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第44話「日曜日の朝、彼女の言葉が本物になった」


 金曜日の朝、目が覚めた。


 配信の翌日。


 まだ、来ていなかった。


 昨日のルシアの配信。あの言葉。「あなたの空っぽは、他人の感情で埋めなくていい」。


 それを、俺は、リアルタイムで聞いた。


 でも、まだ、感動は、来ていない。


 三日後まで、来ない。


 布団の中で、昨日の配信を、思い出した。


 彼女の声。素のままの、関西のイントネーションが混じった声。淡々と、でも、丁寧に、語っていた。


 内容は、覚えている。


 でも、感情は、まだ、ない。


 不思議な感じだった。


 大事な何かを、聞いた。それは、わかっている。でも、その「大事さ」が、まだ、胸に、来ていない。


 三日後を、待つしかなかった。


-----


 「おはようございます」とルシアが言った。


 「おはようございます」


 「ユウさん、今日、配信のこと、来てます?」


 「まだです」


 「そっか。三日後ですもんね」


 「うん」


 「日曜日」


 「うん」


 彼女は、少し笑った。


 「日曜日の朝、楽しみにしてます」と彼女は言った。


 「俺もです」


 「ユウさんの感想、聞けるの」


 「うん」


 彼女は、卵焼きを、皿に盛った。


 いつも通りの朝だった。


 でも、二人とも、日曜日を、待っていた。


-----


 金曜日と土曜日は、普通に過ぎた。


 でも、俺は、何度も、配信を、思い出していた。


 彼女の言葉を、頭の中で、再生していた。


 「私、ずっと、自分が、空っぽでした」


 「その空っぽを、みんなの感情で、埋めてました」


 「あなたの空っぽは、他人の感情で、埋めなくて、いいです」


 何度も、思い出した。


 でも、まだ、感動は、来ない。


 言葉は、覚えている。意味も、わかる。


 でも、それが、胸に、響くのは、三日後。


 土曜日の夜、ルシアが言った。


 「明日ですね」


 「うん」


 「日曜日の朝、来ますね」


 「来ます」


 「どんな感想か、ドキドキします」


 「俺も、どんな感動が来るか、わからないです」


 彼女は、少し笑った。


 「自分の感動が、わからへんって、面白いですね」


 「面白いですか」


 「うん。普通の人は、感動した瞬間に、わかる。でも、ユウさんは、三日後まで、わからへん」


 「うん」


 「明日の自分が、何を感じるか、今の自分には、わからへん」


 「そうです」


 「不思議な体質ですね」


 「不思議です」


 でも、その不思議が、今は、楽しみに、なっていた。


-----


 日曜日の朝、目が覚めた。


 目が覚めた瞬間に、来た。


 木曜日の夜の、配信。


 彼女の声が、彼女の言葉が、感情として、押し寄せてきた。


 「私、ずっと、自分が、空っぽでした」


 ——その言葉の、重さが、来た。


 彼女が、どれだけ、空っぽに、苦しんできたか。その苦しみが、今、俺の中に、流れ込んできた。


 「その空っぽを、みんなの感情で、埋めてました」


 ——その、必死さが、来た。


 空っぽに、耐えられなくて、他人の感情で、埋めようとした。その、生きようとする、必死さ。


 「あなたの空っぽは、他人の感情で、埋めなくて、いいです」


 ——その言葉の、優しさが、来た。


 かつての自分と同じ人に、向けた、優しさ。「あなたは、間違ってない。でも、別の道がある」という、優しさ。


 全部、今朝、来た。


 布団の中で、俺は、動けなくなった。


 いつもの、三日後の朝みたいに。


 でも、今朝のは、いつもと、違った。


 温かくて、優しくて、でも、少し、泣きそうな、感動だった。


 そして、もうひとつ、来た。


 配信の最後の言葉。


 「一緒に、ゴミ箱にならなくていい人生を、探しましょう」


 ——その「一緒に」が、来た。


