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フチが徐々に勤務時間を通常通りに戻して行く中、いよいよキリが公安へ戻る日が決まった。

そんなある日。セキトがデスクで仕事をしているとトカゲがものすごい剣幕でやってきた。


「セキトさん!来月の15と16日は連休をいただきたい!というか絶対休みます!安心してください。仕事は全て片付けますから」


突然の襲来に書類作成の手伝いに来ていたウツギは唖然としている。対してセキトはいたって冷静だ。


「ほう。まずは理由を聞こうじゃないか」

「キリとウタハが1泊旅行に行きます!ゼロもモガ君のところでお泊まりです!久しぶりに家でカグラと2人だけの時間ができるんです!こんなチャンス、仕事をしてる場合じゃないでしょう!カグラの休みはスイレンに確保するように命令済みです」


『いや。気持ちはわかるけどいい加減カグラさん離れしろよ。と言うかスイレンさんもいい迷惑だろ』


あまりに私情入りまくりの行動にウツギは呆れ果てる。するとセキトが立ち上がって臨戦体制に入った。


「なるほど。しかしその理由で私が許可すると思っているのかい?2人きりなんて許すはずないだろう」


『いや。カグラさんいくつだと思ってんだよ。セキトさんもいい加減子離れしろよ』


訴える側も訴える側なら、聞くほうも聞くほうである。あまりに大人気ない会話の応酬にウツギは頭が痛くなってきた。


「もちろん、すんなり許可してもらえるとは思っていません。きちんと対策は講じてきてます」


スッとトカゲがスマホを出してくる。そこにはアギとのやりとりが映し出されていた。


「アギ……?はっ!まさか!」


その瞬間、セキトのスマホが鳴る。表示されたアギからの着信にセキトの顔が凍りついた。


「この……卑怯者め……」

「策士と言ってください。では、休暇の件よろしくお願いいたします」


悠々と去るトカゲの後ろでセキトがアギから電話越しに嗜められている。それを見ながらウツギは諦めの表情で仕事を再開した。




そして休暇当日。ウタハとキリはある町に来ていた。


「しっかし金髪似合わねぇな、お前」

「うっせぇな。ほっとけ」


ウタハは金髪のカツラを被りカラーコンタクトを入れて変装している。なぜそんなことをしているかと言うと、ここが昔住んでいた町だからだ。

そう。毒で両親を亡くした時に住んでいた町だ。


「さて。ある程度は調べてきたから、当時この辺に住んでた人達んところに話を聞きに行くぞ」

「ああ」


キリに促され昔住んでいた家のほうへと向かうウタハ。その体が少し震えている事に気づいて、キリはそっとウタハの手を握った。




なぜこんなことになったかというと、キリの研修終了が決まりコハクがご褒美でウタハと一緒の連休を用意してくれたところまで話は遡る。

せっかくなら旅行に行っていよいよ初体験をと考えるキリに、ウタハがお願いがあると言ってきたのだ。


「両親が亡くなった時のことを知りたい?」

「ああ」


毒の霧で両親が亡くなった時ウタハは5歳だったが、その時の事を全く覚えていなかった。それが両親が亡くなったショックでなのか、その後に起きた辛い出来事のせいなのかはわからない。

