保留
次に栞と会った時、向こうは普通だった。
「これ、次の章です」
「その前に」
「感想ください」
「その前に」
「何ですか」
「この前の」
「どの前?」
「今のは人、ってやつ」
栞はコーヒーを飲んだ。
「言いましたね」
「どういう意味」
「そのままです」
「そのままが分からない」
栞の耳が少し赤くなる。
「三枝さんは?」
「何が」
「私のこと、好きですか」
逆に来た。
「作家としては」
「知ってます」
「人としても」
「はい」
「かなり」
言ってしまうと、思っていたより逃げ場がなかった。
栞はコーヒーへ視線を落とした。
「じゃあ、付き合います?」
「……今?」
「今です」
「軽くない?」
「告白したの私なので、これ以上どう重くしろと」
「それはそうだけど」
返事をしようとして。
売上速報に栞の名前を見つけるたび、胃の奥が重くなる自分を思い出した。
「たぶん俺、君が重版した日に、素直に喜べない時あるよ」
「ありそうですね」
「即答するな」
「三枝さんなので」
「彼氏がそれって嫌じゃない?」
栞は少し考えた。
「私も三枝さんの原稿読んで、私ならもっと上手く書けるって思う時ありますよ」
「最悪だな」
「お互い様です」
笑いかけて、やめた。
「でも俺、それ込みで好きって、まだ格好よく言えない」
「格好よく言う必要あります?」
「俺にはある」
栞がしばらく俺を見る。
「じゃあ待ちます」
「何を?」
「三枝さんが諦めるのを」
「何をだよ」
「格好よく言うことを」
笑ってしまった。
「期限は?」
「決めません」
「作家が締切なしでいいの?」
「今回は特別です」
少しだけ間を置いて、栞が言った。
「保留で」
答えは出なかった。
でも、逃げた感じもしなかった。