 彼女は、一人で、抜け出そうとしてない。


 同じ苦しみの人と、「一緒に」と、言った。


 半年前、倒れて、運ばれてきた彼女が、今、誰かに「一緒に」と、手を伸ばしている。


 その変化が、その「一緒に」の一言に、全部、詰まっていた。


 それが、いちばん、胸に、来た。


 俺は、布団の中で、しばらく、泣いた。


 彼女が、ここまで、来た。


 その事実が、ただ、嬉しくて、泣いた。


-----


 しばらく、布団の中で、その感動を、受け取っていた。


 そして、気づいた。


 ルシアの言葉は、リアルタイムで聞くより、三日かけて、ゆっくり、染み込む方が、合ってる。


 木曜日の夜、リアルタイムで聞いた時、俺は、何も感じなかった。


 でも、三日かけて、何度も思い出して、今朝、やっと、本物になった。


 彼女の言葉は、「バズる言葉」じゃ、なかった。


 その場で、わっと、感動させる言葉じゃ、ない。


 ゆっくり、ゆっくり、染み込んで、三日後に、本物になる言葉。


 そして、俺の体質は、その言葉を、三日かけて、受け取る。


 完璧に、噛み合っていた。


 彼女の「ゆっくり染み込む言葉」と、俺の「三日かけて受け取る体質」が。


-----


 起き上がった。


 ルシアは、もう、起きていた。


 「おはようございます」


 「おはようございます」


 彼女は、俺の顔を、見た。


 「来ましたね」と彼女は言った。


 「来ました」


 「目、ちょっと、赤いです」


 「そうですか」


 「泣きました?」


 「少し」


 彼女は、少し、驚いた顔をした。


 「私の配信で?」


 「うん」


 彼女は、何も言わずに、俺の向かいに、座った。


 「感想、聞かせてください」と彼女は言った。


 俺は、少し、考えて、話し始めた。


-----


 「正直に、言います」と俺は言った。


 「うん」


 「木曜日、リアルタイムで聞いた時、俺、何も感じなかったです」


 「うん。知ってます」


 「でも、金曜も土曜も、何度も、思い出してました」


 「うん」


 「そして、今朝、来ました」


 「うん」


 「ルシアの言葉、三日かけて、ゆっくり、染み込んで、今朝、本物になりました」


 彼女は、じっと、聞いていた。


 「ルシアの言葉は」と俺は続けた。「バズる言葉じゃ、ないです」


 「うん」


 「その場で、わっと、感動させる言葉じゃ、ない」


 「うん」


 「ゆっくり、ゆっくり、染み込んで、後から、本物になる言葉です」


 彼女の目が、少し、潤んだ。


 「そして」と俺は言った。「俺の体質は、その言葉を、三日かけて、受け取る」


 「うん」


 「完璧に、噛み合ってました」


 「噛み合ってた」


 「うん。ルシアの言葉の、いちばんいい受け取り手は、たぶん、俺です」


 彼女は、何も言わなかった。


 でも、目から、涙が、一筋、こぼれた。


-----


 「ユウさん」と彼女は言った。


 「はい」


 「それ、最高の感想です」


 「ほんとに?」


 「うん。リアルタイムで『よかった』って言われるより、ずっと、嬉しい」


 「うん」


 「『三日かけて、本物になった』って」


 「うん」


 「私の言葉が、ちゃんと、誰かの中で、本物になった」


 彼女は、涙を、拭った。


 「私、ずっと、不安やった」と彼女は言った。


 「うん」


 「私の言葉、地味すぎるんちゃうか、って。バズらへんし、わかりやすくもない」


 「うん」


 「でも、ユウさんが、『ゆっくり染み込む言葉』って、言うてくれた」


 「うん」


 「それは、地味やない。ちゃんと、価値がある」


 「うん」


 「そう、思えました」


 彼女は、笑った。涙を、流しながら、笑った。


-----


 「それに」と俺は言った。


 「うん」


 「俺、気づいたことが、あります」


 「うん」


 「俺、ずっと、自分の体質を、欠陥だと、思ってました」


