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キリからの嬉しいお誘いの翌日。ウタハはトカゲとミーティングルームにいた。アカリやコハクと相談した結果、ウタハとキリの研修をそろそろ終わりにしようとなったためだ。
「コハクさん達が追っている事件次第だが1〜2週間で戻ってもらうことになるかな。事件についてはうちも捜査に加わるから帰るまでに情報は頭に入れといてもらうよ。まあ残りの研修期間はせっかくだから公安の仕事を見てもらおうか」
ウタハと過ごせるのが嬉しいのかトカゲはウキウキしている。そのままウタハはその日1日をトカゲについて過ごすことになった。
「ちょうど銃に関連してるグループの人間を見つけたから、情報を取りに行こうか」
そう言って連れて行かれたのはパチンコ屋だった。ターゲットが座る台の3つ隣にトカゲとウタハが並んで座る。
「今回は情報を多めにとるからね。少し時間がかかるよ」
その間は自然に振る舞うようにと言われたのでウタハはやったことのないパチンコで適当に玉を流しながらトカゲの様子を伺う。その姿は普通の客にしか見えなかった。
『これで洗いざらい記憶を取られてんだもんな。よく考えたら怖ぇよな』
しばらくして記憶をとるのは終わったと言われ店を出る。トカゲばかり見ていたウタハはすっかり玉を使い果たしていたが、トカゲは適度に当たりを出して稼いだためしっかりカグラの好きそうなお菓子を手に入れていた。
『変に器用なんだよな、コイツ』と、感心していいのか呆れていいのかウタハにはわからなかった。
「そろそろランチの時間だね。せっかくだし一緒に食べて帰ろうか」
ウタハとのお出かけがよほど嬉しいらしいトカゲは、さあさあと迷いなく店へ連れて行く。わざとこの時間に仕事を入れたんじゃないかと疑うウタハを気にすることもなく席につかせた。
注文を終えるとトカゲはわかりやすく嬉しそうに最近の家の様子を話し始めた。
「ゼロがね。エテル君と会う時とても楽しそうなんだ。自分が助けてあげたいという思いもあるんだろうが、仲間ができたのが嬉しいんだろうね。歳は離れてるけど良い友人だ」
「そうか。アイツの能力はまだわからねぇことも多いもんな。仲間がいるのは心強ぇよ」
「カグラも悩んでいるよ。まあエテル君も機械に反応して勝手に粒子が出てこないようにコントロールはできるようになったからね。焦っても仕方ない」
「……ところでゼロを遊びに連れてってやりてぇんだけど、いつなら行けそうだ?」
以前キリに聞いて失敗した質問を、自分を猫可愛がりしてるトカゲなら教えてくれるだろうと聞いてみる。だが、帰ってきたのは予想外の反応だった。
「猫カフェかい?カグラに恨まれるからゼロの予定は教えられないなぁ」
『お前もグルか!』
唯一切り崩せろうなところから攻めたのに失敗して、ウタハは悔しさで前のめりになる。
「なんで!いいじゃねぇか!俺がゼロと遊んでも!」
「カグラに釘をさされてるからね。ウタハが抜け駆けしてゼロを猫カフェに連れて行かないように」
猫カフェは間違いなくキリのリークだろう。結託して何が何でも抜け駆けを防ぐ2人をウタハはまるで理解できない。
「カグラを甘やかしすぎじゃねぇか?お菓子もそんなに用意してさ」
トカゲの座っている隣にはお菓子が山盛り詰められた袋が置かれている。
「ああ。まあこれはキリとゼロの分もあるが…最近カグラが私に冷たいんだ」
「えっ⁉︎愛が重すぎてついに嫌がられたか⁉︎それとも変なプレイでも迫ったのか⁉︎」
「ウタハは私を何だと思ってるんだい?……私だけ毎日ウタハに会ってるから拗ねてるんだよ」
「……あー……」
少し前まで一緒に暮らしてて離れてしまったのを寂しがっているのに、目の前にウタハと毎日会ってる人物がいるとなれば拗ねたくもなるだろう。
「まあ、また家に行くよ。だから食べさせ過ぎんなよ」
「そうだね。ストッパーが来てくれたら大丈夫かな」
「……できるだけ早く顔出す」
楽しみにしてるよと笑うトカゲは全て計算通りのように見えて。自分が公安に向いてないと言われた理由をウタハは嫌というほど実感していた。
その日の夜。キリはルナの店を訪れていた。仕事が終わるのを待って一緒に帰ろうと誘いに来たのだ。
「そうか。キリは公安に戻るんだね」
「もう少し先だけどな。戻ったらこうやって一緒に帰るのもできなくなるかもしんねぇし、一回顔見とこうと思って」
「ふふ。ありがとう」
相変わらずどんどん綺麗になるルナの横を歩くキリは、なぜか少しソワソワしている。
「あれから変なことはねぇか?誰かに付き纏われてるとか」
「大丈夫だよ。あれだって私に何かしようとしてたんじゃなかったし。ただ、たまにお客さんに食事に誘われたりはするかな」
