天才も止まる
九条から連絡が来た。
『会えますか』
喫茶店へ行くと、顔がひどかった。
「寝てる?」
「少し」
「何時間」
「三時間」
「帰れ」
「原稿書けないんです」
九条が書けない。
それだけで、少し驚いた。
「何日?」
「二週間」
「締切は」
「昨日」
「終わってるじゃん」
「はい」
USBメモリを渡される。
三万字。
上手い。
整っている。
正しい。
でも、前に読んだ原稿と同じで、どこにも引っかからない。
「どうですか」
「上手い」
「それ一番嫌なやつ」
「分かってる」
読み返す。
「これ、まだ続けたい?」
九条はうつむいた。
「分かんない」
「じゃあ今日は書かなきゃいいじゃん」
「締切あります」
「担当に相談」
「してます」
「じゃあ待ってもらえ」
「無責任」
「俺、担当じゃないし」
少しだけ笑った。
そのまま外へ出た。
「どこ行くんですか」
「散歩」
「なんで」
「分からない」
「無計画」
「作家に全部プロット求めるな」
夜の街を歩く。
いつも原稿の話ばかりしていたから、逆に聞いた。
「小説以外、何好きなの」
「急ですね」
「知らないから」
「映画」
「どんな」
「恋愛もの」
「意外」
「失礼」
「他」
「プリン。猫」
「並びが雑」
九条が少し笑う。
「今、何したい?」
少し考えて。
「プリン食べたい」
「じゃあ買うか」
コンビニで二つ買って、公園のベンチで食べた。
「三枝さん、こういう時もっと格好いいこと言えないんですか」
「書け、とか?」
「たとえば」
「言われたい?」
「嫌です」
「じゃあ言わない」
九条はスプーンを止めた。
「明日、一日だけ書かない日にします」
「いいんじゃない」
「映画見ます」
「うん」
「プリンも食べます」
「今も食ってるけど」
「明日は別です」
さっきより顔色はましだった。
その日初めて、俺は九条栞じゃなく、栞と話した気がした。




