59
突入作戦の朝。カグラとスイレンが不在の診察室で、ゼロが落ち着かない様子でウロウロと歩き回っている。モガは苦笑しながらそれを見ていた。
「ゼロ。君が不安になってもしょうがないでしょ。とりあえず座りなよ」
「でも……スイレンさんまで参加するなんて、こんな大きな事件初めてだし。みんなが心配で」
事件のことは2人には詳しく話されていない。もちろんルナが拉致されていることも。
「大丈夫だよ。私達を捕まえた人達だよ。今回もしっかり解決してケロッと戻ってくるよ」
「う〜。モガは随分と肝が据わったよね。僕はずっとネガティブなままなのに」
「カグラさんに色々と教わって、自分に何ができるか見えてきたからね。ゼロの能力はまだわからないことが多いけど大丈夫だよ。ゼロだって自分の道を見つけられる。今だって診察の手伝いを頑張ってるじゃないか」
「それは……自分にできることはしたいから」
恥ずかしそうにしながらもちょっとだけ前を向いた声を聞いて、モガが一層明るい声を出した。
「さあ。なら、やるべきことをやろう。私達の戦場はここだ。カグラさん達が不在でも心配ないってところを見せるよ」
「……うん。頑張ろう」
やる気に燃える2人のところに、最初の相談者が現れた。
ウタハ達は突入準備のために本部に集められていた。メインで突入する本部の捜査官達をサポートするため、14班には逃亡者を逃さないように出口をかためるよう指示が出される。
コハクが打ち合わせに行っている間、班員がそれぞれに作戦の確認をしているとシエンが通りかかった。
「14班は西の出口担当だな。近くに狙撃銃を持ったうちのメンバーもいるからよろしく頼むぞ」
常と変わらない冷静な空気が、フチの前に来ると少しだけ心配と信頼の色を滲ませる。
「フチ。決して1人で抱え込むなよ。お前のいる班は最高の班だ。そしてお前も班に恥じない立派な捜査官だと俺は信じている」
ルナのことは口には出せないが、シエンはできる限りの気持ちを伝える。フチも強く頷いた。
「さて。じゃあ俺も部下のところに戻るよ。腕付きの銃は俺達が人を守るために作りあげたものだ。決して戦場で人を殺す道具になんてさせないさ」
腕付きの銃が出回っていることに関してはシエンが一番怒りを覚えているかもしれない。誇り高き腕付きの捜査官は、歩く姿すら美しく仲間のところへ戻っていった。
いよいよ作戦が開始された。
突入する拠点は5階建ての大きな建物で、中にいる人数も3桁を超えることが予想された。本部の人間が建物へと流れ込んでいく中、ウタハ達は指示された出口で誰も出てこないか見張っている。
やがて次々と無線から連絡が入ってきた。
『こちらキトラ。1階北側、制圧完了』
いの一番に制圧の報告をするキトラにウタハ達は流石だと感心する。だがその喧騒の中で、ルナの居場所はまだ判明しないのかとジリジリとした時間を過ごしていた。
捜査官達が作戦を実行している頃。スイレンは少し離れた物陰でルナの粒子を追っていた。
『集中しろ。細かな粒子の動きも見逃すな。必ずルナ君を見つけるんだ』
「スイレンさん?何してんの?」
後ろから呑気な声がして驚いたスイレンが振り返ると、なぜかジルバがいた。
「ジルバ君⁉︎なんでここに⁉︎っていうか、学校は?」
この時間は学校にいるはずなのに、ジルバは私服でのんびりと「こんにちは〜」と挨拶してくる。
「なんかキトラ達が最近忙しそうだからどうしたのかなって調べてみたら、今日大きな突入作戦があるみたいだから見に来てみた」
『調べたって……警察の極秘情報だぞ。この子、実は凄く賢いんじゃ……』
さすがはダイナのところにいたというところか。突入の情報をあっさり掴んでしまうジルバにスイレンはどうすればいいのかわからない。
