの間合いに入るし、何より『柄のしなり(遠心力)』が足りない。それに、ツルツルに磨き上げただけの鏡面刃は、肉や鉄を切るには最高だが、モース硬度8を超える石英の塊に正面から突き込めば、表面で滑るか、刃先が1ミリ負ける」
「そんな……じゃあ、どうすれば……!」
「焦るな。今の『右腕の震えが完全に消えたお前』なら、封印していたこの槍の本来の姿――『第二段階』を扱えるって言ってるんだよ」
俺がニヤリと笑ってバルトロ親方の方へ手を差し出すと、親方は「へっ、お前ならそう言うと思って、工房の金庫から持ってきてやったぜ」と懐から桐の箱を取り出した。
箱の中に収められていたのは、鈍い銀灰色の輝きを放つ、長さ70センチ、直径28ミリの中空の金属パイプと、見事に乾燥された樹齢400年の『黒鉄樫』の丸棒だった。
「こ、これは……『星鉄の継手管』じゃないの!? バルトロのおじいちゃん、これ一本で金貨15枚はする秘蔵の素材よ!」
ミアが目を剥いて叫ぶ。
「うるせえ、カルデラの若い衆が地下17層で死にかけてんだ、ケチってられるか! カイル、俺の炉とこの星鉄、好きなだけ使え!」
「恩に着ますぜ、親方。――よし、ミアはふいごの準備! セリア、お前はそこで自分の右腕の素振りを100回やって、今の筋肉の張りを俺に見せろ! 夜明けまでに、その槍を神話級の『水晶砕き』に生まれ変わらせてやる!」
そこからの6時間は、文字通り一分の隙もない極限の調律作業となった。
まず俺は、黒鉄竜槍の折れていた根元の芯材を、摂氏920度の白炭炉で赤熱する寸前まで均一に温め、バルトロ親方の『星鉄の継手管』を焼き嵌めによって0.005ミリの隙間もなく圧着結合させた。
その上から黒鉄樫の長い柄を差し込み、0.1ミリ鉋でセリアの掌のタコと指の長さに合わせて楕円形に削り出していく。
これにより、短槍だった黒鉄竜槍は、セリアの父が生前振るっていた本来の全長――『2.15メートル』の長柄大槍へと完全に復元された。
長くなった分、先端のモーメント(回転重量)が増えるため、柄尻(石突)の内部には真鍮と鉛を溶かし合わせた『6.4グラムの複合カウンターウェイト』を新たに鋳込んで埋め込み、2.15メートルの長さがありながら、振った瞬間の体感重量が短槍の時とまったく変わらないよう重心を再定義した。
そして、最大の難関である「刃先の対・結晶調律」だ。
俺は7つの天然砥石の中から、まず『翠蓮華(6,500番)』と『月雫(9,800番)』で刃角を14.2度に研ぎ上げた後、最後に14,000番の『蒼霞』を普通に縦へ滑らせるのではなく、「角度45度の斜め交差方向」へと、特殊なリズムで引き研いだ。
シャッ、ピッ、シャッ、ピッ……。
音叉で442ヘルツの振動を刀身に与えながら、蒼霞に含まれる極微のダイヤモンド結晶粒子を、刃先の先端0.2ミリの領域にだけ、斜めに食い込ませていく。
こうすることで、鏡面でありながら、刃先の極小領域にだけ「0.05ミリ間隔の微細波紋刃」が1ミリあたり20本の密度で刻み込まれる。
人間の指で触れてもツルツルにしか感じないが、硬い水晶の甲殻に触れた瞬間、この0.05ミリの波紋が1秒間に数千回の「超高周波のノミ」として食い込み、鉱物の劈開面を内側から共振粉砕する特殊技術だ。
作業を終え、氷晶トカゲの澄まし脂を白布で拭き取った頃には、窓の外が白々と明け始めていた。
「……できたぞ、セリア。受け取れ。今日からこいつの銘は、真・黒鉄竜槍『黒曜の牙』だ」
俺が差し出した全長2.15メートルの大槍を、セリアが両手で恭しく受け取った。
工房の裏庭へと出たセリアが、深く息を吸い込み、朝靄の中で『黒曜の牙』を横一文字に振るう。
ヒュオォォォォォン……ッ!!
今までの「シュン」という軽い風切り音ではない。
2.15メートルの黒竜鋼と0.05ミリの微細波紋刃が大気を切り裂き、まるで眠っていた古竜が目を覚ましたかのような、腹の底に響く重厚な低音の咆哮が裏庭全体に木霊した。
風圧だけで、5メートル先の庭木の落ち葉が一斉に吹き飛ぶ。
「すごい……! 長くなったはずなのに、前の短槍よりずっと身体に吸い付いて、穂先が勝手に空気の隙間へ伸びていきます……!」
セリアが振り返り、朝日を浴びて輝く黒曜石の竜角を揺らしながら、誇らしげに微笑んだ。
「カイル。これなら、どんな分厚い水晶だって紙切れと同じです。――行きましょう。私が、あなたの砥石の証明になります!」




