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ウタハとアカリが約束の時間にカグラのところを訪れると、受付でゼロが待っていた。
「……ゼロ!」
なかなか会えない弟に会えた喜びで、先ほどまでの苦悩はどこへやら。ゼロに駆け寄ったウタハは自分より小さい体を思いっきり抱きしめた。
「ウ、ウタハさん⁉︎恥ずかしいです!やめてください!」
「ウタハでいいって言っただろ。敬語も。やめるまで離さない」
ブーとカグラのように頬を膨らませ、ウタハはゼロを抱きしめる腕にさらに力を込める。
「わかった。わかったから離してって。ウタハ!」
「!可愛い!」
呼び捨てにされたことで更にヒートアップするウタハにゼロが困り果てていると、見かねたアカリが止めに入った。
「ウタハ君。事情はわからないけど、いったんゼロ君を離してあげたほうがいいんじゃないかな」
「あ!すみません。久しぶりに会ったのでテンションが上がってしまって」
やっと解放されたゼロはすかさずウタハと距離を取る。
「そうか。ゼロ君はカグラさんの家に住んでいるんだったね。2人は仲が良いのかな?」
「何というか、弟ができたみたいで嬉しくて。つい可愛がってしまうんです」
「……弟?」
アカリの前で決して出してはいけないワードに、ピクリとアカリの雰囲気が一気に変わった。避難してきたゼロの首根っこを掴むとウタハの前にズイッと差し出す。
「そうかそうか。それなら仕方ないね。弟ほど尊い生き物はいないからね。私のことは気にしなくていい。存分に可愛がってあげてくれ」
「え?ちょ、アカリさん⁉︎」
「さすがアカリさん!ゼロ、兄さんって呼んでもいいんだぞ。今度猫カフェに連れてってやるからな。カグラやキリが抜け駆けして連れてこうとしても絶対ついてったらダメだぞ」
再びハグ責めにあい、ゼロは誰にも助けを求められなくてついに諦めの境地に達した。
結局なかなか来ない3人を心配してモガが様子を見に来たことで、やっとゼロは解放された。
グッタリしたゼロがモガにしがみつきながら、4人はカグラのいる部屋へと移動する。
「アカリ君、いらっしゃい。……あれ?ウタハ?」
「サポートの一環で今日は一緒に来てもらいました」
「そうなんだ!」
喜んで抱きついてこようとするカグラをウタハが阻止する。その光景にアカリがクスリと笑いをもらしたのにウタハは気づいた。
「アカリさん?」
「あ。すまない。ウタハ君が来たことに喜ぶカグラさんが、さっきのウタハ君にそっくりで。面白くなってしまって」
「……そっくり……」
じんわりと。ウタハの中に喜びが広がった。血が繋がっていなくても、カグラが育ててくれたカケラは自分の中にたくさん生きている。それは間違いなく幸せと呼ばれるものだった。
「……あっちで座って話そうか。スイレン君。ウタハの分の椅子を出してくれるかな」
「はい。持ってきますね」
アカリの言葉はカグラにも嬉しいものだったらしい。穏やかな笑みを浮かべる姿に、スイレンも微笑みながら椅子を取りに行った。
「それで。今回は何か聞きたいことはあるかな?能力の基本的なことはある程度話せたと思うけど」
「そうですね。出生時などに能力者かどうかの検査をすることは可能か聞きたいです。腕付きの検査のように」
先ほどのウタハの意見に対して、アカリは実現のためにもう動き出している。その行動力に、この人ならきっとみんなを救う道を見つけてくれるとウタハは期待を膨らませた。
「そうだね。それは難しいかな。目を持つ人が調べるにしても能力が使われないと粒子を追えないし、本人ですら能力が発現しない限りは自分が能力者であることに気づかない」
「能力者特有の特徴というものはないのでしょうか?腕付きの手脚が再生しないように」
「どうかな。そもそも能力者の存在が認識されだしたのもここ10年20年のことだし。……あるとしたら脳にかな。専門家を紹介するね。脳に関しては彼のほうが僕より詳しい」
そう言ってカグラはある研究施設の住所をメモする。そこはイシがいる所だった。
「他には何かあるかな?」