「あ、ちゃんとセキトとアギの許可は取ったよ。学校にも休みだって連絡してもらった。キトラとコハクには怒られそうだったから言ってないけど」
『セキトさん……アギさん……育て方が大らか過ぎです』
極秘情報を勝手に入手し現場に向かう少年。それを学校を休ませて応援する2人にスイレンは言葉がない。キトラの心労を思うと哀れで仕方なかった。
「で?スイレンさんは何してんの?」
突入作戦の情報は手に入れてもルナのことは知らないらしいジルバに、どこまで話すかスイレンは悩む。
「……ジルバ君はなんでここに来たいと思ったの?」
「俺?捜査官になりたいから」
まさかの答えにスイレンは更に驚く。
「あ。驚いた顔してる〜。そりゃそうだよね。こないだまで捕まる側だったんだから」
あまりのジルバの軽さにスイレンはますます何を話していいのかわからない。
「……キトラんとこで暮らしだしてさ。学校行って部活して友達もできて。思いっきり力を使うことも力を認めてもらうことも、俺の願いは全部叶ったんだ。そしたらさ、今度はこの力で人の役に立ちたいって思った。キトラ達みたいに人を助ける仕事がしたいって」
ふと、10年前のウタハを思い出す。助け出された時のコハクの眩しさに憧れて捜査官になりたいと語った少年の姿が、真っ直ぐに夢を語るジルバと重なる。
「詳しい話はできないけど、俺はあの建物内の粒子を追ってるんだ。それは凄く集中しないといけなくて。ここまで建物から人が逃げてくるとは思えないけど、警戒は怠れない。……俺が集中できるように周囲を見張ってくれる?」
真っ直ぐな少年の瞳に輝きが加わる。スイレンは自然とあの問いをしていた。
「信じていい?」
「……もちろん!俺に任せてよ!」
その瞳はやはりあの時のウタハと同じで。彼等を必ずルナの所へ繋げようと、スイレンは粒子の流れへと意識を向けた。
警察の突入によって建物内が騒がしくなってきた頃。ルナのいる部屋に男達2人がやってきた。
「クソッ!なんでここがバレたんだ!」
「考えるのは後だ!とにかくコイツ連れて逃げるぞ!」
『もしかして警察が来た?……フチ君が助けに来てくれた⁉︎』
急いだ様子でルナの首輪を外そうとする男達に、ルナは糸で抵抗する。連れ出されれば今度こそ助けが届かなくなるかもしれないので必死だ。
「おい!抵抗すんな!」
ルナにずっと欲望を向けていた男にバシッと頬を叩かれる。口の端から血が流れるが、ルナはそれでも男達を睨んで屈服しない意志を見せた。
「ムカつく目だな。大人しく言うこと聞いてりゃいいのに」
更に暴行加えようとする男をもう1人が止める。氷のように冷たい瞳で静かにルナに語りかけた。
「言っておくが、これ以上の抵抗はお前にとっても何の利益にもならないぞ」
てっきり力ずくでこられると思っていたのに、まるで理屈のわからない説得にルナは更に警戒を強めた。
「お前はこのまま警察に見つかれば保護されると考えてるだろうが、現実はそう甘くない。能力者が犯罪グループの拠点にいた。それだけでお前は俺達の仲間扱いされる」
驚きで目を見開くルナ。まだ警戒は解かれないが、わずかな戸惑いがその中にジワッと混じっていく。
「信じられないか?だが考えれないことでもないだろ。能力者というだけで世間は畏怖し犯罪を疑う。そして一度貼られたレッテルは二度と剥がれることはない」
冷静な男の声に怒りが混じっていくのをルナは感じた。何が彼に憎しみを与えているのか。その説得に徐々に引き込まれていることにルナは気づいていなかった。
「ここに来た時点でお前は俺達と来るしかないんだよ。ほら。無駄な時間を取られる前に、さっさと逃げるぞ」
男の手がルナの首輪にかかる。抵抗を忘れている間に、ルナを縛り付けるための枷はあっさりと解かれてしまった。




