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1日の仕事を終えて寮に帰ったウタハは、ルームメイトの帰宅を待ちながら今日聞いた話に頭を悩ませていた。


『結婚を延期ってこないだのマリッジブルーのせいか?あれ以降普通にしてるからてっきりセイと話し合って解決したと思ってたのに。まさか破局寸前とか?え?俺どうしたらいいんだ?』


破局なんて考えもしなかったことが浮かんで、ウタハは「あー」と低い声を出し頭を抱えて床に蹲る。そこに悩みの主が現れた。


「何やってんの?キリとケンカでもしたの?」


不審な動きをしているルームメイトに呆れ果ててリビングの入口で止まるシュカ。ごまかすようにウタハは笑いながら体を起こした。


「いや。何でもねぇよ」

「ふ〜ん。今日はイシと会ってたんでしょ?どうだった?」


イシの名前にウタハは一瞬ビクッと反応するが、会うこと自体はシュカに話していたので何事もないように今日のことを報告する。


「ああ。色々と研究で協力してくれるって約束してくれたよ」

「そう。良かったね」


軽い感じで返事しながらシュカがリビングに入ってくる。うまくごませたかとホッとするウタハに、グイッと顔を近づけて鋭い視線を向けてきた。


「僕について何か聞いた?」


完全にわかっているだろうにわざと質問してくるシュカに、あたふたと言葉にならない声を上げるウタハ。その情け無さに同情するように少し体を離してシュカは話を続けた。


「聞いたんだね。結婚を延期すること」


悲しむでも怒るでもなく、とても落ち着いた声で話すシュカにウタハはかける言葉がわからない。


「気を使わなくていいよ。君に言ってなかったのも確定じゃないからまだいいかって思ってただけだし」

「……なんかあったのかよ」


常に無茶苦茶で人を振り回してばかりのルームメイトだが、本当は人の心に敏感で繊細なことを知っている。そんな友人があれほど待ち望んでいた結婚をやめようとしているなんて、ウタハには心配でしかなかった。


「ロクイさんの浮気騒動の後さ、セイと話したんだよ。自分の気持ち全部。セイからしたら付き合うのも結婚も、僕が先に言っちゃっただけで自分も望んでたって言ってくれたんだけど。僕が不安を感じるなら結婚は急がなくてもいいんじゃないかって。一緒に住んで、何が不安なのか一緒に考えて、それからでもいいんじゃないかって」

「そうなのか」


セイらしい優しさだ。シュカのことを置き去りにして人を傷つける道を選ぼうとした過去があるから、セイは対話を何よりも大切にする。決してシュカの気持ちを蔑ろにしない。


「それ聞いて僕も焦りすぎてたかなって思ったから、結婚は延期でもいいかなって。今度ゆっくり話そうと思ってるんだけど、今はセイも僕も忙しいから落ち着いてからかな」


ゆったりと、少しだけ笑みを浮かべる姿はとても落ち着いていて。思っていたような逼迫した事態でないことにウタハは胸を撫で下ろした。


「そっか。なら良かったよ。お前とセイなら大丈夫だろ」

「当たり前でしょ。っていうか、人の心配するより自分の心配しなよ。キリと全然進展してないんだから」


先ほどまでの穏やかさはどこへやら。すっかりいつもの調子で人の恋愛に口を出してくるシュカに、ウタハはゲンナリしながらも少し嬉しくなってしまった。


「うっせぇよ。最近は頻繁に連絡とってるわ」

「連絡の頻度より大事なのは内容だよ。ちゃんと毎回『愛してる』って言ってるの?」

「愛して……そんな恥ずかしいこと言えるか!」

「何言ってんの!言葉にしないと大事なことは伝わらないんだからね!ほら!すぐに電話して言ってきな!」


ほらほらと無理やりウタハを部屋に押し込むシュカ。その笑顔はどことなくいつもより晴れやかだった。




シュカに言われたからというわけでもないが、ウタハは部屋に入るとすぐにキリに電話した。


「おう。どうだった?イシとの話し合いは」


いつも通りの声に安堵を覚え、ウタハは今日のイシとの会話を報告する。


「そうか。俺達のためにそんな風に思ってくれる人がいるってのは、嬉しいな」


キリは幼くして親を亡くし、親戚の家で育てられた。そこでは邪険に扱われるわけではないが義務として育てていますというのが丸わかりで、愛情のない家だったとキリは語っていた。

そして能力がバレて周りから化け物扱いされた時、一族の恥だと閉じ込められそうになったところをトカゲと出会い家から逃げ出したのだ。そのまま親戚とは一度も会っていない。


「それに今を生きてる人ときちんと向き合うってのは俺にもわかるな。14班に来てから、事件に関わった人達に直に接することで俺も色々学んだから。情報だけじゃわからないことはたくさんある」


