本当に描きたかったのはこれですか
懇親会の翌日。
担当編集の佐伯さんからメッセージが来た。
『九条先生と何話したんです?』
『作品を殺されました』
『物騒ですね』
俺はスマホを置いた。
昨夜から、九条の言葉が頭から離れない。
――三枝さんが、本当に描きたかったのはこれですか?
面白いと思っていたわけじゃない。
そんなことは分かっている。
でも、書きたいものだけ書いていられるほど売れていない。
むしろ一度も売れていない。
だったら市場に合わせるしかない。
それの何が悪い。
昼過ぎ。
見知らぬアドレスからメールが来た。
『九条です。昨日は言いすぎました。すみません』
少しだけ見直した。
続きがあった。
『でも本当に面白くなかったです』
「謝る気ないだろ」
さらにファイルが添付されていた。
『お詫びに私の新作一話です。感想ください』
続けて、もう一通。
『担当さんにも、三枝さんに見せていいか確認してあります』
「そこまで根回ししてるの?」
『はい』
「なんでだよ」
俺より売れている。
俺より上手い。
担当編集も優秀だろう。
俺が読む理由なんてない。
そう思いながら、ファイルを開いた。
悔しいけど、読みやすかった。
冒頭一ページで主人公の性格が分かる。
三ページで問題が起きる。
十ページ目にはヒロインが出てくる。
会話が短い。
説明が少ない。
それなのに世界観は分かる。
俺が四十ページ使ったことを、こいつは十ページでやる。
「腹立つな……」
一気に読み終えた。
面白かった。
普通に。
ただ。
俺は二度目を読んだ。
異能力バトル。
学園。
人気が出そうな無口系ヒロイン。
確かに強い。
なのに、妙に引っかかる場面があった。
主人公と父親が電話する場面。
たった一ページ。
バトルにも恋愛にも関係ない。
削ろうと思えば削れる。
でも、その一ページだけ妙に手が止まった。
俺はメールを返した。
『この電話のところ、君も好き?』
五分後。
着信。
「はい」
『なんで分かったんですか』
九条の声だった。
「そこだけ、読んでて引っかかった」
『悪い意味で?』
「逆。そこだけもう一回読んだ」
しばらく無言。
『担当さんには、テンポ落ちるから削ってもいいって言われました』
「別に担当さんが間違ってるとは言ってないよ」
『三枝さんなら削ります?』
俺は少し考えた。
「これ削ったら、あとで後悔する?」
『……します』
「じゃあ残せば」
『売れなくなったら?』
「俺に聞くなよ。売れてないんだから」
電話の向こうで笑った。
『やっぱり三枝さん面白いですね』
「作品の話?」
『今のは三枝さんの話です』
電話が切れた。
俺はしばらくスマホを見た。
そして投稿サイトを開いた。
例の新作。
PVは、昨日からほとんど増えていなかった。
削除ボタンに指を置く。
でも押さなかった。
代わりに一話目を開いた。
俺は、この話のどこを自分で面白いと思ってるんだろう。
初めて、そこを考えた。




