今のは人
三日後。
栞からメッセージが来た。
『映画見ました』
続けて、暗い映画館の座席と、売店で買ったプリンの写真。
『映画館にプリンあるんだ』
『そこ?』
『原稿は?』
『三千字書きました』
『休む日じゃなかったの』
『休んだら書きたくなりました』
その一文を見て、少し笑った。
夕方、栞に呼び出されて駅前の喫茶店へ行った。
いつものノートPCはない。
代わりに映画の半券をテーブルへ置いている。
「面白かった?」
「普通でした」
「普通なんだ」
「でも、映画館はよかったです」
「何が」
「誰も私が九条栞だって知らないから」
それはたぶん、俺が思っていたより大事なことだった。
栞はスマホを差し出した。
「書いたやつ、読んで」
三千字。
今までの企画とは全然違った。
売れっ子女子高生作家が、何も書けなくなって地方の映画館へ逃げる話。
あまりにも本人だった。
「これ、出すの?」
「分かりません」
「売れそう?」
「三枝さんがそれ聞きます?」
「意地悪」
読む。
粗い。
栞にしては珍しく、構成もまだ見えない。
主人公が映画館で何を見るのかも決まっていない。
いつもの栞なら、もっと綺麗に組む。
でも。
「好きだよ、これ」
栞がこちらを見る。
「作品?」
「うん」
「……そうですか」
ストローの袋を細く折っている。
珍しく落ち着かない。
「何」
「別に」
「言いたいことある顔」
「三枝さん、人のこと分かった気になるの嫌いなんじゃなかったですか」
「反省してます」
「じゃあ聞いてください」
「何かある?」
栞は少し黙った。
「あります」
「何」
「私は、三枝さんのそういうところ好きです」
「作品?」
「今のは人」
心臓が止まった。
たぶん一秒くらい。
栞は立ち上がった。
「じゃあ帰ります」
「待て」
「締切なので」
「今の言って帰るの?」
「はい」
「ずるいだろ」
「作家なので、引きは大事です」
「そこで技術使うな」
栞は笑って逃げた。
俺は一人、テーブルに残った映画の半券を見る。
天才は恋愛まで速度がおかしい。
でも、その半券を大事そうに持って帰った栞は、俺が思っていたより普通の二十歳だった。




