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男の事情がわかり、キリとホムラは詳しく話を聞くために男の自宅を訪れていた。ルナとフチはもう問題ないだろうと家へと帰した。
リビングで座るキリ達の向かいには、男とその妻、そして5歳の男の子が座っている。両親は不安そうな顔をしているが、2人の間に座る男の子は突然の訪問者に興味津々だ。
しばらくするともう1人の訪問を知らせるインターホンの音がして男が玄関へと向かった。
「すみません。お待たせしました」
「ああ。リイサ君。悪いな。急に呼び出して」
「いえ。仕事ですから」
やってきたのは、昔カグラに発火能力を無くしてもらったリイサだった。能力に戸惑い悩んだ自分の経験を活かしたいと今はカグラの元で働いている。フットワークが軽くどこへでも飛んでいき人当たりもいいので、とても助かっているというのがカグラとスイレンの感想だ。
「君がエテル君だね。はじめまして。僕はリイサです」
目線を合わせ安心感を与える笑みを浮かべて話しかけてくるリイサに、エテルも笑顔で「こんばんは」と挨拶する。
「今からお父さんとお母さんに君の話を聞くけど、君も気づいたことがあったら教えてくれるかな。大丈夫。何を言っても怒られたりしないし、話したいことだけでいいからね」
「うん。わかった」
コクリと頷くエテルに満足してリイサは両親から話を聞きはじめた。まず口を開いたのは母親だ。
「時々、リイサに触れるとバチっと静電気のようなものが起きることがあったんです。静電気が起きやすい子なのかなと不思議に思いながらもあまり気にしてなかったんですけど……そのうち、何も触れてなくてもバチっと音がするようになって。本人に聞いたら体からパチパチしたものが出てくるって言うし……怖くなって……」
不安そうに手を握ってくる母にエテルの表情が曇る。
「もしかしたら能力者なんじゃないかと思って……相談窓口に行こうとしたんですけど……」
口ごもる母親の肩をそっと抱き、今度は父親が話を続けた。
「もし能力者だと分かった時にどうなるのかが不安で。隔離されたり、二度とこの子に会えなくなるようなことになったらと考えるとどうしても躊躇ってしまって……そんな時に能力者の方が働いている店があると噂で聞いて。どんな生活をしているのか見に行ったんです」
そういう事情だったのかとキリ達は納得する。だがリイサは悔しさから歯を噛み締めている。そして両親に頭を下げた。
「それは私達の努力不足です。本当に申し訳ない」
急に謝られてエテルの両親は面食らっているが、リイサは頭をあげると話を続けた。
「能力者かもしれないと少しでも感じた人が、安心して相談にこれる場所。私達が作らないといけないのはそんな場所なのに……能力者だと判明しても普通の生活ができること。十分なサポートが受けられること。そういったことが伝わらないと能力者だと名乗り出る人が現れず、世の中の能力者への理解も深まらない。情報の発信の仕方をもっと考えないといけませんね」
真面目に話をするリイサに、緊張がほぐれたのかエテルの両親が笑みをこぼす。
「え?何か変なこと言いましたか?」
「いえ。嬉しいです。こんな熱心な方が話を聞いてくれると知ってたら、すぐにでも相談に行ったのに」
「そうね。それに私達の不安よりも優先すべきことは他にあったのにね」
そっと、父と母が両側からエテルを抱きしめた。
「エテルの安全が一番のはずなのに。そのためにすぐ相談に行くべきでした」
「……お2人は心からエテル君のことを考えてると思いますよ。私達は子供を預けるに足る組織か。きちんと自分達で調べようとなさった」
「今は心から信じられます。エテルのことをお願いできますか?」
リイサの瞳に喜びが広がる。彼の仕事で一番嬉しい瞬間かもしれなかった。
「はい!お任せください!」
そして、両親の安堵は伝わりつつも自分がどうなるのかと不安そうにしているエテルにリイサは向き直る。
「エテル君。君は少し人と違う糸の使い方ができるみたいなんだ。自分でも感じたことはあるかな?」
「パチパチのこと?」
「そう。パチパチのこと。怖かったり危なかったりはしない?」
「大丈夫だよ。でもパチパチはどこかに行きたがってるみたい」
「どこかに?」
「うん。お父さんのスマホとか、テレビとか、レンジとか」
「レンジ?」
聞き覚えのあるワードにリイサとキリが反応する。
「……ゼロ君はもう帰ってしまったな。明日の朝また迎えに来ますので、ご両親も一緒にうちの施設まで来ていただけますか?専門家に診ていただきます」
「はい。お願いします」
親子は安心した様子で明日の朝を待つことになった。
キリが家に帰るとトカゲとゼロがいた。カグラはまだ仕事らしい。