 「うん」


 「リアルタイムで感動できない。みんなと、同じ瞬間を、共有できない」


 「うん」


 「でも、ルシアの言葉は、俺の体質と、噛み合った」


 「うん」


 「三日かけて受け取るからこそ、ちゃんと、染み込んだ」


 彼女は、うなずいた。


 「俺の体質は」と俺は言った。「欠陥じゃ、なかったのかも、しれない」


 「うん」


 「ルシアの言葉の、いちばんいい受け取り手に、なれた」


 「うん」


 「それは、たぶん、才能、なのかも」


 彼女は、大きく、うなずいた。


 「才能です」と彼女は言った。「絶対、才能です」


 「ほんとに?」


 「うん。私の言葉を、いちばん深く受け取ってくれる人が、隣にいる。こんな、嬉しいこと、ない」


 「うん」


 「考えてみてください」と彼女は言った。「世界中に、何百万人と、配信者がいて、何億人と、リスナーがいる」


 「うん」


 「でも、ほとんどの言葉は、その場で消えていく。リアルタイムで、わっと盛り上がって、次の日には、忘れられる」


 「うん」


 「私は、そういう配信が、嫌やった。消えていく言葉を、量産するのが」


 「うん」


 「でも、ユウさんは、私の言葉を、三日かけて、ちゃんと、自分の中で、育ててくれる」


 「うん」


 「消えへん。ちゃんと、残る。本物になる」


 彼女の声は、少し、震えていた。


 「そんな受け取り手が、一人でもいたら」と彼女は言った。「配信する意味が、ある」


 俺は、少し、笑った。


 自分の体質を、初めて、「才能」と、思えた。


 それは、ルシアが、教えてくれたことだった。


 いや、ルシアだけじゃ、ない。


 俺の体質と、ルシアの言葉が、噛み合った。その「噛み合い」が、教えてくれた。


 一人じゃ、気づけなかった。


 二人だから、気づけた。


-----


 「次も、配信したいです」とルシアは言った。


 「うん」


 「ゆっくり染み込む言葉を、また、話したい」


 「うん」


 「ユウさんが、三日後に、受け取ってくれる」


 「うん」


 「それが、わかってると、安心して、話せます」


 「うん」


 「カナタさんにも、録画、送ります」と彼女は言った。「カナタさんは、リアルタイムで、感じてくれるかも。でも、ユウさんは、三日かけて。受け取り方が、違っても、いい」


 「うん」


 「いろんな受け取り方が、あって、いい」


 彼女は、そう言って、お茶を、淹れてくれた。


 日曜日の朝の、緑茶。


 いつもの味。


 でも、今朝の緑茶は、いつもより、温かく、感じた。


 たぶん、今朝、いい感動を、受け取ったからだった。


 窓の外は、晴れていた。


 初夏の光が、部屋に、差し込んでいた。


 桜は、もう、すっかり、葉桜になっていた。


 でも、葉桜の緑も、悪くなかった。


 新しい季節が、始まっていた。


 ルシアの、新しい配信と、一緒に。


 そして、俺の、新しい自己認識と、一緒に。


 俺の体質は、欠陥じゃ、なかった。


 ルシアの言葉の、いちばんいい受け取り手。


 それが、俺の、才能だった。


 二十数年、欠陥だと思って生きてきたものが、たった一人の人と出会って、才能に、変わった。


 人生は、わからないものだ、と思った。


 でも、わからないからこそ、これから先も、何か、いいことが、あるかもしれない。


 そう思えるように、なっていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この作品を少しでも気に入っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【評価(星マーク)】にて応援をいただけますと幸いです。


皆様の一票が、物語を書き進める大きな支えになっています。次回もよろしくお願いいたします。

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