62
ルナ拉致事件からニヶ月が経ち、キリはまだ14班にいた。
「ルナの様子はどうだ?フチ」
「まだ時々寝ながらうなされる時はありますがだいぶ減りました。仕事も順調みたいだし、少し安心してます」
「そうか。店の人やお客さんにも感謝だな」
事件後、ルナは人前に出ればまた狙われるのではないかと仕事を辞めようと考えていた。だが退院の報告に行った時にお客さんから口々に「心配してた」「また相談にのってほしい」「ルナ君が店にいないと寂しい」と嬉しい言葉をかけてもらい、店の仲間も勤務時間や内容を調整するから続けてはどうかと協力してくれたので復帰することができたのだ。今は常連相手に短めの勤務時間で様子を見ている状態だ。
「少しずつ働く時間を延ばそうかって話も出てますし、僕も勤務時間を徐々に戻していくつもりです。公安のみなさんもキリさんが戻って来るのを待ってると思いますしね」
「それは気にしなくていいぜ。武器商人の捜査も順調みたいだから、もうちょっと修行していいって言われてるし」
ルナが仕事の時以外は一緒にいれるようにと、フチは勤務時間を短くしてもらっている。その穴埋めとしてキリが残っているのだ。ちなみにウタハは事件後すぐに14班に戻ってきたが、今はお使いで外出中だ。
「修行じゃなくて研修ね。キリくんがまだいてくれるならホムラくんが本部に行っても手は足りるけど、ホムラくん、本当に断っていいの?」
建物にいた者達を鬼神の如く捕まえたホムラの活躍は本部にも届き、栄転の誘いがきた。しかしホムラは悩むことなく即決で断ったのだ。
「もちろんです。コイツらを放っては行けませんからね。特にフチは保護すべき相手を置き去りにして犯人を追うなんて精神が未熟な証拠だ。通常勤務に戻ったら鍛錬の量を増やすからな」
ホムラなりの愛なのだろうが、なんだかズレている気づかいにみんなはゆるい笑みが漏れる。
「そういえばフチくん、結婚式はどうするの?」
コハクが話題を変えようと絶賛婚約中のフチ達の今後を聞いてきた。
「ルナさんが落ち着いたらまずは親に挨拶に行こうって話してます。式は焦らなくてもいいかなって」
「そっか。2人のペースでいけばいいもんね」
わぁっと部屋が幸せな空気に包まれた時、はっとコハクが気づいてシュカを見た。
「えっと、シュカくんも、その」
「ちょっと、僕をかわいそうな人みたいに見ないでくださいよ。別に結婚を延期しただけで破局したわけじゃないんですから」
「でも結局まだ家も見つけれてないんだろ」
セイの卒業まであと1ヶ月と迫っているのだが、キリの言う通りシュカ達は家探しが進んでいなかった。結婚の延期を決めたのすら驚きなのにそんな状態では、周りが言葉にできない心配を抱えるのも無理はない。
「仕方ないでしょ。セイが研究で忙しいんだから。別にセイは寮じゃないから焦って引っ越さなくてもいいし、ウタハだって僕がまだ寮にいれば身の振り方考える時間ができるでしょ。キリこそウタハとどうするか考えたら」
「……うっせぇなぁ。ほっとけ」
結婚の延期を決めてから、シュカはどことなくドンと構える雰囲気が出てきた。以前からの毒舌に落ち着きが加わり、今や14班では口で勝てる者は誰もいなくなっている。
そんな前に進んだりあまり変わらなかったりな面々は、相変わらずの日々を過ごしていた。
お使いの相手がカグラだったウタハは、待合室でルナに会っていた。
「ルナ!久しぶりだな!体調はどうだ?」
「ウタハさん。もうすっかり元気になったよ。カグラさんの診察でも今日は叱られなかった」
「アイツ遠慮ないからなぁ」
「ふふ。優しいよね。そうそう、この間ココアをもらったんだ。まだ時々うなされるって話したら、そんな時はココアを飲んだらいいよって。フチ君と2人で飲んだら心が落ち着いてグッスリ眠れたよ」
「……そっか。良かったな」
スイレンに聞いた話を思い出す。なぜカグラがココアを好きなのか。自分がカグラに教えた幸せを、カグラが他の人の安らぎに繋げた。そのことがなぜだかとても嬉しく感じるウタハだった。
「今日はもう帰るのか?送ってこうか?」
「ううん。フチ君の仕事が終わるまでここにいろって言われてるから。ヨルさんに会いに行こうかと思って」
ヨルは糸の出せなくなる薬の研究のために、カグラの元で働くことが決まった。小さなラボが与えられそこに常駐している。
「なら俺もちょっとだけ顔だそうかなぁ。しばらく会ってないし」
「じゃあ一緒に行こうか。ヨルさんも喜ぶよ」
2人でヨルのラボへと向かいながら、ウタハはルナを拉致した男達の話をした。
「フチと2人で聞いたんだろ。犯人達のこと」