思い出しても悲しいだけかとウタハはあえてそのままにしていたのだが、最近色々あったためにやっぱり知りたいという気持ちが湧いてきたのだ。


「でもなんで俺に?コハクに言えば当時の資料は見せてもらえるだろうし、トカゲやカグラに記憶を見てもらってもいいだろう?」


思い出せないだけで脳のどこかに記憶はあるはずなので、トカゲ達の能力なら見ることは可能だろう。それでもウタハはキリと一緒に当時のことを調べたいと言ってきたのだ。


「……お前は一緒に苦しんで泣いてくれるって言ったから……」


キリでないとダメなのだ。受け止め切れるかわからない過去を一緒に知りに行くのは。


「わかった。なら連休にお前の住んでたとこに行くか。それまでに下調べはしといてやるよ」

「ありがとう。……ごめんな」

「なんだよ、急に」

「だって、せっかくなら旅行でもと思ってたのに。俺の都合に付き合わせることになったから……」


ウタハだってキリとのことを考えていた。それでも前に進むためには過去を置き去りにはできなかったのだ。


「今更だろ。そんなとこも全部まとめてお前に付き合ってやるって決めたんだから」


仕方なさそうに言うキリだが、実は少し嬉しかったのだ。ウタハを支えられるのが自分だということが。ウタハが苦しみを一緒に乗り越えたいと思ったのが自分だということが。

だから何があってもキリはウタハの手を離さないのだった。




あらかじめキリが調べていた人達に当時のことを聞きに行くウタハ達。だがさすがに20年以上前のことを覚えている人はいなかった。


「やっぱ難しいか」

「近所に住んでても関わりがあるとは限らねぇからな。人が死んだとはいえ事故として処理されたし。そこまで興味を持った人も覚えている人もいねぇんだろ」


なかなかうまくいかない聞き込みに、それでもキリは冷静にリストを見て家を訪ねて行く。すると、ついに当時ウタハの両親と親しかったという人が出てきた。


「道で会えば話す程度だったけど、いつも笑顔で話しかけてくれてね。お母さんが歌が好きだからよくウタハ君と一緒に歌って歩いてたわ」


ウタハの中で懐かしい記憶が蘇る。買い物に行った帰りに見た夕焼け。手を繋ぐ母の優しい笑顔。母が歌が好きだからウタハと名付けたのだと話してくれた声。


「実は事故の日ね。私、お父さんに会ってるのよ。家に帰る途中でね。明日ウタハ君を遊園地に連れて行ってあげる約束をしてたのに、仕事になったから謝らないといけないって話してたの。なのにあんなことになって……」


少し涙ぐむ女性を見ながらウタハは全てを思い出した。あの日、あの家で何があったのか。


「……ありがとうございました」


女性に礼を言い、ウタハとキリは車を停めてある駐車場まで歩いていく。ウタハの顔は暗く沈んでいた。


「全部思い出した。あの日、父さんに遊びに行けなくなったって言われて、悲しくて腹が立って泣いたんだ。約束したのにって。そしたら見たことないくらいたくさんの糸が出て、黒い霧が父さんと母さんを包んだ。……2人はあっという間に倒れて動かなくなった」


沈む瞳が記憶の中の光景を見ている。なぜ彼が背負わなければならなかったのか、理由の見つからない悲劇の光景を。


「ありがとう、キリ。もう帰ろう」




みんなはウタハ達はこの連休を使って旅行を楽しんでいると思っている。だがウタハの過去がわかったあとどうなるかわからなかったので、2人はホテルも取っていなかった。

家への道を車で走りながら、キリが急にハンドルをきってある場所へと入って行く。


「キリ?」


車が入って行ったのはラブホテルだった。突然のキリの行動にウタハは慌ててストップをかける。


「キリ?何考えてるんだ?帰るんだろ?」


ウタハの言葉に耳も貸さず、キリは車を駐車場に停めた。そのまま建物の中へ入ろうとする。

普通ならこんなシチュエーションになれば恥ずかしくても嬉しいはずだった。でも両親の最期を思い出し抱えきれない悲しみに苦しんでる状態では、とてもじゃないが喜べない。


「キリ。なあ。今はそんなことする気分じゃない」

「うるさい!」


止めようとするウタハを一喝するとキリは無理やり手を引いて部屋へと入って行く。


「そんな状態で帰れねぇだろ。ここなら他の人間に会うこともない。今夜はここに泊まるぞ」


有無を言わさずウタハをベッドに座らせ、キリも隣に座る。


「…………」

「…………」


キリは何も言わない。

このシチュエーションや突然のキリの行動で混乱していた頭が落ち着くと、先ほど思い出した光景が再びウタハの思考を占領していった。


「……父さんは優しかったんだ。仕事忙しかったけど、できるだけ時間作って遊んでくれた。母さんは怒ると怖くて。でもいっつも俺のことを考えてくれてた」


ポツポツと語るウタハに、キリはただ静かに耳を傾ける。


「あの日。父さんにバカって言っちゃったんだ。楽しみにしてたのに約束守ってくれなかったから。でも本気で怒ってたんじゃない。甘えたかっただけなんだ。なのに………それが最後の言葉になるなんて………」


涙は出てこない。出てくるのは絞り出すような声だけだ。


「あんなことが……あんなことがなかったら、次の日父さんに謝って、別の日に遊園地に連れてってもらって山ほど甘えられたはずなのに………なんで俺だけこんな目に遭わないといけないんだよ!こんな力いらなかった!父さんと母さんを返せよ!俺の幸せを返せ!」


命を捨て去りそうなほどの叫びに、キリが強くウタハを抱きしめる。それでも言葉は出なくて。ただ体を震わせてその怒りを受け止めるしかできなかった。


「………なんで……なんで俺だったんだ……」


それは永遠に答えの出ない問いだった。


愛と欲を交わすはずの場所で、2人はただ静かに寄り添い夜を越える。

救いも希望もない中で、ただキリの温もりだけがウタハの命を包んでいた。

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