「そうですね。能力による犯罪が起きた時の証明の仕方や、能力による負担のケアなど、考えることはたくさんありますが……目を持つ人達のことも考えなければと思っています」
自分のデスクで事務処理をしていたスイレンが微かに反応する。
「目を持つ人達は能力者に対する唯一の証拠になれる人達です。もし存在が公表されれば、強制的にでも働かせろという意見が出てくるかもしれない。それは人権を無視した行いです。それに能力者を利用したり捕まえたりする手段として狙われるかもしれない」
「それは十分考えられることだね」
「でも今のように公表されない状態では、目を持つ人達は自分が何者なのかわからない。不安の果てにモガ君のように犯罪に走る者も出るかもしれない」
『トカゲと話をしてたのはこの事なのかな』
モガはゼロと共に休憩に行っている。この2人は孤独の果てにダイナのところに居場所を見いだしてしまった。もし保護できる手段があれば止められたかもしれないのに。
「だから能力者と共に目を持つ人達への対策も進めるつもりです。公表するように説得するのも一筋縄ではいかないでしょうが」
「そこまで考えてくれて本当に嬉しいよ。僕でできることがあれば何でも協力するからね」
「……私はカグラさんのことも心配です」
「僕?」
首を傾げるカグラにアカリは悲しみを滲ませて語りかける。
「ご自身で納得されてのこととはいえ、あなたの今の状態は国の奴隷です。能力を使わせるために居場所を決められ、普通の人なら倒れるほどの量の仕事と責任を背負わされている。……刑罰や贖罪の代わりだとしても重すぎます」
国の奴隷という言葉にカグラが少し反応したのをウタハは見過ごさなかった。だが続く言葉はとても穏やかな声で紡がれる。
「ありがとう。アカリ君は優しいね。でも、僕は今とても幸せなんだよ」
「………」
「最初は贖罪のつもりだった。でも、この目と力でたくさんの人を救ううちに、僕も救われたんだ。大切な人もできた。……それは一族の呪いの奴隷だった頃には知りもしなかった感情だ」
フワリと笑う。その笑顔がなぜ好きなのか。ウタハはやっとわかった気がした。
「この仕事も責任も、僕の誇りだよ。……もちろんウタハもね」
急に話を振られて驚くウタハが恥ずかしそうに顔を赤くする。それを見て、アカリは納得したように息を吐いた。
「失礼なことを言ってしまいましたね。浅慮な自分が情けない」
「アカリ君はとても賢いよ。それに仕事熱心だ。君に弁護してもらえる人は幸せだね」
「ありがとうございます。でも、まだまだです。見識を広めないと」
「アカリ君こそ、真面目でストイックなところはホムラ君そっくりだね」
フフッと笑われてアカリが目を丸くする。そして嬉しそうに笑った。
「あの子はいつも私の後をついてきてましたから。可愛くて仕方なかった」
「自転車のアカリさんを補助輪付きで必死に追いかけた話、俺好きですよ」
和やかな雰囲気にスイレンが話に入ってくる。
「あれは本当に可愛かった。ギリギリ追いつけない速度で走ってずっとホムラを見ていたな。最後は怒られて泣かれてしまったが」
「どこも兄は愛が重いねぇ」
トドメと言わんばかりのカグラの言葉に、みんなは大声で笑った。
話が終わりアカリと共に帰る途中、ウタハはモガとゼロが休憩室で話をしてるのを見かけた。
「ジルバ、昨日も腕に怪我して帰って来たんだよ。腕付きなんだからもっと気をつけてほしいのに!」
自分の前では見せることのない感情いっぱいのゼロに、『可愛いなぁ』とウタハはニコニコしている。
「仕方ないよ。ジルバもやっと自由に力を使えるようになって嬉しいんだよ。部活も入れたんでしょ?」
「うん。レギュラーに選ばれそうだって喜んでた。……大丈夫かな?やっぱり腕付きだからって外されたりしないかな」
「ゼロは相変わらずネガティブだね。腕付きでも通いやすい高校を選んだんでしょ?大丈夫だよ」
「でも〜心配なんだよ〜」
ふにゃふにゃとテーブルに沈むゼロの姿に『可愛い!!』とホクホクするウタハ。そして自然と湧いてきたのは、『守りたい』という気持ちだった。
ただその気持ちはふわふわと掴みどころがない。
『守りたいって………何を?』




