三枝さんの感想が欲しい
夜中の一時。
九条から電話が来た。
『今から原稿送っていいですか』
「時間」
『一時です』
「分かってるじゃん」
『明日締切なんです』
「担当に送れ」
『もう送りました』
「じゃあ寝ろ」
『三枝さんの感想が欲しいです』
その言い方に弱い。
「送って」
二万字。
上手い。
読みやすい。
隙がない。
それなのに、最後まで読んで何も残らなかった。
『どうですか』
「綺麗」
『褒めてます?』
「半分」
『半分は?』
「これ、自分でどこが好き?」
電話の向こうが静かになる。
『……ないです』
「ないの?」
『今回は、全部ちゃんと作ったつもりです』
「ちゃんと?」
『担当さんにも、完成度高いって言われました』
「嬉しかった?」
また少し間があった。
『安心しました』
嬉しい、ではなかった。
売れっ子の九条栞にしては、妙に疲れた声だった。
「九条さん」
『はい』
「今日は寝たら」
『締切』
「もう送ったんだろ」
『でも直せるところが』
「明日の自分にやらせろ」
『無責任』
「俺、担当じゃないし」
小さく笑う声がした。
『三枝さん』
「何」
『さっきの質問、嫌いです』
「自分でどこが好き、ってやつ?」
『はい』
「じゃあもう聞かない?」
『……それも嫌です』
「面倒くさいな」
『三枝さんに言われたくないです』
そこで電話を切った。
二万字のどこが悪かったかより、九条の「安心しました」の方が、しばらく頭に残った。