凛とした強さのある声にいつもは追いつけないと焦るウタハだが、今日はどこか誇らしさを感じた。この人の恋人が自分だと思うと喜びが込み上げてくる。


「お前はずっとそういったことと向き合ってきたんだもんな。凄ぇよ」


素直な、心からの褒め言葉に嬉しさと気恥ずかしさが湧いてくる。気づくとウタハは饒舌に今日あったもう一つの話をしていた。




イシのところからの帰り道。アカリの担当したイシの仲間達について気になったウタハは、アカリに素直に聞いてみることにした。


「あの、言えなかったら構わないんですけど、イシさんの言っていた不当な扱いって何なんでしょうか?」


助手席に座るアカリの顔が曇る。少し思案した後、何かを決意したように語りだした。


「イシさんのところから保護された時、彼等は容疑者として扱われたんだ。実際には保護を求めて身を寄せていただけなのに。一部の捜査官達がそこにいたというだけでろくに話も聞かずに容疑者にしようとした」

「そんな……なんで……」

「悲しい話だが、昔は腕付きは被害者としては軽く、加害者としては重く扱われていた。今も改善したとは言えない状況だが。シバさん達と協力して何とか彼等の無実を証明できたが、諸手を挙げて喜ぶような気持ちにはなれなかったね」


14班に所属する以上、被害者としての腕付きの環境についてはウタハも理解はある。だが加害者としても理不尽な扱いを受けるのだと知って言葉がでなかった。


「……私は能力者についても、今後同じようなことが起こるのではないかと心配している」


険しい表情に変わったアカリに、ウタハは「同じこと?」と聞き返す。


「能力者は最近の事件のせいもあって加害者という意識が刷り込まれてしまっている。そうなるとただ犯罪現場に居合わせただけでも被害者としていただけでも、犯罪に加担していたのではないかというフィルターがかかる恐れがあるんだ」


先ほどの話を聞いた後では、決してそれがアカリの考えすぎでないことはわかる。


「それに能力者だというだけで、同じ罪を犯してもより重い罰をという意見まで出てくるかもしれない」


ウタハが驚きに目を見開く。それは自分がアカリに打ち明けた望みだった。


「実際、私が参加している能力者への法整備でも過剰とも言える意見がでてくることがある。……でも私は罪を犯した者が誰なのかではなく、罪の内容で処遇を決めるべきだと思うんだ」


ふと、フチに言った言葉がウタハの中で蘇る。

腕付きだから能力者だからではなく、苦しんでいる人とそれを救いたい人で考えて欲しいと言った言葉が。


「ウタハ君の希望とは違うカタチになってしまうけどね」

「いえ。俺もそれがいいと思います。俺も後輩に、腕付きとか能力者とかで分けて考えないで欲しいと言ったのに。怒りに囚われて見失ってた」


ウタハなら話せばわかってくれるだろうとアカリは考えていたが、想像以上に本質を捉えているウタハになぜだか嬉しくなる。


「怒りは悪いものではないよ。心のSOSを知る方法だから。それに何がいいかは時代によっても環境によっても変わるからね。昔からあるから長く続いてるからそれが正しいなんてことはない。絶えず本当にそれでいいのか考え続けることが大切なんだ。私はそうやって社会は成熟していくと考えている」

「果てしないですね」

「ああ。でも基本はささやかな日常の積み重ねだ。結局一人一人の幸せを考えることが何より大切なのかもしれないね」

「……俺、アカリさんの手伝いができて良かったです」

「最高の褒め言葉だね。でもそろそろ君を本来の場所に帰す時がきたかな。あとのことは私に任せてくれ」

「はい。俺はアカリさんを信じてます」

「ありがとう。私もウタハ君の進む道は素晴らしいものだと信じているよ」


明るく笑う顔は、いつも優しく見守ってくれる先輩に瓜二つだった。




アカリとの話を聞いて、キリは自分のことのように喜んでいる。


「俺の判断は間違ってなかっただろ。感謝しろよ」

「はいはい。キリ様のおかげですよ」


戯けて笑うキリに、ウタハはふとシュカに言われたことを思い出した。


「……あのさ。なかなかちゃんと言えてないから、言っとこうと思うんだけどさ」

「ん?なんだよ。改まって」


不思議そうに聞き返すキリに、1つ息を吐くとウタハは恥ずかしさをかなぐり捨てた。


「愛してる……ぞ」


スマホの向こうの空気が静かなものに変わる。

ヒヤヒヤするウタハの耳に、次の瞬間大爆笑する声が聞こえてきた。


「お、おま、えっ⁉︎なんだよ急に!マジで笑えるんだけど!」

「な!こっちは恥ずかしいの必死に我慢して言ったのに!」

「ははは。だって、ほんと似合わねぇ〜」


まだ笑いのおさまらないキリにウタハはカグラ譲りの膨れ面になる。


「もういい!もう二度と言わねぇ!」

「いや、ごめんて。嬉しいぜ。ちゃんと言ってくれて」

「言葉と行動が全くあってねぇけどな」

「ほんとだって。なら、俺からも愛を返してやるよ」


すっかりヘソを曲げてしまったウタハに、キリは一瞬で機嫌の治る魔法をかける。


「今回の研修終わったら、ホテル行こうぜ」

「……へ?」


お互い散々悩んで周りに迷惑かけまくった誘いを、あっさりとキリが言ってのけた。


「え?え?それって……」

「せいぜいシュカあたりに聞いて勉強してこいよ。気持ち良くなかったら蹴り飛ばすからな」


それだけ言うとキリは通話を切ってしまう。

しばらく情報を処理できずにかたまったあと、シュカにノウハウを教えてもらうためにウタハは部屋を飛び出した。

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