「おかえり。……14班での研修はやりがいがあるみたいだね」
毎日悩んだり嬉しそうにしたりして帰ってくるキリに、トカゲは14班に行かせて良かったと感じていた。
「ああ。学ぶことがたくさんで忙しい。……ゼロ」
声をかけられ、キリの夕飯を用意していた手を止めてゼロがやってくる。
「キリ?何?」
「明日、カグラのところに5歳の男の子が行く予定だ。多分、お前と同じ能力を持ってる」
驚きで見開かれた目は、すぐに別の色を見せた。
「……僕、何かしてあげれるかな」
家に来てすぐの頃に比べて感情を素直に表すようになった瞳が、不安と期待に溢れている。
「お前の能力は研究途中でまだカグラにもわかってないことが多い。でも同じ能力のお前なら教えてあげられることもあるだろう。……その子を助けてあげるんだ」
「……はい!」
いつも自信なく揺れている瞳が今は強く光を放っている。それが嬉しくて「俺の弟はやっぱり可愛いなぁ」とキリがゼロをギュッと抱きしめた。ゼロは「これはやめて!」と必死に逃げようとするが捜査官として鍛えられた力には到底勝てず、髪がクシャクシャになるまで撫で尽くされたのだった。
その日の夜も更けた時間。キリはなんとなくウタハと話したくなってスマホを鳴らした。待っていたかのようにすぐにウタハに繋がる。
「キリ?どうした?」
「……ちょっと話してぇなって」
ポツリポツリと、キリは昨日からのことをウタハに話す。静かにそれを聞くウタハの優しさがスマホ越しからでも伝わってきた。
「みんな、それぞれに悩みや幸せを感じながら生きてるんだなって。その1つ1つの生活を俺達が守ってるんだと思うと……自分のやるべきことが見えてきた」
いつでもやるべきことを見据えて真っ直ぐに進んでると思っていたキリが、本当は悩んで迷って道を模索していた。その告白にウタハは驚き、そしてそれを話してくれるのが自分であることに幸せを感じた。
「そっか。お前もそっちで頑張ってんだな」
「まだまだだけどな。そっちはどうなんだよ?」
「あ〜。前に進んだようで迷子かな」
「なんだ、それ」
ウタハはアカリと話したことをキリにも聞かせる。帰りにゼロ達の会話から芽生えた思いも。
「視野が広がって自分の思いも確認できたけど、結局何を守りたいのかわからないんだよな。色々知ることで逆にわからないことが増えてってる」
「はは。いいじゃねぇか。悩め悩め」
「冷てぇなぁ。っと、そういえば今度の休みにゼロを猫カフェに連れて行きてぇんだけど、あいつ忙しいのか?」
久しぶりにキリとゆっくり話せたことで気が緩んだのか、ウタハは確実に相談相手を間違えた。
「……ゼロを……猫カフェに?」
スマホ越しの声のトーンが低くなったことで、ウタハは失言に気づいた。
「いや!何でもない!忘れろ!」
「……ルナの次の休みはいつだろうな。明日フチに確認するか」
完全にルナを利用してゼロのハートを掴む気満々のキリに、ウタハは不満を爆発させる。
「お前!卑怯だぞ!お前は一緒に住んでんだからいいじゃねぇか!」
「良くねぇわ!ゼロのやつ、なかなか懐いてくんねぇんだよ!兄さんって呼んでくれって言っても呼んでくんねぇし!」
「おい!兄さん呼びは俺が先だぞ!もういい!今からそっち行って、今日はゼロと一緒に寝る!」
「ふざけんな!そんな邪なヤツをゼロに近づけさせるか!お前は今日から出禁だ!」
「はあっ⁉︎お前こそふざけんな!こうなりゃカグラに頼んでそっち住んでやる!ゼロと同じ部屋で暮らしてやる!」
「はっ!果たしてカグラが言うことを聞くかな!アイツもゼロにメロメロだからな。ライバルを増やすようなことはしねぇよ!」
「クソ!結託しやがって!」
非常にくだらない言い争いが繰り広げられている。子供のような喧嘩はしばらく続き、痺れをきらしたシュカに「何時だと思ってんの!」と怒鳴られてやっと収束した。
「全く。イチャつくんなら時間と場所を考えてよ」
部屋から出て先ほどの騒ぎを謝るウタハ。穏やかな睡眠を邪魔されたシュカはご機嫌ナナメだ。
「いや。イチャつくって……」
「だいたいゼロ君ゼロ君て。可愛いのはわかるけど、もうちょっとキリのことも褒めてあげたら?動物園の時だって何も反応なしでさ。キリが可愛くないの?」
「何言ってんだ?アイツはいつも可愛いだろ」
てっきりキリが気合を入れてったのに気づいてないと思いきや、ウタハから返ってきたのは予想外の答えで。ん?と思考が止まるシュカを気にせずウタハは続ける。
「あ〜。でも久々だったからか動物園の時はいつもの倍可愛く見えたな。俺も末期だな。気持ち悪がられるから言えやしないけど」
『………拗らせ過ぎでしょ』
あまりに馬鹿馬鹿しくなってシュカは考えるのをやめた。ゲンナリした顔で自室にもどり、安眠は諦めてセイに今のやりとりをスマホのメッセージで愚痴った。




