好きです。でも売れないと思いました
出版社の懇親会というものがある。
担当編集から電話が来た時、最初は断った。
「今、人と喋るとたぶん感じ悪いこと言います」
『いつもそんなに感じ良くないから大丈夫ですよ』
「担当が作家に言っていいんですか、それ」
『家でアクセス解析を更新しててもPV増えませんよ』
正論は人を傷つける。
仕方なく来た。
会場は出版社近くのホテル。
知っている作家もいたし、顔だけ知っている作家もいた。
俺より後にデビューして、俺より売れている人もたくさんいた。
そういう場で何を話せばいいのか、いまだに分からない。
端のテーブルでビールを飲んでいると、横に人が立った。
「三枝さんですよね」
女の子だった。
いや、たぶん女の子と呼ぶには少し大人びている。
黒いワンピース。肩までの髪。
顔を見た瞬間に分かった。
「九条先生」
「先生いらないです」
「いや、いるでしょ」
九条栞。
二十歳。
デビュー二年目。
既刊六冊。
全巻重版。
コミカライズ一作。
アニメ化企画進行中。
投稿サイト時代からランキング常連。
俺が最も会いたくない種類の人間だった。
才能があって、若くて、結果も出している。
「『夏の終わり、月面基地で君を待つ』書いた人ですよね」
俺はビールを落としかけた。
「……なんで知ってるの」
「読みました」
「どこで」
「本屋で買いましたけど」
「そうじゃなくて」
あれは新人賞受賞作だ。
俺のデビュー作。
一番好きだった。
そして、一番売れなかった。
初版がほとんど動かず、二巻も出なかった。
「好きです」
九条はあっさり言った。
心臓が一回だけ変な動きをした。
自分でも情けないくらい嬉しかった。
「……ありがとう」
「ただ、売れないと思いました」
「帰ってくれない?」
「まだ来たばかりです」
「俺のところから帰って」
九条は笑った。
むかつく。
「なんで?」
「冒頭四十ページ、主人公がずっと月面基地の説明してるじゃないですか」
「必要な設定なんだよ」
「私は好きですけど、あそこで脱落する人多いと思います」
「好きなの?」
「好きです」
「でも売れない?」
「はい」
即答だった。
俺はビールを飲み干した。
「君さ」
「はい」
「俺、今すごく機嫌悪いんだよ」
「知ってます」
「なんで」
「昨日、投稿サイトに新作上げてましたよね」
喉が止まった。
九条がスマホを出した。
そこには見覚えのある、長すぎるタイトル。
「読んだの?」
「一話だけ」
「……どうだった?」
聞くつもりはなかった。
でも聞いてしまった。
九条は少し考えた。
「三枝さんが、本当に描きたかったのはこれですか?」
言葉が出なかった。
「感想になってない」
「じゃあ感想言います」
九条はスマホをしまった。
「面白くないです」
こいつ、本当に帰ってくれないかな。