「うん。コハクさんが話してくれた」
犯人のうちの1人、ルナを説得して連れて行こうとした男は子供の頃に親が殺人で逮捕されていた。ニュースでも大きく取り上げられた事件で、どれだけ隠してもどこへ行っても犯人の子供ということがバレて周りから酷い扱いを受けてきたのだった。
それでも真面目に生きてきたのに、同僚が起こした暴力沙汰にたまたま居合わせただけで仲間扱いされ前科がついた。その事で全てを諦めてしまい犯罪に走った結果、今回捕まったグループに流れ付いてルナの拉致を主導したのだった。
「犯人の事情を知ったから許せるなんて簡単なことじゃないけど、理由がわかれば少しは楽になれる部分もあるかもしれないからってコハクさんは言ってた。私はまだ犯人に対してどうこう思えるほどの余裕はないから、これからのことだろうけど」
「そうだな。まずは心と体を癒すことを最優先しないと。……先輩からの助言だ」
ウタハは自分も昔監禁されたことがあるとだけルナに話した。詳しい内容は今のルナには負担になると思ったので、ただ監禁されたとだけ。
「そして先輩からの助言をもう一つ。これから何年も何十年も経ってから、犯人に対して殺してやりたいほどの憎しみが湧いてくるかもしれない。なんであんな目に遭ったんだろうって死にたくなるほど辛くなる瞬間がくるかもしれない。そんな時は……フチが一緒に苦しんでくれる」
「……苦しんでくれる?」
救ってくれるでも、支えてくれるでもなく、苦しんでくれる。その言葉の意味がルナにはよくわからない。
「そうだ。はっきり言ってこの苦しみから逃れる方法なんてない。一生苦しみ続けるしかない。でも、そんな時にその苦しみを肯定して一緒に泣いてくれるヤツがいたら……とりあえずは歩いていける。歩けば何かは変わる。そうやって光と闇の間を行ったり来たりして、笑う時間のほうが多くなれば俺達の勝ちだ」
勝ち負けの話でもないのだが、それでもウタハはそう言いたかった。強がりでも前を向きたかった。
「私達の勝ちか。なら何が何でも笑ってやらないとね。私は結構負けず嫌いなんだ」
繊細に見えて意外とタフな姿に、ウタハはルナならきっと大丈夫だろうと安心と少しの嬉しさを感じた。
2人がヨルに与えられているラボに着くと、主が待ち侘びていたようで出迎えてくれた。
「あれ?ウタハ?」
「ルナと待合室で会ったから一緒に来たんだよ。お前と全然会えてなかったしな」
「そうなのか!嬉しいよ。今ハナがララのお迎えに行ってるんだ。そのままこっちに来る予定だから会ってやってくれ」
「おっし。サボり決定だな」
ウタハの軽口にみんなで笑いながら3人はラボへと入って行く。応接用のソファに腰掛けたところでルナがおもむろにヨルの方を向いて合掌のポーズをとった。
「実は……ヨルさんにお願いがあって」
「私に?何かな?」
「テーブルマナーを教えて欲しいんだ」
「「テーブルマナー?」」
唐突なお願いにウタハまでおうむ返しをしてしまう。戸惑う2人を見てルナが慌てて事情を説明しだした。
「その……今の状態が落ち着いたらフチ君とお互いの両親のところに挨拶に行こうって話してて」
「ああ。結婚するんだったね。おめでとう」
「ありがとう。それで、今になって知ったんだけど、フチ君の実家って凄いお家らしくて……」
フチの実家は商社を経営しているのだが、誰もが一度は聞いたことのある社名にウタハとヨルはポカンと口を開けてしまった。
「アイツ、そんな凄い家の子だったのかよ」
「私も知らなかったから驚いたよ。家業はお姉さんが継いでるから自分はただの一般人だってフチ君は言ってるけど、実家に行くってなったらどうしたらいいかわからなくて。私は田舎育ちでマナーなんか全くわからないし……」
「いや、田舎育ちでなくてもそんだけの金持ちの家に行く時のルールなんてわかんねぇよ」
大きな体が消え入りそうに小さくなっているルナがかわいそうになり、ウタハはなんとかフォローしようとする。するとヨルが動いた。
「私ができる限りのことを教えるから安心してくれ。フチ君のご両親は何度かお見かけしたことがあるけど、とても穏やかな方達だったから大丈夫。ルナさんなら絶対気に入られるよ」
「そうだぜ。お前ならどんな親だって大丈夫だって。自信持てよ」
息ぴったりに励ましてくる2人がなんとなく面白くて、ルナの気持ちは少し軽くなった。
「ありがとう。結婚したらご両親とも家族になるんだもんね。がんばるよ」
明るい未来へ向けて笑顔になる姿を見て、やっぱりルナなら大丈夫だとウタハはなぜか自分まで嬉しくなっていた。




