61
ルナを救急車で搬送させるのに付き添いがフチだけでは心配だとキリまで乗って行ったので、ウタハはシュカと共にコハク達の元へ戻ろうとしていた。
「あそこでフチを止めるのはお前だからできたな。俺のルームメイトは凄いヤツだ」
歩きながら素直にシュカを褒めるウタハは、てっきり「当たり前でしょ」なんて鼻高々な返事が返ってくると思っていた。だが返ってきたのは意外にも「まあね」とテンション低めの声だった。
「どうした?いつもならもっと威張り散らして『僕を崇めろ』くらいのこと言ってくるのに」
「ウタハは僕を褒めたいの?貶したいの?どっち?………まったく…………僕、結婚はやっぱり延期しようかな」
急な話題の転換にウタハがぽっかり口を開けていると、間抜け面に笑いながらシュカは呟いた。
「僕は被害者って名前じゃないけど、僕が親に売られて腕を切られたのは確かにあった事実なんだよね」
袖を捲り、腕の傷を見つめるシュカ。傷は昔よりは薄くなったが、それでも肘から手首まで大きく皮膚を縦断していた。
「セイと結婚したいのは僕の本心だけど、その中には苦しんだ分完璧に幸せな人生を送ってやるって気持ちがあったんだと思う。それはさっきのフチの復讐心とよく似た感情だ」
シュカがフチを止めたのは、昔のシュカとセイと同じだからだとウタハは思っていた。だがその心の中はもっと複雑だったのだ。
「そんな気持ちで結婚なんてしたらダメだって気づいたんだよ。セイを復讐なんかに巻き込みたくない。だから一緒に暮らして、たくさん話をして、自然と結婚したいって思えたらでいいかなって。僕はセイと一緒にいれるだけで幸せだしね」
憑き物が落ちたようにシュカは自然な笑みでセイを好きだと言った。シュカもまた、やっと過去から解き放たれたのかもしれなかった。
「お前はすっかり過去を乗り越えて前に進んでると思ってたけど、それでも抱えてるもんはあったんだな」
「僕も自分がこんなに迷う人間だなんて思ってなかったよ。誰かさんのせいだね」
何のことだ?という顔をするウタハにシュカはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「ルームメイトがクソ真面目に全部抱えて生きようとする姿見てたら、僕まで影響受けちゃったじゃない」
自分ばかり影響されて助けられてると思っていたのに。ウタハはルームメイトの意外な告白に嬉しくなる。
「まあ。君がルームメイトで良かったよ」
その後、14班の担当箇所に着いたウタハ達は苦笑いを浮かべていた。
「何ですか?その死体の山」
シュカが言っているのはホムラの後ろに山のように積まれている死体、もとい麻酔で眠らされた建物から逃げてきた者達だった。
「ホムラくんが張り切っちゃってね。こっちきたヤツ全部眠らせちゃったんだよ。凄かったよ〜」
ほんわかと言うコハクだが、ホムラが両手の拳銃を振り回し扉から出てくる者を次々と眠らせていく光景は恐ろしいことこの上なかった。
ちなみにこの時眠らされた者達は、後日口を揃たように「扉を出たら猛獣に襲われた」と証言したそうだ。
「ルナ君の様子はどうなんだ?怪我は大したことないとは言ってたが」
眠らせた者達を運ぶために担ぎながら、ホムラが心配そうな表情を浮かべている。
「衰弱はしてるけど、病院で治療すればすぐに元気になるだろうとのことでした。ただ……」
ウタハがルナにあったことをコハク達に報告する。フチが暴走しかけたことも。
「そう。2人とも辛い思いをしたね。フチくんはしばらくルナくんに付き添いたいだろうし、本人が望めば仕事は休めるようにしよう」
事件というのは、解決してもたくさんの爪痕を残していく。それは一生続くものかもしれない。それでも……
「2人とも、ルナくんを助け出してくれてありがとう。君達を信じて良かった」
一つでも命が救えるなら、一つでも次の犯罪を防げるなら、全力で事件に立ち向かう。
コハク達がそうして紡いできた思いを、ウタハ達が受け取り、そしてまた誰かに繋いでいくのだ。
それが信じて託すということだから。
その頃。他の面々も事件の処理のために奔走していた。
「だからダメだって!俺と一緒に帰るよ!」
スイレンはルナ救出の一報を受けて捜査官達に見つからないように帰ろうとしていたのだが、ジルバが現場に向かおうとするので必死に止めていた。
「なんで!結局キトラ達が活躍してんの見れなかったじゃん!ちょっとでいいから見たい〜」
「何言ってるの!遊びじゃないんだから、捜査官達の邪魔しちゃダメ!」
「遊びじゃなくて社会見学だもん!」
パーカーを伸びそうなほど引っ張ってジルバが走って行こうとするのを止めるスイレン。
本気を出せばスイレンなどあっという間に振り切れるだろうに、ヤイヤイとじゃれあっているところを見るとジルバはただ楽しんでいるだけのようだった。
