鼻毛男の五億年
「このボタンを押すと、五億年間、研究ができま――」
ポチ。
説明はまだ続いていた。
五億年。
それだけの時間があれば、鼻毛の成長を長期的に観察できる。
男の姿が消えた。
白い床。
白い壁。
机。
椅子。
そして、一本の鼻毛。
男は椅子に座った。
定規を当てる。
七・二ミリ。
記録した。
観察開始。
男の五億年が始まった。
一日後。
七・二ミリ。
変化なし。
一年後。
七・二ミリ。
変化なし。
百年後。
七・二ミリ。
変化なし。
一万年後。
男は定規を当てた。
七・二ミリ。
記録した。
百万年後。
七・二ミリ。
一億年後。
七・二ミリ。
男は観察を続けた。
眠った。
起きた。
測った。
記録した。
必要に応じて水分を与えた。
条件を変えた。
戻した。
また測った。
二億年。
七・二ミリ。
三億年。
七・二ミリ。
四億年。
七・二ミリ。
そして、
五億年目。
男はいつものように鼻毛の前へ座った。
定規を当てた。
目盛りを見る。
記録用紙に書いた。
五億年経過。
全長:七・二ミリ。
変化なし。
男は記録用紙を閉じた。
次の瞬間。
男は元の部屋に立っていた。
外では、ほとんど時間が経っていなかった。
研究員が男を見た。
「……大丈夫ですか?」
「なにがだ」
「五億年ですよ」
「そうだな」
「全部、覚えてるんですよね?」
「覚えてる」
研究員はしばらく男を見ていた。
「……何をしていたんですか?」
「観察だ」
「五億年間?」
「ああ」
「結果は?」
男は鼻毛を確認した。
七・二ミリ。
「変化なしだ」
研究員は黙った。
机の上には、まだボタンが置かれていた。
「一応言っておきますけど」
研究員が言った。
「もう一回押したら、また五億ね――」
ポチ。
男の姿が消えた。
観察二回目が始まった。