「えっ⁉︎」
「心配しなくても恋人がいるからって断ってるよ。時々しつこい人もいるけど、私が困ってるのが伝わるのか動物達がその人を威嚇しだすんだよね。店のみんなもやんわりその人を追い出してくれるし、感謝しないとね」
『……こういうのを魔性っつーのかな』
もともと穏やかで人に好かれる性格ではあるが、自然と周りを味方につけるルナにキリは感心を通り越して少しの恐怖を感じた。
家に着くとルナはお茶でも飲んでいかないかとキリを誘ってきた。
「え?でも、さすがにフチのいない間には……」
フチは仕事で遅くなるためルナを家まで送るのも兼ねて一緒に帰っていたのだが、さすがにキリでも恋人のいない間に家に上がるのは戸惑われた。
「フチ君だってキリを疑ったりはしないよ。それに何か相談があるんじゃないの?」
「……バレてたか」
キリがやたらとソワソワしてたのはルナに聞きたいことがあったからなのだが、勇気が出ずにこのまま何も言わずに帰ろうかと思っていたところだった。
「キリは意外とわかりやすいよ。仕事ではちゃんとしてるんだろうけど」
そう言うと、ルナは「さあ。入った入った」とキリを家に押し込んでしまう。
簡単なお菓子とお茶を用意してリビングで2人向かい合って座ると、さっそく話を切り出してきた。
「それで?何に悩んでるの?」
「悩んでるっつーか………」
珍しく歯切れの悪い感じでモジモジしたあとに、キリはポツリと呟いた。
「ウタハと、約束したんだよ……研修終わったらホテル行こうって」
声が小さすぎるため理解するまで時間がかかったが、ルナの表情が喜びの色に変わる。
「そっか!良かった!話ができたんだね!」
満面の笑みで喜んでくれるルナにキリは恥ずかしそうに俯いている。
「あれ?でもそれなら相談することなんてないんじゃ?」
「………相手を骨抜きにするやり方を教えて欲しいんだ」
「……へ?」
まさかの相談に今度はルナのほうが真っ赤になる。
「だってさ!意外とつまんなかったって思われたら嫌じゃねぇか!どうせなら俺以外目に入んねぇくらい骨抜きにしてやりてぇだろ!フチは完全にお前の虜だしさ!なんか秘訣とかねぇのかよ!」
急に勢いを増したキリにルナはやや逃げ腰になっている。
「そんな……虜なんて……私はいつもわけがわからなくなっちゃうから、秘訣なんて……」
「いや、なんかあるだろ!これしたらフチは喜ぶとか!」
必死のキリにルナも何か答えられないかと一生懸命最中のことを思い出そうとする。
「こ、声が……聞きたいって言われるかな……いつも我慢してしまうから」
『うっわ………エッッッロ………』
頬を赤らめて視線を逸らす姿は、純粋さと妖艶さが混ざっていて非常に色っぽかった。呟く唇からはさぞや相手を悦ばせる声を聞かせるのだろうなと思うと、キリはなぜか圧倒的な敗北感を感じた。
「あと……フチ君、普段はすごく優しいんだけど……最近、その、する時は意地悪するのが楽しいみたいで……どこが気持ちいいか言ってとか、凄く焦らしてきたりとか……こないだなんて目隠」
「もういい!それ以上はいい!」
急激にアダルトな内容に変わっていく話に耐えきれずキリがストップをかける。
「……ルナ……大人になっちゃったんだな……兄さんは寂しいぞ……」
「いつ私の兄さんになったの?……参考になった?」
まだ恥ずかしそうにしているルナに、キリは何とも言えない気持ちになる。
「いや、俺達にはお前達みたいのは無理だとわかっただけだ……まあ、俺なりにやってみる」
「そうだね。こういうのは何が正解って言うのはないから。キリ達なりのやり方が見つかるといいね」
穏やかに笑うルナに、キリはふとダイナの事件のことを思い出す。
「なあ、ルナ。今幸せか?」
不意に真剣な表情に変わるキリに、ルナは何を聞きたいのかすぐにわかった。
「……不思議だよね。少し前はキリに片想いしてて告白する気もなくて。私はこんな力があるから、誰かと恋人になんてなれないと思ってたのに。……フチ君は自分に絶望した私を愛で救ってくれて、そばでいつも温かく笑ってくれる。……こんなに幸せなことはないよ」
ルナが綺麗なのは心が綺麗だから。それはフチが惜しみない愛を注いだから。
キリが守りたいと思った人々の幸せは、きっとこんな顔をしてる。
「そっか。ありがと。そろそろ帰るよ」
「うん。またね。あっ、そうだ」
何かを思い出したようにルナが寝室へ向かおうとする。
「フチ君がシエンさんにもらったローションがまだ1本あるからあげようか?」
「……頼むから俺の前では純粋なルナのままでいてくれ」
複雑な表情で嘆くキリに、自分が何を言ったのか気づいてルナの顔は再び真っ赤に染まった。