拠点にいた者達の確保が終わっても輸送や取り調べなどここからが本当に忙しくなるミソラの元へ、セキトがやってきた。
「こっちも作戦は成功したよ。武器商人への手がかりを得るためにトカゲ君達が情報をとってくれてる」
「そうか。ご苦労だったな」
「ところで、うちの子が現場の周りをウロチョロしてなかったかい?」
にこやかに問うてくる時は悪巧みしている時だと、幼馴染として嫌ほど知っているミソラはため息をつきながら答えた。
「スイレン君が連れ帰ってくれたよ。お前の子育ては乱暴過ぎないか?」
「とても元気な子なんでね。ついでに言うととても優秀だ。親バカじゃあないぞ」
「はいはい。キトには言ってないから自分で説明するんだぞ。……ちなみに彼はどれくらい優秀だ?」
「すぐに君か私の部下になるかもな」
「そうか。それは楽しみだ」
若い子達が才能を存分に発揮して活躍する。セキトやミソラには、それが何より嬉しいことだった。
トカゲチームが捕まえた者達を公安へ移送しようと刑務所を出た時、カグラはルナの元へ向かおうとしていた。
「ダイナ達も大丈夫みたいだし、僕はルナ君の様子を見に行ってくるよ!」
「送って行こうか?」
「大丈夫!トカゲは自分の仕事をして!」
そう言ってサッとタクシーを捕まえて走り去る姿を見送りながら、「君の仕事は人を助けることになったね。人を捕まえることより、そのほうがずっと君らしい」とトカゲは幸せそうに呟いた。
事件解決の連絡が診察室に届いたのは、ちょうど相談者の波が一区切りついたタイミングだった。
通話を切ったモガから出たのは、喜びと安堵、そしてなぜか僅かに戸惑いの混ざった声だった。
「スイレンさんはこっち戻って来るって。何でか知らないけどジルバも一緒に」
「ジルバも?学校は?」
「さあ?」
首を傾げながらスイレン達を待つ2人。
そしてこの後、ことの次第を聞いたゼロにジルバはこっぴどく説教されることになるのだった。
慌ただしい1日が終わりルナが目を覚ましたのは翌日の夕方だった。ふと温かさを感じて視線をやると、フチが手を繋いで眠っている。ずっとベッド脇でルナに付き添っていたため疲れて寝てしまったようだ。
「フチ君」
優しく声をかけるとゆっくりと瞼が開く。大好きなピンクの瞳が見えた時、ルナはやっと助かったんだと実感した。
「ルナさん。ごめんなさい。寝ちゃったみたいで」
ぼんやりしながら体を起こすフチにつられてルナも起きようとするが、まだ体に力が入らない。
「無理しちゃダメです。衰弱が酷かったって先生が言ってましたから」
フチが体を支えて上半身を起こすとルナは恋人の心臓の鼓動を聞くように胸に耳を当て、そして安堵した表情を浮かべた。
「……怖かったですよね。ごめんなさい。助けるのが遅くなって」
ゆるく首を振ると、再び心臓の音を聞きながらルナはゆっくりと語り出した。
「ううん。怖くなかったよ。フチ君が来てくれるって信じてたから……」
それは本心だったのだろう。だが、次第にルナの体を震えが襲っていく。
「……ごめん。嘘だ。本当は凄く怖かった。何されるんだろう。どこに連れてかれるだろうって。……フチ君にも、みんなにももう会えないのかなって、凄く怖かった」
震える恋人の体を強く抱きしめる。腕から伝わる恐怖がフチの心を苦しめた。
「大丈夫。もう大丈夫ですよ。ルナさんを苦しめる人達は全員捕まえました。もう誰もルナさんを傷つけません」
泣きながらコクリと頷くルナに、決意したようにフチは手を握った。
「ルナさん。僕と結婚してください」
突然のプロポーズにルナは驚きで涙が止まる。
「こんな時にと思いますよね。でも今だから言いたいんです。ルナさんの、傷ついた心を支えたい。今度こそ何があっても守りたい。そして……もう二度とルナさんを置き去りにして苦しめたりしないって誓いたいんです」
怒りに囚われた自分をフチは許せていなかった。結婚というかたちでルナに自分の気持ちを伝えたかった。
「……嫌だ」
「……え?」
まさか断られるとは思っていなかったのでフチは戸惑う。やはり置き去りにしたことでルナの心は離れてしまったのかと焦りまで感じ出した時。
「だって、フチ君のことは誰が守るの?」
「……僕?」
自分のことを言われてどう返したらいいかわからないフチに、ルナは少し怒っているようだった。
「私だけ守られてもフチ君が苦しんでたら喜べない。今回も、フチ君だって苦しんだのに……そんなの嫌だよ。私はフチ君と一緒に幸せになりたい」
『……ああ。だから僕はこの人が好きになったんだった』
優しくて繊細で芯が強くて。それはルナに一目惚れした時にフチが語った言葉だった。
「……言い直します。ルナさん。ずっと一緒にいてください。僕をそばで支えてください。……僕と結婚してくれますか?」
「……はい。喜んで」
今までで一番美しい笑みで、ルナはフチのプロポーズを受けた。




